第87話 実は実は凄い子

「レスト、その…精霊界について教えてもらいたい所だけど…その前に魔力結晶のことを教えてもらってもいいかしら?」


 キュウリとマヨネーズらしきものが入った柔らかいパンのサンドイッチを食べているレストに、ベアトリスが遠慮気味に聞く。

 それに対してレストは、モグモグと口の中の物をしっかり食べてから答えた。


「いいですよ」

「助かったわ。正直言って、精霊を召喚することに成功したプレイヤーや、生産プレイヤーや職人ギルドで調べたけど、何も分からなくてね」


 片手で頭を押さえて、安堵したかのように胸を撫で下ろすベアトリス。

 レストは曖昧な笑みを浮かべる。

 それを気付かれる前に真顔へ戻し、都合の良い場面だったので、聞きたくても聞けなかった内容を教えてもらう。


「ベアトリスさん、魔力結晶って従魔や使い魔を世話している時に落とすアイテムの類いですか?」

「えぇ、そうよ。シャーロットが光の石より頻度は少ないけど、くれるアイテムよ」

「やっぱりですか…」


 何かを考え込むレストに、初期アイテムの硬球を転がしてシャーロットと仲を深めていたアリスが、転がしていたボールを止めて反応する。


「…そんなに凄いアイテムなの?」

「……正直に言って」


 言葉を途中で切ったレストが、ボールを待っているシャーロットに視線を向けた。


「いつかの大型アップデートの見出しになるのは確定で、値段も10万Gじゃあ済まなくなるかも?」

「「………」」

「?」


 レストと同じようにベアトリスとアリスは二人揃って、シャーロットに視線を向ける。

 そんなシャーロットは注目される理由が分からないのか、頭を傾けた。

 目を大きく見開いたベアトリスが言葉を投げ掛ける。


「た、確かに、この子は使い魔の中でも、確認されている唯一の特殊な個体だけど…そこまでなの?」

「FMGの展開次第ですが…もし、使い魔を無理矢理奪うことが可能なら、シャーロットちゃんで戦争になるレベルです」

「………やっぱり、そうなのね」


 心の何処かで確信があったベアトリスが目元を手で隠し、諦観を滲ませる声音。

 その声で心配になったのか、シャーロットはトコトコ歩き、机に接したベアトリスの腕へ小さな手を置き、「だいじょぶ?」と言って不安そうな目で見上げた。

 それに再び目を見開いたベアトリスは「大丈夫よ」と微笑みながら、目元を隠していた手でシャーロットを撫でる。

 天真爛漫に笑うシャーロットを少しの間、撫でたベアトリスが真剣な表情で聞く。


「教えてもらえるかしら、その重要な情報を」

「いいですよ」


 二人を羨ましいそうに見ていたレストは苦笑して答える。


「所で話は変わりますが、ベアトリスさんは魔道具って知ってますか?」

「……知らないわ」

「職人ギルドの生産部屋にあるMPを消費して使う道具とかのことです。身近だと、この部屋の照明も魔道具ですね」

「…っ!?少し待ってね…」


 訝しみながら答えていたベアトリスが何かを考え出す。

 勿体ぶった言い方のレストが、その反応で笑みを浮かべた。

 一分ほど考えたベアトリスは、レストの目を見ながら聞く。


「確かに分かったわ。つまり、この魔道具の素材になるのが魔力結晶って言うことでしょ?…でも、そこまで大事になるとは思えないのだけど…」


 レストが何を言いたいのかよく分からず、アリスも視線を向ける。

 そして撫でられるシャーロットも二人のように真似する。


「正確には魔道具を作る上で必須の転換液を、作る為に必要な素材です。まぁ、何種類もありますが、その内一つが火の石系統を使った物もです」

「…レスト。それって光の石もじゃあ?」

「うん。ランプや懐中電灯みたいな魔道具に使える転換液の材料になるよ」


 アリスの方を向いて、質問に答えたレストはシャーロットを見つめ合う。


「で、この転換液は色んな素材で代用できる珍しいレシピなんですけど、一つだけ絶対に代用できない素材がありまして」

「……それが、シャーロットの作る魔力結晶だということ?」


 撫でていた指が止まり、強張った声音のベアトリスを見上げるシャーロット。

 その小さな眼は無言で何かを見定めるかのようにベアトリスを映す。

 レストは頷き、


「そうです。多分、ドロップなのか採掘なのか分からないですけど、魔力結晶が出回る量は凄く少ないと思いますよ。職人プレイヤーも商人プレイヤーも喉から手が出るほど欲しい存在ですね、シャーロットは。まさしく、金の卵を産む鳥です」


 そう言って締めくくった。

 需要と供給が合わないだろうと想像が容易にできる、魔道具の生産に必須の“魔力結晶”。

 それを無尽蔵に産み出せるであろう精霊“シャーロット”。

 特異性が計り知れないシャーロットをベアトリスも、話を聞いていたアリスも見つめる。

 だが、その瞳に映すのはベアトリスだけ。

 様々な欲求が胸から出てくるベアトリスは、今までにない様子のシャーロットに何かを訴え掛けられ、一撫でしてから二人に願った。


「レストにアリス。シャーロットの事は誰にも言わないで欲しいのだけど…」

「むしろ率先して黙ります…知られたくない一つや二つ、誰にもありますから。あっ、素材返した方がいいですか?」

「……私も言わない。せっかく、少しだけ仲良くなったのに、また振り出しに戻りたくないから」


 似たような事に身の覚えがありまくるレストは苦笑しながら、アリスはシャーロットから視線を外して恥ずかしそうに小声で言う。

 そんな二人に感謝しながら、ベアトリスはシャーロットに微笑み掛ける。


「シャーロット、安心しなさい。貴女の力を私の欲だけで、悪用しないわ。売ってしまったのも買い直すわ」

「……ほんとうに?」


 小さな目を大きく開き、今にも泣きそうな声で聞いてくるシャーロットに、ベアトリスはシャーロットの前髪を整えて伝える。


「もちろんよ。貴女の方が大切だから、シャーロットが嫌な事はしないわ。少なくとも私は絶対にシャーロットの味方よ。貴女が居ないと寂しいからね」


 最後に照れながらもベアトリスの本音を聞いたシャーロットは、ぽろぽろと涙を流しながら、


「うっ…」

「シャーロット、どうしたの?突然泣き出し「うわぁーーん!」て…大丈夫だから泣かないで」


 ベアトリスの顔に張り付いて、シャーロットは声を出して泣き始めた。

 それに戸惑いながらも、ベアトリスは安心させるように撫で続ける。

 すると、シャーロットが嗚咽を溢しながら唱える。


「ぜいれい、ひっく。のじょおう。しゃーろっとば。ひっく」

「えっ、何なの!?」


 シャーロットの言葉に反応するかのように、ベアトリスとシャーロットの左手が虹色の光を放ち始める。

 突然の事で慌ててベアトリス叫びながら立ち上がった。


「ごごに、べあとりす。ひっく。ふぁんてーぬと。ひっく。うんめいにみちびかれ、ひっく」

「シャーロット、貴女…」


 シャーロットに初めて名前を言われ、ベアトリスは顔のシャーロットを見つめる。


「まことのぎずなによるちぎりをむすぶ!」


 顔を上げたシャーロットが嗚咽を堪えて、最後の言葉を叫んだ。

 ベアトリスとシャーロットの左手の甲から強烈な虹色を放ち、全員の視界を真っ白に染める。

 突如の事で思考停止したレストとアリスが視界が回復したのと同時に見たのは、


「アリス。シャーロットちゃんってもしかしたら、このゲームの中でも重要人物なんじゃあ…」

「…私は重要人物よりも上の最重要人物だと思う…」

「こっちもそう思う…」

「うわぁーーーーん!べあとりすぅーー!うわぁーーん!」

「バランスが…これ、絶対腰に…」


 幼女化したシャーロットに顔を抱き締められ、今にも倒れそうになったベアトリスと、二人の左手の甲に刻まれた、ティアラを着けた妖精が描かれた灰色の紋章だった。


────────────────────


60話のセリフを修正しました。

というか書き忘れてました、申し訳ない。

あれこの回、シャーロットの存在感が凄いですね。

いや、前からか。

なるべく、次でこの回を終えたい…。

そして、その次があの男の登場回。

書きたい気もするし、書いたら予定を壊されそうな気もする。

てか、いつも予定からずれてたよ。

……頑張ろう。

ちなみに、このゲームで基本的に腰を痛めることはありません。


あっ、久しぶりに…

これからも楽しんでいってください。

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