Q&Aのコーナー第四十二回「腑に落とす、とはどういうことか説明してください」
私が、小学4年生の時の体験である。
ファミリーコンピューター(通称ファミコン)がまだ世の中に出たての頃。
すぐにはそんなもん手に入らない子供たちは、100円玉をいくつか握りしめてゲーセンへ行っていた。悪友に混じって、私も足繁く通ったものだ。
学校が引けて、デパート内に組み込まれていたゲーセンへ行くと、だいたいいつも会うバイトの店員の姉ちゃんがいた。
恐らく、女子大生だったと思う。愛想が良くて、子ども好きだった。
こちらは、それをいいことに相手を甘く見て、少々『図に乗って』しまった。
だいたい、この年頃の男の子は口が悪く、相手を見て大丈夫と判断したら結構きついことを言う。そのバイトの姉ちゃんに対して、ふざけて『安月給』というあだ名を付けた。
ゲーセンで姉ちゃんの姿を見かけるたびに、『安月給、安月給~』とはやし立てるのだ。これには、子ども好きの姉ちゃんでも『……その呼び方はやめて』と、かなり迷惑気だった。でも、迷惑気な顔をされるだけで実害がなかったから、私たちは調子に乗った。
そんなある日のこと。
私たちは、調子に乗りすぎたことを思い知る羽目になる——。
その日もゲーセンで姉ちゃんの顔を見た瞬間、私たちは条件反射的に言ってしまっていた。
「安月給、安月給~」
次の瞬間。
世界が止まったように見えた。
その後、すべてがストップ・モーションで動いていった。
同年代の方なら分かっていただけるが、金八先生で加藤勝たちが警察に連行される時のシーンのごとしである。(若い方、ゴメンなさい)
バイトの姉ちゃんの顔が豹変した。まるで、別人だ。
その別人は、私の襟首を引っつかむと、そのまま力づくで引きずり出した。
こちらが男でも、所詮は小学生。大人の女性の力にかなうはずがない。
「ど、どこ連れていくんだよ~」
「あんたら、私のこと安月給、安月給って! 本当にそうなら、うちの支配人の前で言いなよ! 今から連れてってやるから、そこでも言えばいいでしょ!」
「そ、そんなぁ~」
「今度という今度は、ゆるせへん! 上司の前で、きっちり始末つけるからね!」
声から、自分たちを強制連行するその力から、お姉ちゃんの本気(マジ)が伝わってきた。
この時ほど、子ども心に恐れたことはなかった。大人の「本気」というものを。
大人を怒らせると、どうなるかということを。
恥ずかしくて情けないけど、涙が出てきた。
そこからは、引きずられながら必死で謝った。それでも、責任者のオフィスの前までは引いて行かれた。そのドアの手前で、もう二度と安月給という言葉を口にしない、と約束させられた。
解放されても、しばらく震えが止まらなかった。
ゲームをしに来てはいたが、もうそんな気も失せて、早々に立ち去った。
それから一か月もしないうちに、その姉ちゃんの姿はゲーセンから消えた。
やめていったのだろう。
筆者は、ふと思うことがある。
あの姉ちゃんは、今頃どこで、どうしているんだろう——
さて、皆さん。
なぜ、私が昔の話を延々としたのか、そのわけの察しが付きますか?
『腑に落とす』という言葉の説明のためである。
ここまでの私の体験こそ、腑に落とす体験である。
人の気持ちとは、どんなものかを腑に落としたのだ。
どこまでしたら他人が怒るのか。どこ以上が、行き過ぎになるのか。
そういう距離感を勉強する、いい機会だった。
生意気な小学生が鼻をへし折られて謙虚になるには、ちょうどいい薬だった。
ここで、辞書的(学問的)な意味合いでの 「腑に落とす」 の定義を見てみよう。
●「腑に落ちる」 は、最近使う人が少なくなりましたが、由緒正しい日本語です。
「腑に落ちる」はある事柄が “腹の底の落ち着き場所にきちんと収まる” ということです。「納得」に近い意味です。
途中で引っかかるなどして、“落ち着き場所にきちんと収められないでいる” 状態を「腑に落ちない」と言うわけです。
●「腑に落ちない」 の腑は、はらわた・臓腑のこと。
「腑」は考えや心が宿るところと考えられ、「心」「心の底」といった意味があるため、「人の意見などが頭に入ってこない(納得できない)」という意味で、「腑に落ちない」となった。
肯定形の『腑に落ちる』は明治時代の文献にも見られ、「納得する」という意味で用いることは誤用ではないが、一般に「腑に落ちる」の形で用いられることが少なくなり、使い慣れない・聞き慣れない言葉を使われる違和感から、「正しい日本語ではない」と誤解されることが多くなった。
腑に落とす、とは思考で理解することではない。
知識を蓄えることでもない。
●感情が強く揺さぶられ、魂に消えないデータが刻み付けられることである。
腑に落とす、ということが起こるに当たって不可欠なのは、感情である。
DVD-RW のように、一度書いてもまた消せる、というものではない。
まさに、CD-R。一度書きこんだら、どうやっても、もう消せない。
例えば。
何か、大変な状況に遭遇した時。
そういう時というのは、平常心を失って、焦っていることが多い。
だから、落ち着いて対処している場合ほどには、知恵が働かない。
で、かなり後になってから——
「ああ、あの時こうしておけばよかった。知識としては知っていたのに! もう、肝心な時に出てこないんだから!」
皆さんも、そんなことを思ったことがあるだろう?
肝心な時にこの知識が思い出せて応用できていたなら、という思いを。
じゃあ、なぜ一番必要な時にその知っている知識が生かせなかったのか?
「腑に落とせていない」 からだ。
しかし。本当に苦しい体験をして、本当にある確信や知恵の必要を思い知って。
知識が単なる情報としてだけではなく、実体験を通して深い感情を介して味わえた時。それは、忘れ得ぬ(たとえ忘れても、顕在意識の中だけであり、深層意識に染みついている)経験となる。
ゆえに、いざという時にその腑に落とした内容を思い出せるのである。後になって、ああ、あの時どうして思い出さなかったんだろう? と後悔することはない。
腑に落とせていないことがあるなら、それは疑問となる。
私たち人間キャラは、この世界にあらゆる疑問を腑に落としに来ているようなものだ。覚醒するということは、質問(自分や世界への問いかけ)がやむことである。
筆者には、質問がない。
生活上、「次の電車は何分に来ますか?」みたいな質問というのはある。だがそんな次元の話ではない。
真理への探究が終わったのだ。私は、もう誰かに師事して学ぶことはない。
ただ、分かち合うだけ。腑に落とせているから、(相手が納得するかは別として)本書でQ&Aに答えることができる。
腑に落とせていなかったら、決して発信などできない。どこかでボロが出て、破綻することになる。
では、腑に落とす、ということを私なりにまとめてみよう。
①知識だけでなく、強い感情体験を必ず伴う。
②魂に刻み付けられ、リライト(上書き)できない。知識のように、覚えた後に忘れてしまえない。
③あまりにも強烈に刻み付けられるので、関連する状況に遭遇した時、出てこないなどということはない。
④腑に落としたことは思考(頭脳)を介さず、反射的に、いつ何時でも素早く使うことができる。
⑤自分の中のある部分とある部分がリンクした感じがし、深い確信が生じる。
⑥「腑に落とす」以前の自分には、もう戻れない。新しい認識の世界に踏み込んだ状態。
腑に落とす、ということについてプラスのイメージで書いてきたが、もちろんマイナスに働くこともある。
喜びにつながらない、恐怖を動機とした内容を腑に落とすこともある。
この宇宙は、自由なところである。
どういったことを腑に落とし、どういったワールド(宇宙)をあなたが形成するのか? あなたが自分の部屋を好きに飾るように、あなたはあなたが腑に落としたいことを腑に落とし、あなたの宇宙を独自にコーディネートする。
そこに、正しい正しくないはない。善悪はない。良い悪いもない。
どうしたいか、だけ。
腑に落とす、という実体験を積みたければ、方法は簡単。
●感情に素直になること。
筆者は、素直な感情こそがすべてだと思っている。
それ以外のものに、耳を傾ける必要なんてない。
感情に素直になると、感情体験をしやすくなる。
社会人は、感情を押さえて理性・損得勘定・義理といったもののほうに傾きがち。
感情を、どちらかというと悪者にしがち。
かえって、厄介者扱いをする。
実は、逆だった。
私たちが「高度な文明人」であるために守ってきたものは、逆に私たちを縛り付けてきた。裏の裏は表であるように。360度回転すれば元の位置に戻るように、結局素直な感情の発露こそが自由の鍵だった。
感情的になるのは、覚醒者とは程遠いとか。
いつも冷静。動じず、常に愛に満ちた眼差しの人格者。
そんな人間ばかりウヨウヨする世界を目指すなんて、つまらね~!
私は、願い下げである。
この三次元ゲームを面白くする立役者、感情に乾杯!
ただ感情に囚われるのではなく、「ああ、私は今こんな感情を味わっているなぁ」という自覚を中心軸にもった上で、感情にのせられてやるのだ。
感情を押し殺すことは、この世界では大人らしいとされるかもしれないが、やり続けていると人生ゲームが面白くなくなってくる。
バランスが大事、という人もあろう。
理性と、感情とのバランス。
でも、私はあえて言う。
バランスなんていらない。
感情だけでよろしい。
ただ、私たちはこの世界で一定の従うべきルールを構築してしまっており、簡単にどうにかできるものでないため、ある程度それに沿ってペナルティとならない程度に、感情の表出を抑えねばならない。それがあるため「完全なる感情の自由」は発揮しにくいが、少々は不便があっても、そこをうまくやってトータルとしては「望むとおりに生きれている」ことを目指すのが王道だろう。
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