第2話:右手の法則

 ナナ=ビュランが両目から涙のように血を流すシャトゥ=ツナーを激励しつつ、彼に肩を貸す。シャトゥ=ツナーはぜえぜえはあはあと荒い息をしているが、まだ余裕はありそうであった。そして彼から進んで、マスク・ド・タイラーに薬液を渡すように言い出すのであった。


「うむっ、その意気や良しっ。まずはこれを飲んでもらおうか?」


 マスク・ド・タイラーが黒いパンツの中に右手を突っ込み、もぞもぞと何かを探り出す。そして、彼が右手を引き抜くと、白色の液体が入ったガラスの小瓶がその右手の中に納まっていたのである。そしてそれをシャトゥ=ツナーに手渡し、シャトゥ=ツナーはその小瓶の中身を一気に飲み干す。


「生き返るッス! いい加減、虎の精液混じりの薬液には慣れてきたッス!」


「ハーハハッ! 残念、それは半猫半人ハーフ・ダ・ニャンの精液混じりのモノだっ! 虎の精液混じりのは1日に2本も飲めば危険だからな?」


 マスク・ド・タイラーがそう言うと、シャトゥ=ツナーはエロエロと今飲み干したばかりの薬液を胃の中から吐き出すこととなる。それもそうだろう。シャトゥ=ツナー自身が半猫半人ハーフ・ダ・ニャンなのだ。


 もしかすると、知らぬ間にマスク・ド・タイラーに自分の精液を搾り取られていて、それを薬液に混ぜられている可能性を捨てきれない。自分で自分の精液を飲むなど、これほどの拷問があろうか? シャトゥ=ツナーはさすがに受け付けれないとばかりにせっかくの薬液の半分以上をも吐き出してしまったのである。


「ちょっと、もったいないでしょ! タイラー、あたしにもその半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのセーエキが混ざっている薬液をちょうだいっ。あたしもしっかり体力を回復させておきたいからっ!」


「やめるッス! どこの誰のかもわからないのものを飲んじゃいけないッス!」


「なんでよ? あたしが誰のセーエキを飲んだって、シャトゥには関係ないじゃないのっ!?」


 これがまだどこぞに生息している野生の虎のモノなら良いかもしれないが、半猫半人ハーフ・ダ・ニャンと聞いた以上、とてつもない悪寒を感じるシャトゥ=ツナーは、ナナ=ビュランがそれを飲むことをお勧めできないのであった。最悪、自分の精液だったら、彼女がどうなるかわかったものじゃない。もしかすると、誓約時の制約が発動し、ナナ=ビュランとヨン=ウェンリーとの婚約が破棄されかねないのだ。


「とにかくダメなものはダメッス! タイラーさん、他のモノをナナに飲ませるッス」


「ふむっ。何をそんなに慌てふためいているのかわからないが、普通の物をナナくんに飲ませるかっ。残念無念。ほら、ナナくん。熊の肝を干して煎じた物を混ぜた薬液を飲むが良いっ」


 マスク・ド・タイラーは黒いパンツの中から、黄色の液体が入ったガラスの小瓶を取り出し、ナナ=ビュランに手渡すのであった。ナナ=ビュランはそれの蓋をキュポンと開けて、一気に飲み干し、ガラスの小瓶をマスク・ド・タイラーに返すのであった。


(精液入りじゃないのもあるなら、それを最初から渡すッスよっ! なんで、タイラーさんはそんなに精液がお気に入りなんッスか!!)


 シャトゥ=ツナーがジト目でマスク・ド・タイラーを睨みつけるが、マスク・ド・タイラーはどこ吹く風とばかりにその視線を受け流すのであった。


「まあまあ、そんなにタイラー殿を睨みつけるなみゃー。それよりも絵面が怖いから、血を拭くみゃー」


 ネーコ=オッスゥが肩下げカバンから青いハンカチを取り出し、それを水筒の水で少し湿らしてから、シャトゥ=ツナーに手渡すのであった。シャトゥ=ツナーはネーコ=オッスゥに感謝の念を伝えた後、それを受け取り、自分の顔を拭く。


「あっ。洗って返してくれても良いし、ネーコさんのハンカチッス! って言いながら、興奮してくれても良いみゃー。好きな方を選んでくれて良いみゃー?」


 ネーコ=オッスゥがニヤニヤとした笑顔でシャトゥ=ツナーにそう言いのける。さも、ハンカチを手渡してきたのがナナ=ビュランでなくて残念だったミャーね? と言いたげな顔つきである。シャトゥ=ツナーはムキーッ! と怒り心頭になりそうになるが、そんなことにエネルギーを割く余裕など今は無い。あとでみっちり仕返しをしてやろうということで、心の中の復讐ノートにネーコ=オッスゥのこの出来事をメモしておくことに留めるのであった。


「さてと……。神殿の中に入ったは良いけど、まるで迷路みたいになっているわね? 賊の親玉はどこにいると思う?」


 ナナ=ビュランが入口から先を真面目な顔つきで睨みつけていた。入口部分から少し進んだ先に道は3本に分かれていたのである。こんなところで道に迷っている暇などない。すぐさま、姉やヨン=ウェンリーの下にたどり着かなければならない状況なのだ。ここで足踏みしていれば、いつまた機械仕掛けの蟻たちが襲いかかってくるかわからない。


「こういう入り組んだ建物内なら『右手の法則』に従うのが一番なんだけど、そんな悠長なことも出来ないのがつらいところだみゃー」


「右手の法則? それって何?」


「簡単に言えば、総当たりの方法だなっ。壁に右手をつけてじっくりと進む方法だっ。最終的には目的地には辿りつける代わりに、時間が非常にかかってしまって、効率的とはまったく言えない方法だっ!」


 どんなダンジョンでもそうなのだが、初めて挑むような場所では『右手の法則』自体は有効な方法である。しかしながら、マスク・ド・タイラーが言う通り、この方法は時間に余裕ある時には問題ない。しかしながら、いつ敵に襲われる状況かわからないゆえに、さらにはナナ=ビュランの姉や自分の想い人に時間が残されているかわからない状況下でこの方法を取るのは愚策と言って良い。


「じゃあ、指輪に聞いてみる?」


 ナナ=ビュランが肩下げカバンから小箱を取り出し、その小箱の中からヨン=ウェンリーから贈られた指輪を取り出す。そして、その指輪を両手で包み込み、神に向かって祈り出す。


(ヨンさま。お姉ちゃん。どうか、あたしを導いてっ!)


 するとだ。ナナ=ビュランの両手に包まれていた指輪が鳴動し、赤いひと筋の光を産み出す。しかし、その赤い光は前方ではなく、斜め下へと伸びていくのであった。


「えっ? 下!? なんで光は前方じゃなくて、床に差し込んで行っているの!? あたしがこの神殿に対して持っているイメージ自体が間違っているってことになるのかしら……?」

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