旅の恥はかき捨て

※作者注

 以下の内容は、若者が皆個人のPCやスマホを持っていることが普通でない昔に書かれたものです。昔は、年頃の中高生の男の子がエッチなビデオを見る時には(自分の部屋に専用のテレビでもないなら)居間のテレビを、家族が突然帰宅するリスクを抱えながらも使うしかなかった時代があったのです。



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 とある、思春期を迎えた男の子。

 性に目覚め、一人でアレをいたすようになった。

 今日も今、父は会社母は買い物に出かけたばかり。

 いそいそと居間にしかないテレビへと急ぎ、エッチなDVDをデッキに挿入。トレーが本体に吸収されていく時間すら、もどかしい。

 ストーリー仕立て風AVにありがちな、最初のドラマパートは容赦なく早送り。そしていよいよ「見どころスポット」にたどりつく。

 そこからは通常再生速度に切り替え、彼は今甘美な夢想の世界に旅立った。恰好こそ、ズボンとパンツをおろし、ナニをつかんだ情けない状態ではあるが。



 彼は、夢中になり過ぎた。

 もうちょっと、もうちょっとで一番最高のタイミングでイケる。だが鈍感になっている彼も、さすがにある物音に気付いた。

 え、ドアの音?……ってまさか!

 そう、そのまさかだった。買い物しようと出かけたが、財布を忘れたことに途中で気付いた母ちゃんが帰ってきたのだ。(まるでサザエさん?)

 時すでに遅し。男の子はそのままの格好で、彼は母と対面することに。

 その場が凍り付く。気まずい空気が流れる。

 男の子はこの最悪の事態に及んで、とりあえずビデオくらいは止めようとデッキに手を伸ばした。しかし、冷静な判断力を欠いた彼は、焦りのせいで『一時停止』ボタンを押してしまった。

 ワイドな「液晶アクオス」の画面の中で、セクシー女優のおっぱいが大写しのまま固まる。

「のわーっ」

 さらに焦りに掻き立てられた彼は、今度は「早送り」を押してしまった。再生中の早送りなので、場面がチャカチャカと動いていく。後ろからの体位でいたしているカリスマAV男優が、ものすごいスピードでカックンカックン。



●他人事として読んでいるから、笑えるのだが——

 これ、もし自分だったらどうします?



 でも、冷静に考えたらこれ、何か「大変なこと」ですか?

 隕石が降ってきて地球に激突したのでもない。原発が爆発したのでもない。

 宇宙は、世界は、何事も問題ない。男の子とお母さんにも、誰に何の損害もない。犯罪でもない。

 ただ、認識と感情の中のことだけだ。

 でも、人はここで「苦しむ」。

 


 恥をかいた——。

 このことで、人は傷付くことができるという幻想に満ちている。

 この「プライド(めんつ)」というものが非常にやっかいだ。

 時として、何か大事なものを犠牲にしても守ってしまう。場合によれば、そのために命を懸けたり、死すら選ぶことがある。

 じゃあ、「プライド」ってものはそのくらいして守る必要があるものなのかといえば、ゼンゼンそんなことはない。

 その事実に気付けず、皆くだらないプライドを守ることに必死である。まるで、ニセモノの美術品をホンモノと信じ込んでいて、高額なセキュリティシステムと厳重な警備体制で守っているようなものである。



●この世界に、恥じることなど本来何もない。

 今ここにおいて、あなたが選んだことでしょう。

 何であれ、その瞬間最善であると判断しなければそうしなかったはず。

 この世はゲームなので、外への表現(態度)は考慮する必要あるかもしれないし反省も必要かもしれないが、それでも心の奥では胸を張っていなさい。



 さきほどの男の子の例で言うと——

「あ。母ちゃん、お帰り」

 何食わぬ顔で、堂々と対応すればいい。たとえ、ズボンがずり下がったしまらない状態であっても!

「ねぇ母ちゃん、この男優さんの腰つき、すげぇよね。オレも将来これくらいになりたいなぁ」

 ……さすがにこれはちょっとくだけすぎ?

 とにかく、オナニーが母ちゃんにバレたくらいのことで(転じてあなたが何かのことで恥をかいたと感じた程度のことで)あなたという命の価値が損なわれたり、低められるということはないのだ。

 結局、見えない認識の世界限定の問題なのだから、『視点の変化』だけでどうにでもなる。守る価値のないプライドなんて(しかも守ることで余計に痛みが増すようなものなら)、捨ててしまえ。



 じゃあ、逆に守る価値のあるプライド、って何?

 それは——


 

●したい、と思うことを貫く気持ち。

 こう在りたい、というその在り方を貫こうとする情熱。



 これが、まことの「プライド」である。このためなら、多少無理したっていい。

 ってか、思いが強ければ「大変」とか「苦労」「苦痛」とかすら思わないだろう。障害をものともしないだろう。

 キリストが十字架で死んでまで守ったのも、この種のプライドである。決して、他者からの評価(メンツ)ではない。

 そもそも、この二元性の冒険世界で生きるということ自体、我々の言うところの「恥」はかくようになっているものなのである。恥は人間ゲームにはつきもので、誰一人逃げられない。

 だから同じ恥を味わうのなら、イヤな気分で迎えるよりは自分をいじめない視点で優しく迎えるのが良い。この世界に生きることを「旅」と例えるならば——



●旅の恥はかき捨て



 そう思って、伸び伸びと生きていただきたい。

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