第78話 痒い所に手が届く素晴らしいスキル
憎悪の女王はボスらしい活躍の場面も与えられず、二人を超強化しただけという結果を残した。
目の前に現れたボスの討伐報酬で召喚されたトラウマアリスと色々あった後。
二重螺旋の黒い霞を周囲に漂わせるレストが、背後に振り返って頬を引き攣った。
「あっ…火の後始末の方法を考えて無かった…」
「……私も…」
二人が向いている先には、入り口が壁と一緒に熔解して無くなり、壁があったであろう場所から凄まじい勢いの黒い炎。
その炎は体に有毒そうな煙が天井まで立ち上がり、近くの下水か白い蒸気が出ている。
その光景に二人は、同じタイミングで、そっと視線を逸らした。
「取り敢えず、【万物創造】でまた水入りバケツ召喚して、水を掛けてみようか」
「…なるべく多めに用意して」
「了解」
既にここは水を定期的に飲まなければ、脱水となりかねない蒸し暑い環境になっていた。
どのくらいか言うと、夏場の昼間の外出した時よりも暑く、装備のお掛けで多少はましなレストですら意味もない薄着となり、男のレストがアリスの服が汗で透けていても、暑すぎて気にならないぐらいだ。
ちなみに、水を使い果たした二人は【万物創造】で生み出す水が生命線となっている。
水入りバケツの水を飲んだ二人は、火の近くに大量のバケツを並べた。
バケツを持ってレストが頷くと、アリスも頷いて、同時に水を掛ける。
水を掛けて、掛けて、掛けまくったが。
殆ど火に変化はなかった。
「消せる気がしない!!」
「……同じく」
取り敢えず、黒い霞を手のような形にした黒き衣で掲げていた松明を、自身の手に移してから、レストは空になったバケツを集めて【宝物庫】しまい、新たな水入りバケツを準備する。
その間に少し考えごとをしていたアリスが、根本的なミスを言った。
「…レスト」
「どうした。何か方法思い付いた??」
「…ここからでは薪に掛からない」
アリスは壁から出た炎に水を掛けた所で、水が室内の薪へ届いてないから意味が無いことを指摘した。
それを図星なレストは沈黙で応え、アリスはもう一つの指摘する。
「…あと、レストが掛ける水。微妙に黒くなってる。多分、魔属性が水に付与されてた」
「そう言えば、この黒いのが小さくなっている気がする…つまり、水掛ける行動も攻撃判定になったのかな」
「…多分。それとレストが掛ける水は、私が掛けた水より火を小さく出来ていなかった。もしかしたら、魔属性同士は相性が悪いかも」
「……なら、魔属性と相性の良さそうな聖属性。アリスの【退魔之剣】で水に聖属性を付与出来ないかな?」
「…私のは剣にしか出来ない」
その後、レストも自身のスキルを教えてくれたという理由と、パーティメンバーには自分の手札を知っている方が良いだろうと判断で、アリスはスキルについて教えた。
【退魔之剣】
剣に聖属性を纏わせる。
聖光で害悪に対する浄化効果の発生。
被ダメージ減少大、全耐性上昇大、HP自動回復大、体力自動回復大を付与する。
共鳴時に、このスキルの全性能を強化する。
使用時MP継続消費。
アリスが持つユニークスキルはレストの魔属性の付与と違い、聖属性を纏わせる効果だった。
その纏わせる効果ゆえか、それとも浄化効果ゆえかは分からないが、それらが原因で剣の耐久値を削っているようだ。
レストはそれよりも、アリス自身も正体不明と語った、共鳴時の全性能強化の部分が、妙に気になって仕方がなかった。
バケツの水が蒸発しないようにしまったレストは、尻尾のように生えた黒き衣で松明を空中でくるくる回してキャッチしながら、打開策を考えていると閃く。
「薪を持ってきたら解決じゃない」
「……それが出来ないから困ってる」
「【天魔波旬】の黒い手ならどうかなって思ったんだけど…」
憎悪の女王討伐前に、レストは【天魔波旬】で遊んでいた時、黒き衣の手を伸ばして、遠くにあった松明を取っていた。
その、ゴム人間を彷彿とさせるレストの姿を思い出したアリスは「…出来そう」と呟く。
アリスの言葉を聞いたレストは、さっそく左手に松明、右腕が黒い靄が掛かった状態にした後。
火に向けた右腕から黒い手を伸ばし、黒い炎の中に突入させた。
「…どう?」
「熱は感じないけど、地面に触れた感触はある」
「…感触の話じゃなくて薪の話」
「あっ、今何か触れた!!多分取れた!!」
黒い手で薪単体とは思えないほど、大きな黒い炎であげて燃えている物を地面へ転がす。
異常とも言える光景を見たアリスが思わず言った。
「…この薪なに…」
「3時間は延焼と、火属性強化微…じゃなくて小と、炎上範囲拡張小の効果を持つ薪」
「…なにそのオーバースペックな薪」
ただの薪とは思えないほど薪に戦慄したアリスは、この日を教訓に誓う。
解決法はレストのアイテムをなるべく頼らないようにする、と。
「…取り敢えず水」
「ほい…ほい…ほい」
アリスが水入りバケツで薪に3度掛けて鎮火できた。
「…何個ばらまいた」
「100個ほど」
「…あと99回繰り返す」
「あっ、それなら大丈夫だと思う」
アリスがそのまま、この作業を繰り返すかと思われたその時。
レストは黒い唐草模様が描かれた薪に触れ、現れた操作画面の【宝物庫】に薪を全て回収しますかのYesを押す。
「出したアイテムは触れさえすれば、同じアイテムは全部自動回収できるから」
黒い炎は一瞬で鎮火し、真っ赤に熔けた地面と壁だけが残る。
レストが【宝物庫】の自動回収機能を使い、全ての燃えていた薪を自動回収したのだ。
この方法を発見したのは偶然にも、火攻めにする前で、レストは松明に触れた時に知った。
これにより、レストは空バケツと水入りバケツを楽にしまうことが出来た。
ついでに言うと、投げた松明は、投擲したアイテムに該当され、自動回収済みだ。
一瞬で黒い炎が無くなった現場を見たアリスは、ため息を吐き、
「…せめて、もっと早く言って欲しかった」
ジト目で苦言を漏らす。
こうして、二人は無事に鎮火作業を終えた。
○
「…レストのスキル、便利」
「もしかしてっと思ってやってみたけど、想像以上に応用範囲が広いかも」
熱気に包まれる開放的となった憎悪の女王が居た一室。
高熱の足場がダメージ床のように踏むだけで負傷する場所を、二人は【天魔波旬】の黒き衣で作った道を進むことで、安全に進めた。
その霧のような見た目からは想像出来ない、黒き衣の利便性の高さに、二人が感嘆の声を上げる。
さらにそこで、天井が熔解して落ちてきた赤い雫を、
「おおー!!自動防御が発動した」
踏んでない足場から黒い衣が二人の頭に伸び、傘のような形となって防いだ。
歓声を上げるレストは、肩を叩かれて振り替える。
「…私の【退魔之剣】と交換「しないから!!」」
操作可能で自在に姿形を変え、攻撃や防御が物理的な干渉力と遮断力を生み、自動と手動で操れる。
つまり、攻撃や防御どころか移動などの応用が利き、勝手に色々してくれるということだ。
そんな【天魔波旬】の万能さにやられたアリスは、レストにできないスキル交換を求めようとしたが。
レストは速攻で却下し、再び歩き始めた。
「…けち」
「えっーとカギは…」
アリスをスルーして、レストは【宝物庫】から憎悪の女王の討伐報酬である“下水道の鍵”を取り出す。
余談だが、アリスが憎悪の女王の討伐報酬を全て渡そうとした事件があった。
最終的には理由が分かるので、レストは譲渡が出来ない“下水道の鍵”以外を貰い、今回得た全素材も含めて殆どを冒険者ギルドで換金して、その半分を渡す予定だ。
すぐにして、レストとアリスは炎が消えた後に見付けた、怪しすぎる目的地へ着いた。
今、二人がいるのは無くなった扉から真っ直ぐ進んだ先にある、もう一つの扉の前だ。
赤く鈍い色で照らされる金属扉を中心に、今までの下水道とは材質が違う、横が10メートルほどの壁という。
本来なら黒い業火にさらされ、周囲と同じように熔解してないとおかしい異質さが現れた場所だ。
レストは片手に持った松明で鍵穴を照らした後、鍵を刺して回す。
「開けるよ」
「…分かった」
用心して足下から伸ばした黒い手で扉を開き、二人は未知という高揚感を感じながら扉を潜った。
そこにあったのは台座と水晶だ。
部屋の中心にある細かなリレーフが彫られた、半径が1メートルで高さが30センチ、大理石のような材質で出来た円形の台座。
そして、台座から十数センチ浮かんだ位置にある巨大な水晶。
幅は4メートルある水晶は透明な光を放ち、二人を照らす。
「…すごい」
「確かに…」
大小様々な多面体の球体みたいな水晶は、ゆっくりとその場で回り、それぞれの面が違う光景を映していた。
二人は夕焼けの砂漠や海上都市、霧が掛かる谷底、嵐で荒れた海と船など、その瞳に映していく。
レストが導かれるようにその水晶を触れた瞬間。
「うぉー!!」
「…なに!?」
二人の目の前には説明画面が現れた。
反射的に声を出した二人は説明画面を読み進める度に、驚いたかのように目を見開き、最後の一文で項垂れる。
「まだ、この次元転移水晶は未実装か…」
「…来るのが早すぎた」
二人が居たのは、次の世界へ行く為の次元転移水晶がある部屋だった。
しかし、現段階では使用することが出来ないので、ただの観賞用水晶がある部屋と成り果てていた。
俗に言うアップデート待ちだ。
同じタイミングでため息を吐いた後、お互いに顔を見合わせる。
「この部屋に何か無いか探す?」
「…そうする」
二人は部屋を散策したが、もともとの目的であった出口すら無かった。
水晶を見ながら体育座りで黄昏ていたアリスは、隣で焼きフナをもぐもぐと食べるレストに話し掛ける。
「…これ、もしかしたら転移先の光景かも」
「チラ見せってやつか」
「…それ…これからどうする?」
「一端ログアウトして休憩したい」
「…分かっ…ログアウト?」
ログアウトの言葉で何かに引っ掛かったアリスは連鎖的に思い出す。
レストは隣から「…私のバカ」と小声で聞こえた。
「アリスどうした?」
「…リスロ」
「リスロ?」
「……フィールドでテントを張らずにログアウトすると、ログインした時に街の広場に出現する仕様を利用した移動方法。リセット・スペース・ログイン。訳してリスロ。デメリットとして、1時間以内に再ログインしたら、所持金の1割が無くなるけど短時間で街に戻れる裏技」
「そんな裏技あったんだ…」
「……製品版からの裏技」
体育座りで顔を隠すアリスを見て、レストは何も言えなくなる。
少し経ってアリスが立ち上がり、レストに背中を向けた。
「…ごめん。今日はもう疲れたから、精霊界は明日でいい?」
「分かった。全然問題ないよ。この後、消耗品でも作るから、ゆっくり休んで、今日の疲れを取って」
「…明日は10時にあの食堂でいい?」
「了解」
「……ありがと」
最後に小声で言うと同時に、アリスはログアウトを押す。
「またあした~」
間延びした声を聞いて、レストと行動する一日はやっぱり濃い、と再確認したアリスだった。
────────────────────
本当に濃いよ!!
イベント終了して20話は経っているのに、未だに孵化させられないし。
書きたいことを書いたら、1話当たり4000文字前後になることがあるし。
この1日を本当は5話ぐらいって予定していたのに…何でだろう。
おまけに、予定と違う何かは出てくるわ。
本当に、何でだろう…
変更点。
リスロのデメリットを1時間以内にしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます