第118話 虫かごの戦い①

 ムクリと体を起こしたカンニングネペンテスが、鞭のようだった蔓が触手を彷彿とさせる動き、次の瞬間には蔓で乱雑に周囲を攻撃した。

 それにレストは慌てて後方へ下がり、肩のすぐ横から覗く不安そうなフタバを撫でながら、警戒した様子で周囲を見る。

 テンリも様子が変わったことを感じ取り、さらに高い位置まで上がって魔法陣を構築していあ。

 するとカンニングネペンテスは蔓で周囲を同時に叩き、ダンっと一際大きな音を響かせた。


(一体何が!?)


 その僅か後には、ブチッやミキミキと言った音が足下から聞こえ、レストは内心にヒヤヒヤとしたものを感じる。

 だから、咄嗟にボス戦を終わらせようと考え、【ショートカット】で爆裂玉を出そうとしたが。

 地面に立ってられない程の揺れが起きた。


(危なっ!?)


 あまりも突発的な地震。

 背後から倒れそうになるレストは、フタバの存在を感じて、反転してから地面に膝と手を付く。


「テンリ!!フタバをお願い!!」

「ガァァア!」


 黒き衣でフタバを包んで叫ぶレストに、テンリがフタバの方を見て動き出す。

 レストは背中から伸びた黒い繭の下に頭が来たことを確認すると、黒い繭を拡散させ、安全なテンリに預けた。


「あー!!」


 今にも泣きそうなフタバが手を伸ばすが、下にいるレストはドンドンと遠ざかる。

 そしてレストは、揺れた原因であろうカンニングネペンテスに地震後初めて視線を向けた。


「…………」


 脳みそが目の前の現象を理解すると伴に、大きく口を開けて絶句するレスト。

 正直見ていて意味不明だったのだ。

 まさか、なんて。

 四方八方に伸びた根が地面の割れた隙間から、嫌な音を立てながら現れ、その規模は広がっていく。

 それを見て「いやいやそれ、植物の在り方としてどうなん!?」と脳内で叫ばずには居られなかった。

 だが、レストには悠長にしているだけの時間は残されていない。


「もう、こんな所まで!?」


 自身がいる場所からも太い根が伸びて、地面を崩しながら今も尚、規模は拡大していた。

 揺れる足場に何度も転びそうにながらも元来た道の方へ逃げる。


「グガァァア!」


 その間に、魔法陣の構築を終えたテンリは、魔法を放って攻撃したが殆どダメージは入らなかった。

 何故なら、引き抜いた根が本体を守るように動いたからだ。

 さらに、残っていた根がテンリたちを襲う。

 蔓より遅いが、蔓より遥かに射程が長く、伸びてきた蔓にテンリは慌てて回避した。


「グヴゥゥゥウ…」


 近寄ればフタバ諸とも拘束される根が増え続ける光景に、高所からテンリは低く唸りながら噛み締め、新たに魔法陣の構築を始める。

 必死に逃げ惑うレストの足に根が絡まり、「あっ…」と声を漏らしながら転んだ。

 その直後、カンニングネペンテスは根を動かして、己を移動させる。

 レストが根を外そうとしている間に、退路となる道を根の壁が阻み、生えている木を利用して天上すら塞ぎ、細い根が地面を覆う。


「これ…」


 レストがレベル50のボスモンスターに余裕を持って戦えた理由は、相手も本気を出してなかったという単純な理由だった。


「まだ一体目だよね?」


 そして、狡猾な食虫植物カンニングネペンテス獲物レストを閉じ込める“虫かご”を完成させた。



 頭上からポロポロと落ちる土塊と、根の僅かな隙間から入る光、蠢く根や枝葉が擦れる音に、掘り返された濃い土の香りが漂う空間。

 不快感に顔を歪ませたレストの質問に答えたのは、見下ろすように現れたカンニングネペンテスだった。


「また絡みつ…っ!?」


 レストは【夜目】で確保された視線で警戒しながらも、足に絡み付いた根を踏んで外そうと、一瞬だけ無自覚に視線を向ける。

 そのタイミングで、本来なら動きにくくした隙に使う攻撃が重なる。

 カンニングネペンテスは捕虫袋からドボッと粘着質な水音を立てつつ、液体を吐き出す。


「危な!!」


 音が聞こえた故に、【音源察知】で何処から現れたか気づいたレストは視認後、そこまで速くなかったので、屈むことでギリギリ躱すことに成功する。

 レストが安堵で胸を撫で下ろし、屈んだついでに拘束している根を無理やり取った。

 すると、ちょうど液体が落ちた辺りから、


「うげっ、鼻潰しに来やがった…」


 鋭い嗅覚にはキツイ甘い香りが漂い始めた。

 レストは土の匂いと混じり合ったその匂いに、気持ち悪さを感じて、しかめっ面で鼻を掴む。

 真っ暗な足下と頭の上で根が擦れる音が響き、それを見て避けようと行動する。


「くっ…そ!!」


 だが、見てからでは間に合うことなく、背後から直撃したレストが腕で支えながら前方に倒れる。

 レストは光が入ってきた上を見て、根に縛られ掛けている身体を無理やり動かし、落ちてきた球体を躱した。

 その勢いのまま不安定な足場を走って、生えていた木を背後にした。


姿…」


 蔓と同じ色をした球体にトゲが付いたモーニングスターを見て、一撃で8%減った様子を瞳に映し、閉鎖空間であることを【音響察知】で脳裏に描き。

 これこそが、カンニングネペンテスの本気の戦闘方法だと、この短時間でも理解させられたレストは、耳を研ぎ澄ませながら苦笑した。

 身体の90%以上を地中に隠した姿をカンニングネペンテスの通常形態とするならば、今の姿は戦闘形態と呼べるだろう。

 何せ、爆裂玉も爆弾も狭くて使えず逃亡が困難な空間で、悪質な環境下と、根による拘束に、蔓による強力な一撃と危険だと予測できる液体の攻撃をしてくる、名前通りに狡猾な相手なのだから。

 石を持ったレストは【音響察知】で木を伝って降りてくる根が近くまで来た瞬間に走り出し、


「今だ!!」


 振り向き様にカンニングネペンテスの上半身があった場所に投げる。

 だが、すでにカンニングネペンテスの上半身は存在しなかった。


「根に攻撃してみたいだけど殆どダメージはない…か」


 入る光が少し強くなったことで、モーニングスターみたいな蔓が用意されていることに気づいたレストは、振り子の要領で襲ってくる攻撃を、余裕を持って回避する。


「あっ、そうだ!」


 新たに取り出した石を投げてみると、根に当たった時よりダメージが入った。

 それにほくそ笑むレストだったが根の擦れる音に気づけず、【音響察知】で認識した時には遅かった。

 レストは放出された追撃に押し潰される。


「二段構え…いや三段構えか!!」


 【音響察知】で脳裏にカンニングネペンテスの上半身が現れたことで、急いで走り出して液体を浴びることは、どうにか避けた。

 円を描くように走っいるレストが石を取り出して何度も投げる。

 それにカンニングネペンテスは根の一部を盾に防御していたが、隠れる直前に1発だけ当たった。


「なるほど、蔓より胴体に当てた方がダメージが大きいと。この状況…シューティングゲーは得意じゃないんだけど…」


 ライフポーションを飲んだレストは手で口元を拭った後、空のポーション瓶と銅球を持ち替え、口角を上げながら告げる。


「投擲と回避とエコーロケーションの練習をするには、絶好の機会か!」

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