その都度でいい、という勇気

 ある日の映画館でのこと。(コロナ禍になる前)

 筆者は開場時間から早々に、自分の席に陣取ってリラックスしていた。

 平日の昼であることに加え、そんなにメガヒットを狙えるような題材の映画でもなかったので、場内はガラガラであった。

 しばらくして、ある年配のご婦人が隣にやって来た。

「おかしいわねぇ……」

 こんなに空いているのに、どうもご婦人の指定席が私のすぐ隣らしいのだ。

 係員が、配席ミスでもしたか?

 その方は、「これだけ空いてますから、ひとつ分(席を)空けて座っときますね」と言い、座った。

 私は「間違いとか、勘違いとかではありませんか? 一度お確かめになられたほうが……」 ととっさに言わなかった。もちろん、勘違いの確率は高いと思ったが、最初から決めつけてかかるのも何だかなぁと思ったので、「まぁいいや」と思いこの件はもうこれ以上気にしないことにした。

 5分後。上映少し前に、その方は黙って前の列に移動した。

 恐らく、チケットを再確認したのだろう。一列、ズレて認識していたことでも分かったのだろうか。なるほど、1列前のそこはちゃんと両隣が空いていた。



 今回は他人だったが、筆者自身がこういうケースの勘違いをしたこともある。

(覚醒する、しないはほぼ関係なし!)

 ちょっと、こっぱずかしい思いもする。でも、仕方ないよね。最初からやろう、と思って勘違いする人はいないもんね。

 大事なのは、やらかした時に恥ずかしさでくよくよすることではなく、起こってしまったのだから真正面から認めて、「今分かったのだから良し」とすること。

 その都度、その都度という視点で生き、失敗に意識を割きすぎずくさくさしないで生きること。



 特に今のような社会では、人は『失敗を過度に恐れる』。

 実際、一度の失敗が人生に大きな影を落とすケースを目の当たりにするので、多くの人が発想として 「できるだけ失敗しないように」気を回しまくって生きている。

 その都度、というおおらかさよりも、間違えないかとビクビクしているような生き方もある。一度でも間違えたらドボン・人生終わり、くらいの勢いの人もいる。

 いい悪いではないが、あまり楽しそうではない。

 もちろん、間違えたくないという思いは悪い側面ばかりではない。相手のことを思いやっての、そういう現れ方であることもあるから。

「人様にご迷惑をおかけしたくない」というのは、それなりに誠実で立派な心がけである。でも度が過ぎると、あなたという主人公の肝心の人生が、窮屈なことになる。



 筆者も、生きていれば色々捉え違いをする。思い込みで、めっちゃ自信を持っていることがあとで違ったりする。

 もちろん、人間としての誠実な姿勢として、気を付けられる範囲でそういうのを減らせれるに越したことはない。でも、過度に気にしすぎるのもどうかと思う。

 その辺を皆がおおらかに受け止められない社会なら、そっちのほうが問題だ。個人に神経すり減らさせ、気を付けさせている場合じゃない。失敗を過度に責め、適した度をはるかに超えるペナルティを課す世界であってほしくない。



 私は、開き直りとか自己正当化とかそういうんじゃなく、その都度その都度で間違いだと分かったら変える勇気がいい、と思っている。

 常に「間違いはないか」レーダーを張っているような生き方はいやだ。

 人間という乗り物がもつメモリー量は限界がある。失敗しないこと、全体の中で目をつけられるような間違いをしないことに注意力を割き過ぎると、メインでしたいことへのエネルギー配分が減少してしまう。

 経験上、間違わないようになんて気を付けていたからと言って、それが役に立って防げたというような思い出はない。気を付けていたって起こってしまうのが勘違いであり、誤解だ。

 ならば、気にしすぎるよりも「分かったら対応する」でいいじゃないか。

 どうせ、かなりの確率で「気付けるときにしか気付けないんだから」。



 プライドばかり気にして、人からどう思われるのかばかり気にして生きるのは、しんどい。もちろんそれらも大事だが、生きる上での『本流』ではない。

 楽しく、情熱をもって生きる本流を生きるために、傍流へ流すエネルギーは上手に配分しよう。できるだけ、本当にしたいことや感じたいことに正面から取り組めるように。

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