第99話 勇者の救済

 8月21日の午後14時過ぎ頃。

 レベル15~20のアンデッドが現れる廃れた墓地にて、アリスは打倒レストを掲げ修行していた。

 その相手はこの地のエリアボス“石碑壊しの祟り”。

 始まりの街で情報収集したら、


──常習的に憂さ晴らしで墓地の墓を壊していた男がある日の夜、大昔の滅びの日で死んだ人を奉った石碑を破壊して祟られ。その結果、男は死んであの墓地に埋葬されたが。アンデッドが溢れるようになり、永遠に自身の墓を壊し続けるアンデッドが現れるようになった。だから、あそこは廃れた。


 と、語られる意味深なボスモンスターである。

 そしてそのボスは、廃れた墓地に現れる各種の武器を持つスケルトンの中にいる、唯一のゾンビでもある。

 墓壊しの小槌を振るうゾンビは朝日を浴びると、アリスに背を見せて走り出す。

 これは太陽の光を浴びた弱いアンデッド特有の反応で、己の墓や日陰に逃げようとする仕様である。

 うめき声を上げて全然速くないゾンビに、一度だけ朝日を見上げたアリスが止めを刺す。


「ォォ、ォォォ、ォォォオ…」

「…【退魔之剣】【首刈り】【縮地】」


 白い輝線を描いて一瞬でゾンビの背後に近づいたアリスは、不機嫌な無表情でさらに一歩だけ踏み出し、首に一閃を食らわせる。


「…【ソニックバッシュ】」

「ォォォオ…ォォ…ォ…」


 聖属性という死霊系モンスターの弱点属性な上に、触れるだけで昇天ダメージ発生する浄化効果という、アンデッドの天敵と言える攻撃。

 それを首筋へのダメージ補正をする【首刈り】、敏捷に応じた攻撃力を発揮する【ソニックバッシュ】のコンボで、一切のダメージを負ってなかったゾンビが一撃で倒される。

 【退魔之剣】を解除したアリスは、不満げに言いながら剣を振る。


「…身体は」


 振り下ろし、逆袈裟斬り、薙ぎ払い、袈裟斬り、振り上げ…。

 さらに動作を続け、左右対称な反時計回りの8連撃を繰り出す。

 だが、それでも終わることなく、持ち手を逆に変えたアリスは一連の動作を再びして、八閃の斬撃。

 流暢な動きで振るわれた剣に淀みは無かった。


「…慣れた」


 アリスはステータスを振ると感覚が変わってしまい、慣れるまで数日ほど掛かる。

 だから計画性を持って、2日前からSPを全部振って、レベル50の身体能力でずっと訓練していた。

 結果、自分の技術が正確に扱えるほど、殆ど掌握することに成功していた。

 それを確認したアリスは朝日を見つめ、歩き出す。


(…強い相手と戦って最終調整した後、緊急回避用の【縮地】を使いこなせるようになる必要と、スキルを充実させる必要がある…)


 と考えたアリスは、強いモンスターがいるエリアへ行く前に、ドロップアイテムを納品、消耗品の買い足しに始まりの街へ向かった。

 冒険者ギルドにいる時や食料の消耗品(剣とマナポーション以外)を買っていると、アリスはある噂を耳にする。


──モンスターみたいなプレイヤーがいた。

──何か禍々しい、血まみれの黒い全身鎧で赤いマント、大剣と大盾の装備ってある?……無いなら作ってくれ!

──黒い霧みたいな体で赤い瞳を覗かせる黒騎士を見たモンスターが、悲鳴を上げて逃げてたぞ。攻撃してみたら、プレイヤーだったけど。

──あっ私、そいつ知ってるわ。オオテ鉱山の方へ行ってたはず…


 一つはモンスターと見間違える見た目をした、赤い目で黒霧が体の黒い全身甲冑を着たプレイヤーの目撃情報。


──私も遠くの光の柱を見たよ?

──さっきのあれ、俺が夜更かししてレベリングした時に見た光だ!本当にあっただろ?嘘じゃなかっただろ!!

──あっちはオオテ鉱山の方か?…何かのイベントかもしれねぇ、行ってみるぞ!!

──確か、過去の掲示板に精霊の森付近で光の目撃情報があったな…


 もう一つが現在もっとも騒ぎになっている、まだ暗い空に天高くまで貫いた光の柱のことだった。

 それも両方、オオテ鉱山付近での出来事という奇妙な内容。

 アリスはこの噂を整理すると、ある結論にたどり着く。


(…黒い霧は多分【天魔波旬】。なら、黒騎士はレスト?)


 前者の噂から、その騒動の渦中の人物を予測した。

 そう仮定した段階で、不思議とその装備を作れるという説得力が生まれ、騒動に巻き込まれた実体験が決断させた。


──この騒動にレストが関わっていると。


 そう確信したアリスは、取り敢えず何が起きているのか知るために、オオテ鉱山に向かったが。

 1時間以上の探索の末、レストらしき存在も、原因らしき何かも発見できなかった。


(…せっかく、ここまで来たから練習しよ)


 なので、アリスは薄暗い所で奇襲を仕掛ける練習をモンスター相手にやり始める。

 そしてさらに時間が経ち、他のプレイヤーも諦めて帰ろうとした頃。

 坑道から出てきたプレイヤーが言った内容が、オオテ鉱山にいるプレイヤーたちへ駆け抜けた。

 もちろん、アリスもその話を遠くから聞くことになった。


──ゲリライベント『歩く災害』がここの地下で発生している!!

──廃坑の下層から手当たり次第に爆破している模様!!中にいる普通のプレイヤーたちを救え!!

──ヤバい、山の一ヶ所も崩れ始めたぞ!!総員退避ーー!!

──地下で爆発物を使ったらダメでしょ!!あの人、常識はずれ過ぎる!!

──勇者様、あなたの弟を止めて下さい!!お願いします。このままでは、この山が!!


 オオテ鉱山の上も下も大騒ぎ。

 アリスの元へ訪れた一般のプレイヤーは懇願する始末。


(…何をやってるの!!)


 さすがのアリスもこの展開を予想してなかった。

 急いで崩落に巻き込まれたプレイヤーたちの救出へ向かい、このまま行けばレストが危険人物扱いになるという危惧のもと、レストのことを謝罪しながら助け回る。

 幸いにして、プレイヤーキルが出来ない仕様と、多くのプレイヤーたちの助けで、全員を無事に生還した。

 その時に何故か、ゲリライベント『歩く災害』に巻き込まれた人たちが、巻き込まれたことを自慢するという謎の事態に発展したが。


「…よかった」


 レストが恨まれてなくて、ほっと安心したアリスだった。

 妙な連帯感があったとは言え、本来ならそんな人たちが現れてもおかしくないのだが、アリスの献身的な行動がレストを救っていたのだ。


「くっ、俺にもこんな姉が欲しかったぜ」

「私の姉と変えてくれないかな…」

「他の人たちのことをそこまで心配して…これが勇者と言われる存在か。オレ、今日から勇者のファンになります」


 後日、そのことに気づいたレストが感謝と謝罪を込めて本気で武器を製作し、“慈愛の勇者”という悶絶する二つ名が増える。 


「マーリン!!やっと外に「…レスト」でられ…たよ……」


 この後、ゲーム内で夕方となり、オオテ鉱山が三分の一ほど小さくなった頃に、犯人は現れた。

 木や地面を爆発で吹き飛ばし、ひょっこり顔を出したレストは喜びの声を上げるが。

 地面の揺れで位置を特定していたアリスが、耳に残る声で話し掛けた。

 それに油が切れたロボットのような動作で振り返ったレストは、噛みながら聞いた。


「アリス…しゃん。ど、どうしましたか?」

「…ちょっと、話したいことがあるから、こっちに来て」

「……ハイ。マーリン、ちょっと逝ってくる」

「お、おう…」


 逆光で一切見えない顔に、冷え切った声音に、握りしめる剣の柄に、見下ろす視線に。

 レストはあの時の恐怖トラウマを思い出し、最速記録で近づいて土下座した。


「申し訳ありませんでした」


 これがイベント後に言われ始めるゲリライベント『魔王様も逃げられない』である。


「あの迫力を出せる人、俺の妹と幼馴染み以外にも存在するのか…頑張れよレスト…よし、バレないように逃げて、やるか」

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