第8話-①

 窓ガラスに付いた水滴は歪んだ村を映し出し、今日の朝は雨が降っていることを知らせてくれる。

 雲に遮られた太陽の光は部屋を薄暗くし、狭い室内をより一層狭く感じさせた。

 寝泊りするだけの質素な部屋にクローゼット等はなく、あるのは小さなベットが一つ。そのベットの上で翼を背中から生やした女性が、寝巻き姿で丸くなっていた。


「うぅ。寒ぃっ」


 毛布を取ろうと手を伸ばすが何も掴めず空を切り、彼女が取ろうとした毛布は、脱ぎ散らかした服とブーツの上に蹴飛ばされ、落ちていた。


 雨の降る冷たい空気に堪えかねた彼女はムクリと起き上がり、ボーっと床を暫く眺めてからトボトボと動き出すと、ベット下の籠から着替えを取り出し、この日、一日着る服に着替えてブーツを履く。


 彼女が毎朝行っている行動は体に染み付いており、何も考えずとも体が勝手に動いてくれた。


 共同の水場で顔を洗い、歯を磨き終える頃には、寝惚け眼が覚めて意識がはっきりしてくる。


(そういえば、クーイさんが言っていたインパクトナックルどうしようか・・・明日の朝に出発だったっけ・・・)


 ぼんやりと、クーイが言っていた提案を頭の中で思い描く。

 昨日は、急な提案で少し呆気にとられてしまったが、一日寝てスッキリすると割と悪くない提案だとリトヴァは思った。


 寧ろ、私の方が割合が高いとも考えていた。ただ、リトヴァが返答を保留したのには少なからずこの村に心残りがあったに他ならない。


「今日も芸術的な爆発だね」

「あ、エセルちゃん。おはよう」

「おはよう。リトちゃん。髪、今日もなおしてあげる」

「ありがとう」

「いいよ。なんだか日課になってるし。楽しいし」


 エセルはこの宿屋の経営をしている夫婦の娘で看板娘。年の頃が同じ事もあり、この半年で仲良くなった人族の女の子である。


 髪型がショートの彼女はリトヴァのロングヘアを弄るのが毎朝の楽しみだった。

 リトヴァは髪を弄られながら、先ほど思案して決めたことを口にする。


「・・・エセルちゃん。私、この村を一時、離れようかなって思ってる」

「・・・そっかぁ。それは寂しいなぁ。仲良く慣れたから・・・ちょっと残念だけど、また来てくれる?」

「うん。もちろん・・・ニハハ、実はちょっとこの村は居心地が良かったから、出ようかどうしようかって悩んでた。エセルちゃんもいるし」

「私は、そうだなぁ。リトちゃんが討伐屋サブヂャゲーターだって教えてくれたとき、なんとなくこんな日が来るんだろうなって思ってた」

「エセルちゃんはしっかりしてるなぁ。私はバカだから、先の事なんて思ってなかったよ」


 狭い部屋のベットの上で、エセルがリトヴァの髪を梳きながら、女子トークは続いた。

 リトヴァの芸術的な寝癖はストレートになり、ツーサイドアップにされて、お団子を作られ、パイナップル巻きで遊ばれ、最後にはいつものポニーテールに落ち着く。


「今日も楽しかったっ。これが出来なくなると思うと手がウズウズしちゃうよ」

「それはもう禁断症状だよ。ニハハ」

「出るのは明日?」

「うん。そうだね。朝は早いんじゃないかな。この後、クーイさんか、コスおじさんに聞いてくるよ」

「そっか、誰かと一緒なんだね。少し安心したかも? リトちゃん一直線な所あるし」

「えぇー。なにそれ酷い」


「ニハハ」「アハハハ」


 室内に、二人の笑い声が響いた。





「よーし。こんなもんだろ。あとはゴーイに運んでもらって終わりだな」

「少シハ、運ベ」

「わーかってるよ」


 雨も上がり、雲の隙間から日が差し込み始めた正午。

 明日からのサーバタウンへ向けての物資の補給の為、コスティとゴーイは商店が並ぶ通りに買出しに来ていた。


 買ったものを石畳の通路の脇に並べ、これからトレーラーまで二人で運んでしまおうと考えていたときにリトヴァの声が何処からか聞こえた。


「おーーぃ。コスおじさーん」

「ん? どこから・・・上かよっ」


 周りを確認しても姿が見えず、上空を見ると羽ばたきながら、ゆっくりと降下してくるリトヴァが居た。


 前回は、暗闇の中を跳んで行った為、実際に空を飛んでいる姿を目にするのは初めてだったのだが、コスティはあるものに目を奪われ慌ててしまう。


「おまっ! 見えてる! パンツパンツ! なんでズボン履いてないんだよっ!」

「え! えぇーっ?! っは・・・ちょっ、見るなーーー!!」

「ちょ、まて!!! ほべぶっ」


 今日もリトヴァお気に入りのニットのワンピース。別にズボンを履かなくても良い服なのだが、下から見るとズボンを履いていないようにしか見えない服装だ。


 その事に今、始めて気づいたリトヴァは、顔を真っ赤にしながらワンピースの裾を押さえ、コスティの顔面に『跳び蹴り』ならぬ『飛び蹴り』をヒットさせていた。


「どどどど、どうしよう! 今の今まで村中にパンツをさらしていたのかな!? 半年も!? ニひゃーっ!」

「おぃごらまで。先に言うごとがあるだろう゛」


 衝撃の事実に顔を真っ赤にし、奇声を発しながら両手で顔を押さえるリトヴァと、蹴られた鼻っ面を中心に顔面を両手で押さえながら訴えるコスティがそこにはあった。


「オ前等、コントデモ、シテルノカ」

「「コントじゃない!」」


 ゴーイの言葉に我に変えるリトヴァだったが、コスティは未だに鼻っ面を押さえている。


「よし、ショートスパッツ買いに行こう」

「おぃ。無視するな」

「・・・黒かな。白のスパッツってあるのかな・・・あ、そうだ。ごめん!」

「・・・謝罪がついで・・・」


 恥ずかしさのあまり勢いあまって蹴ってしまったコスティを思い出し、軽い謝罪をするリトヴァに対して、コスティは溜息も出ずなんだか脱力した。


「コスおじさんも、服を買ったら? 臭いよ?」

「臭くねーよ失礼だな。風呂にも入って、着替えてるよっ」

「ぇ、うそ。昨日と同じデザインの別の服? やだー」

「大概に失礼だな。お前も大差ないだろ」

「全然ちがうよ!? ほら、ここの編み込みのラインとか、それに昨日は白。今日はベージュ!」

「そ、そうか・・・」


 女の子リトヴァにとっては大きな違いでもコスティにとってはそれでもあまり大差を感じない。

 しかし、しっかり体を洗って着替えていると言いつつも、指摘されると気になるようで腕の辺りを嗅いでいるコスティ。それを見て、リトヴァは先導をはじめる。


「よし一緒に買いに行こう!」

「おい。勝手に決め・・・まぁいいか・・・くさくないよな? ゴーイ」

「俺ニ、匂イガ、分カルワケ、ナイダロウ」

「いくよ!」


 ビシッと4軒隣の建物に指を差し、案内するようにリトヴァは歩き出した。とはいっても、十数メートル離れているだけなので、すぐに建物の外観は確認できる。


 石造りの建物に木の看板が掛けられている。看板には『洒落着』と書かれており、その隣には洋服屋と分かるロゴマークがある。


「サケ、おち・・・?」

「多分、『おしゃれ』っていう事じゃないかな?」

「あぁ。なるほどなぁ。『しゃれぎ』って読むのか」


 看板を見上げ、店名を確認するとリトヴァは店内へと突っ込んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る