世情
筆者が、職場での浅谷さんや谷口さんとの出会いと別れ、そしてリストラという体験を経て後のこと。私は自暴自棄になった。
自分は何をやってもダメ。発達障害を抱えた、社会のお荷物。だから仕事も人間関係も、恋もうまくいかない。
私はまず働くことをやめ、ニートになった。それまでに三度職を変えたが、何度職を変えても結局自分という人間自体がダメなんだ、と結論付けてしまった。そうしたらもう、何もやる気がなくなった。
いや、ひとつだけやることがあった。そんな情けない自分を、それ相応の情けない目に遭わせて苦しめてやろうという、一見自己破滅的な行為である。
でも、今だから言えることだが、その自分に不利益なことをあえてすることすらも、結局「自分のため」だったのだ。人は、得をすることしか絶対にしない生き物だから。どんなに他人から見て意味の通らない、何の得にもならない行為ですら、何かしらのメリットが隠されているのだ。
1年半ほど、ニートを続けた。家でゲームばかりして、ほぼ家を出なかった。
社会に屈折した恨みを抱いていた私は、被害者意識で心がいっぱいであった。鬱屈した歪んだ思いが、爆発しそうだった。
そんな時である。本当に久しぶりに外の空気を吸いに、外出した。久しぶりの外出の機会は、とんでもないことになった。
別に、酒はまったく入っていない。でも自分の人生は終わりだ、女性とも縁を持てることはないという自分なりの悲観的な見通しが悪さをしたのかもしれないが、私は人気のない路上でたまたま一人で歩いていた女性に絡んだ。
もちろん、一方的にこちらが悪い。
最初から何かよこしまな目的があって、計画的意図的に女性にちょっかいを出したのではない。本当に、あの時の私はどうかしていたとしか言いようがない。
正常な判断能力を失っていた私は、女性が素早く済ませたある行為に気付かなかった。気付かず、すぐ逃げなかったばかりに大変な展開になった。
その女性の「男」が、駆けつけてきたのだ。相手の携帯を数コール鳴らして切るのが、SOSのサインだったのだろう。
でも、男女間で普段からそこまでの非常時を想定するか? 後で、彼らがどういう人種の人間かが分かった後で、納得がいった。
いわゆる、あちらの筋の人だった。
相手の女性に怪我させたりとかいうことはなかったが、少々小競り合いになった時に相手の持ち物が壊れた。器物破損、というやつだ。
でも、その程度だからといってなぁなぁで見逃してくれるはずはない。しかも、男として自分の女にちょっかい出すやつなんて、一番許せないだろうから。
悪いことは重なるもので、駆けつけてきた男の風体、体格、ドスの利いた言葉遣い。私は、一番怒らせてはいけない人種を怒らせたのだ。ゴジラの尻尾を踏んずけたようなものだ。
私は、つくづく自分ってついてない、と思った。
真面目に頑張ってきたのに、世界のお返しは発達障害の事実と、リストラ。そして人生の長さだけの彼女イナイ歴。そして自暴自棄になり、最後たどり着いたのがこの状況。
私は、この男に関係のある事務所のようなところに場所を変えられ、脅しをかけられた。死ぬまでお前をしゃぶり尽くす、とことんまでやったるぞ(具体的に知りたくない)と、ものすごい声で 脅された。
本当に怖い時って、泣けないんだね。泣かなかったけど、私の人生のひとつの帰結点ができた、と絶望した。
このあと、これまで育ててくれた親にどう言ったらいいんだろ。というか、無事に家に帰れるとは思えないのでどう言うも何もないかもしれないが。
絶望しながらも、私の中にあるひとつの不思議な思いが生まれた。
混乱した、のぼせ上った私の頭の中に何でこういう考えが湧いてきたのか、今でも不思議だ。
●神様。
もし、私がここで終わる男でないなら。
この世界に対して、私で何か役に立てることがあるのでしたら、この危機を切り抜けることができるようにしてください。
そうしてくださったら、あとの人生はあなたの願いのままに生きるとお約束します。助かるなら、あなたの言うことは何でもやります——
真剣に、祈った。
祈ると同時に、今さら意味ないかもしれないが誠心誠意謝罪した。
あの時の感覚は、筆者が賢者テラとなる前の覚醒体験の次に、不思議と驚きに満ちた経験だった。
その祈りの後、急に場の空気が変わった。それはもう一気にというか、鈍感な私でもハッキリ分かるほどに。相手の男から、攻撃的なオーラが消えた。
「兄ちゃん。
あんた、どうやらそれほど悪いお人やないみたいやなぁ——」
この後の展開は、まるで観客席でお芝居でも見ているかのような感覚だった。決して他人事ではないのだが、あまりの現実離れした急展開に、ただただ唖然とした。
相手が、急に友好的になったのだ。
「まぁ、誰にでも魔が差すっちゅうことはある。わしかてこれからないとも限らん。
とは言うてもや。世の中にはけじめ、っちゅうもんがある。
悪いけどな、兄ちゃんが本当はええやつやって分かったからっての、チャラにはできんのや。でも、できるだけあんたのためになる線でいったる。
ここはひとつ、示談ということにしようや」
……ということで、少なくはないが決して高額すぎもしない弁償金で、示談成立。
互いに念書を交わし、この件はケリがついた。
一通りの手続きが済み、別れ際の男の一言が、忘れられない。
●もう二度とお互い出会うこともないやろけどな。頑張りや。
もっと違う出会い方ができてりゃ、お互い友達になれたかもしれん。
でも、それは今さら考えたってしかたないこっちゃ。兄ちゃん、ええとこあるんやから、こんなもったいないことで自分の値打ち下げたら損やで?
じゃあな。今後、しっかりな——
出会いの最初はこの世の終わりかと思ったが、別れる時には「自分の人生において必要な人だったのではないか」と親しみさえ湧いた。
さぁ、何とか助かって我に返った私がまず思い出したのは……神様との約束である。もし助かったら、何でもしますという。
言ってしまったからには、武士に二言はない。もとより、約束は守る覚悟でいた。
その後、私は本質的な探究の入り口としてキリスト教に入信。その三年後、覚醒体験を経て現在の私、賢者テラとなった。
これって、やっぱりこうなるシナリオだったわけね——
今だからこそ、後付けでしかないがそう思えるのである。
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