第89話 ものすんごっく危険だからやめようね
「よし着いた」
世間をお騒がせした日から、現在は3日経った8月21日の10時半過ぎ、夜になる夕刻の直前。
メンテナンス後に日課の水やりを終えたレストは、木漏れ日の森のマッドネスベアがいた場所まで来ていた。
そしてメニューで時間を確認したレストが思った。
(うん。1時間以上早く来過ぎてる)
1週間後に会おうと祐介との約束して、3日前に木漏れ日の森のマッドネスベアがいた場所に12時集合、とメッセージが送られてきた。
それでせっかくだからあれを披露しよう、とウキウキ気分のレストは、待ちきれなくて早く来てしまった。
(あれを着るのは会う少し前が良いな。なら、何をしようかな…)
これからの事を考え出したレストは首に掛けられたゴーグルを掴み、一度キャンプを張ってから神殿で何かを作ろうとも考えたが。
集中して時間を忘れそうだったのでやめ、釣りでもしようと思った拍子に【気配察知】で遠くから一人こちらへ来ている事に気付いた。
ニヤっと口元を歪ませたレストは【隠密】を使ってから近くの木に登り、息を潜めた。
暗い場所や夜の時間帯で光源として一般的に使われている火魔法【灯火】の火の玉を漂わせ、暗い森を進む人がいた。
黒い三角帽子と黒いローブ、赤い宝石が付いた木の杖を持つ真っ白な髪の老人だ。
左手で杖を突き、右手で自身の長い白色の髭を撫でている姿が格好と相まって、長い年月を生きた魔法使いのように見える。
マップを開いたまま進む老人はある場所で足を止める。
「フフ、フフフ、フハハハ!!」
その老人は突如暗くなった森で腕を広げ、細長い月に向かって一人嗤う。
「誠人。いやレストよ。俺はこの時を待っていた!!フフフ、初心者と経験者の違いを見せてやろう。フッハーハッ!ハッ!ハッ!!」
高笑いした老人はスコップを装備して、穴を堀始めた。
現実では誠人という名前のレストは木の上から異様というか、友人の何とも言えない光景を目撃して、
(やっぱり祐介だったか…てか、驚かせようと考えたみたいだけど、ここに本人がいるよ)
と、優越感がたっぷりの笑みを浮かべる。
腕を組んで、火の玉に照らされる祐介らしき老人を見ながらレストは思った。
(うん、ラッキー。このネタで一ヶ月は弄れる。さて、何をしようとしているか見ないと。登場はまだいいかな)
偶然、木の上に仕掛けようとしている
場所はマッドネスベアがいた場所を除いた周囲。
時々来るモンスターを火魔法で瞬殺し、燃え移った火を慌てて消したり、罠をスキルに頼らずに設置していく。
掘った穴に布と土を被せた落とし穴。
木と木の間に細い糸を結んだ転倒させる罠。
軟膏を塗って滑りやすくした木の幹や根っこ。
これらは祐介が時間や資金の関係で準備できた非殺傷系の罠の数々だ。
「前に下見でやったから早く終わったのぅ…」
手持ちの罠を設置した祐介は、ロールプレイング好きとしての本性を発揮して、白い髭を撫でながら言う。
それから手持ちぶさたに困った祐介だったが、杖に装備を変えた後、木を背もたれにして座る。
「さて、ゆっくりと獲物が掛かるのを待つとするんじゃ。フォーフォフォフォフォ!!」
祐介はメニューを片手に大抵のゲームでレストと名乗っている友人を待ち始めた。
自分が登っている木で座っている祐介に、絶賛ヒヤヒヤしているレストはバレなくて安堵の息を出す。
そして、こっちもこっちでやることがないので、打開策を考え始める。
(この状況をどうしようか…)
木の上で実は見ていたよ、と登場するのは面白くない。
かと言って、バレるまで待つのも面白くない。
レストがどうしようか考えていた時、ある光景が脳裏に横切る。
(罠か…)
思い出したのは、仕掛けられているのを確認したが、何処に何があるかは正確に覚えていない罠の存在だ。
(なら、こっちも元々の予定で良いとして…いや、インパクトが足りない)
レストは披露しようと思っていたあれでは、今の状況では面白味が欠けていると思った。
そこであることを閃く。
(印象に残る登場をすれば良くね…勢いよく登場。違うな…別の場所に誘導して…それから、こう行けば!!)
レストは【宝物庫】から取り出した石を片手に、微風が来るのを待ちながら耳を澄ませた。
「うん?なんじゃ?」
祐介がメンテナンスの内容を見ていると、地面や木に硬質な物が当たる音を耳に拾った。
そこで、音が聞こえた方へ向くと、遠くで光の粒子となって消える何かが見えた。
「モンスターが何かした音かのぅ…トラップを壊されたら困るし、見に行くかのぅ…よっこらせ」
不気味な雰囲気に戸惑いながら、立ち上がった祐介は、火の玉を連れて罠を踏まないように進む。
(12時なら夜道となるから、この足下にあるタイプのトラップは有効そうじゃ。ワシも踏まんよう気を付けねば…ッ!!)
何かの声が聞こえ、振り返るが何も無く、光っていた場所には何も無かった。
祐介はその事に頭をひねりながら戻ろうとした時、背後から声らしき音と、重い何かが落ちる音を耳にした。
「……いったい…なんじゃ」
そして、背筋が冷たくなる感覚と、座っていた木から禍々しい何かを感じる。
【灯火】による火の玉を向けるが何も見えず、唾を飲み込む。
「もしかしてレストかのぅ…」
そうであって欲しいという願望を声に出し、慎重に進み始めた。
あと残り半分という所で、近くに来たモンスターが悲鳴らしき叫びを上げ、逃げ出す光景を見る。
(いったい、何が起こっているんだ…)
その時の祐介は一言で言えば、未知の好奇心で前へ前へ進んでいた。
もし、ここで帰っていれば、未来は変わっただろう。
「……えっ…」
それが起きたのは、あと3メートルぐらいの距離だった。
木の背後で黒い何かを見えたと思った瞬間、横から黒い塊が通り過ぎる。
それで木が横に倒れ、消えていくと現れた。
背は決して高くない。
異様な空気を纏う黒色の全身甲冑。
木を斬ったであろう全身甲冑と材質の大剣を肩に担ぎ、血のように真っ赤なマントを靡かせ、そこに佇んでいた。
「なんだ…これ」
でも、そこまでなら祐介は茫然とした声で後退らなかっただろう。
祐介は見た。
全身甲冑どころか大剣にも血が付いたかのような血色の跡があり、全身甲冑の隙間という隙間から黒いの煙が溢れ、黒煙の中に妖しく存在する紅色の瞳が自身に向けられる光景を。
どうしてこうなったのか思考する祐介を見詰めたまま全身甲冑は、足下の大盾を拾う。
すると、狂ったかのような叫び声を上げる。
──ふひ、ふひひ、ふひひひぃ、ふひひひひひひぃぃい!!
狂った声が止まると担いでいた大剣を下ろし、再び狂った声を上げて襲い掛かった。
「うわぁ!!」
それに祐介は背中を向け、力疾走て逃げようとするが、己の罠の木と木の間の糸で転んでしまう。
祐介が慌てて背後へ目を向けると、
「うひひひひぃー!」
「ーーッ!!」
大剣を一閃させて、糸が結んであった二本の木を斬る様子だった。
思わず声無きを上げて、祐介は這って逃げる。
(なんで俺がこんなことに…あれか、天然奇人にお茶目なドッキリを仕掛けようとしたことが悪いのかぁーー!!)
全身甲冑がたたら踏み、斬られた木が光となる背後の出来事を、祐介は見届けること無く、立ち上がり駆けた。
ここで、走馬灯のように感覚を味わう。
(俺のあほぉーー!!なんで過去の俺は、ここに落とし穴を作ってんだよう!!)
なんと、進んだ先には自作の落とし穴があったのだ。
脳内絶叫しながら、祐介はゆっくりとした浮遊感と共に、落とし穴へ落ちた。
「ふひひひぃ。ふひひ」
レストはその場の思い付きの大声を上げながら、落とし穴にゆっくりと近付く。
あれと呼んでいる【天魔波旬】を使った全身甲冑の姿で、驚いた祐介の反応に満更でもない様子のレストは機嫌が良くなっていた。
(ここで『祐介よ。こっちはこの時を待っていた!!どうだ、あれと自信作の装備の出来映えは!!』って言っやろう)
そう思った瞬間、レストも走馬灯のようにゆっくりな感覚を味わう。
(あっ、足下が滑ったぁーー!!)
落とし穴の方へ倒れ込むレストは盾と大剣を手放し、近くの木へ片手を伸ばす。
だが、そこにも足下と同じように軟膏か塗ってあった。
触れた指先も止まる様子も無く、滑って逆に態勢を崩す。
そこでレストはアリスが言っていたことを思い出す。
──…鉱物系の靴は他の靴に比べて滑りやすいって、検証サイトに載ってたの忘れてた。
この言葉で、自信作は指先から足の先まで金属で出来ているから、凄く滑りやすいことに気付いた。
(あれか、暴走機関車に自慢してやろうと思ったのが悪いのかな…)
ゆっくりと思考の中、レストは打開策が無いのでこの状況を諦める。
「うわぁぁぁぁああ!!」
「ぐへぇ」
「……それ、俺のセリフ!!てかこの反応、誠人だろう!!」
「ノーコメントでお願いします」
「もろ、お前じゃん!!」
こうして、混ぜるな危険の二人は、仲良く落とし穴へ落ちた。
────────────────────
良い子の皆様へ。
危ないので友達に罠を仕掛けるのは止めましょう。
作者より。
あっ、この全身甲冑は生まれる時代を間違えてるけど、アリスの所で出たヤバいやつではありません。
これからも楽しんでいってください。
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