霧の童話
『ネオ・ウルトラQ』という特撮番組の第3話「宇宙から来たビジネスマン」が、大変興味深いお話であった。以下にその内容を要約する。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
容姿の醜さに悩む女性がいた。
彼女はそのせいで幼少期よりバカにされ、生まれた世界に最初からあった美醜の基準によって、本人の責任とは関係のないところで苦労を背負った。
大人になればさらにその美醜による幸せの格差は露骨になり、彼女はある日自殺を図った。
すると、それを止める者があった。
「なぜ死ぬのか」
会ったこともない男だったが、どこか普通ではない雰囲気があった。
「あなたのような美しい人が」
女は、我が耳を疑った。そんなことを冗談ではなく、真剣に言われたのは初めてだ。でもなぜか、その言葉は自分をからかっているのではないと感じた。
女は、死にたいわけを男に話した。最後まで話を聞いた男は、自分は地球人ではなく遠い星から来た宇宙人だと告白した。
「私の星では、あなたは美しい基準に入るのに」
宇宙人は、特殊な力で彼女に地球人としての美貌を与えた。
その代わり取引条件として、一定期限美人として地球での暮らしを送った後、男の母星に連れて行かれてその星の「鑑賞されるアイドル」の役割を残りの一生果たし続けることが交換条件。
女はその条件を飲んだうえで、世間で知らぬ者はないほどのトップモデルとなる。
そのことを、敏腕女性新聞記者がかぎつける。
記者は、正義感の強い人物であった。何としても、宇宙人にたぶらかされた女を救わなければ、と考えた。
この場合の「救う」とは、女を宇宙人に連れ去られるのを阻止することであり、記者の思う「正しさ」とは、地球人は地球で暮らすことが一番いいに決まっているという理屈である。
記者は、宇宙人と賭けをする。
宇宙人が取引したその女よりも美しい「何か」を探してきたなら、代わりに女を解放しよう、という約束になった。記者は知恵を絞り、その宇宙人が好む「あるもの」を探し当ててくる。それは一体何か、どうやって手に入れたかまで書くと長くなりすぎるので、ここでは割愛する。
宇宙人も、記者が賭けに勝ったことを認め、女性を連れて行かないと記者に約束する。これで、すべては万事解決したかに見えた。
しかし、次の朝。
置手紙を残し、女はいなくなっていた。
女は地球を捨ててでも、自分が必要とされる所、評価してくれるところへ行きたかった。実際地球は、女に何もしてくれなかった。宇宙人も女性記者に連れて行かないと約束はしたが、本人が行きたいというのだから話は別だ。
「……本当に、いいのか」
そう聞く宇宙人に、首を縦に振る。そうして女は、二度と戻ってこれない宇宙の旅に出た。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
私たちの多くは、このお話の新聞記者のようなものである。自分の正義、つまり正しいと思う基準に従って生き、そして他者にも適用しようとする。
自分がいいと思うものは、他人もいいと思うに違いない——。冷静に考えたらそんなことはないのだが、人はあまりにもその辺を見て見ぬフリする。あえて、気付かないフリをする。
人間関係にも、ネット社会にも、善意からの価値観の押しつけは横行している。
口論とは、自分がいいと言うものを他人がいいとは言わない場合に起こる。認められないなんて我慢がならないので、その怒りを相手に表現する。
そしてまたその相手も、相手の基準で一番いいことを言ったのに、あなたに認められないのでまた反撃してくる。その応酬の繰り返し。
女性記者には、自分が正しい(しかも相手のためになっている)と思うところを行動に移してしまう前に、まずやるべきことがあった。それは、自殺まで考え、宇宙人との取引条件をのむほどのその女の気持ちを知ることである。
本当に助かりたいのか。そこを聞かずして、記者は女の幸せを「宇宙人に連れ去られないで地球で生きること」だと決めつけた。悪気こそなかったが、判断において勝手すぎた。
結局、その分記者は学びを突きつけられた。全力で助けたのに、こともあろうに当の本人は望んで宇宙人について行ったのだ。
その事実を、記者は受け止め考え続けねばならない。彼女がそのいやな事実を、目を背けずに見つめられるかどうか? そこに、記者の魂の成長がかかっている。
宇宙には、あなたしかいない。
あなたが主人公であり王であり、すべてである。
でも、王とて一人で生きていくことはできない。そもそも、支えてくれる大勢の他人がいないと、王なんて名乗っても滑稽なだけ。
よく、「好きになる、とは他人に興味をもつことである」と言われる。
その人のことを知りたい。もっと知りたい。そこから、世で言うところの「愛情」というものにつながるのだと。
もちろん、私たちは肉体という名の限界を持っている。言葉を含め、限られた手段でしか思いを伝えることができない。当然、誤解が生じることもある。そこから派生する悲劇だってある。
でも、それでも。通じない可能性は認めても、我々は伝えることをやめない。
そして、分かり切らないとは知っていても、分かりたい。他人を知ろうとする努力をやめない。
希望とは、残酷だ。希望を見せて、叶わないこともある。でも、時として叶うこともある。
生きるとは、そういうことだ。結果など分からないが、今「したい」と思う情熱に従って突き進むこと。
美醜の基準って、そもそも何だろうね。
優秀なのかダメ人間なのかを分ける境界って、何だろうね。
誰が、どのような根拠で、どのような権威で決めたのか分からないことばかりだ。
人類は、それを再考する時期に来ているのかもしれない。今日紹介した物語では、女性記者が自分の所属する世界の価値を問われた。
●あの女性は、なぜ地球を離れたがったのか、考えてみろ——
本当の幸せって、何だろう?
お前たちがこのままなら、行きつくところはどこか?
女性記者に投げかけられた問いは、あなたへの問いでもあり、この社会に対する問いかけでもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます