第9話:尖兵

「ホエホエー。気が進まないけど、出発進行するんだよー」


 あからさまに嫌そうな声をしながら、砂クジラのシャールがゆっくりと砂地を泳ぎだす。つられて、荷馬車もまた動き出し、指輪が指し示した方向へと進んでいく。さっきの場所から北東に4時間も進むと、砂嵐と呼ぶよりは砂で出来た強固な壁に出くわしたのであった。


「な、なんなの? この砂の密度は!? 砂嵐の向こう側が全然見えないわよ!?」


「ホエホエー。ここが通称:『砂の壁サンド・ウォール』と呼ばれている砂嵐んだよー。中に入れば方角がまったくわからなくなって、出てこれるのは奇跡でも起きなければ無理なんだよー」


 砂クジラのシャールの言いも納得なほどにその砂嵐の向こう側はまったくもって何も見えない。ナナ=ビュランは肩下げカバンから小箱を取り出し、蓋を開け、中から指輪を取り出す。そして、それを両手で包みこみ、祈りにも似た願いを込めるのであった。


(ヨンさま。お姉ちゃん。この先に居るの? あたしはここまできたよっ!)


 ナナ=ビュランの願いを聞き届けたのか、指輪は両手の中で鳴動しはじめる。ナナ=ビュランの両手全体が光を発し、砂の壁サンド・ウォールに向かって、一直線に光は向かっていく。しかし、先ほどは白い色の光であったのに、今は赤色へと変貌していたのである。


「なんだか不吉な色ッスね……。まるでヨンさんたちの身に危険が差し迫っていることを色で伝えているかのようッス」


「うむっ。シャトゥくんの言う通りかもしれないな。ドワーフの結婚指輪エンゲージ・リングゆえに、何かしらの天啓メッセージを伝えてくれているのかもしれん。こんな砂の壁サンド・ウォール如きで手をこまねいている時間はなさそうだっ!」


 マスク・ド・タイラーの言葉を受けて、ナナ=ビュランはコクリと首肯する。そして、砂クジラのシャールに砂嵐の中につっこんでほしいと頼むのであった。しかし、シャールは中々に前へと進もうとしない。シャールは知っているのだ。この砂嵐に飲み込まれた仲間がこの中から無事に出てこれたことなど1度もなかったことを。


「ホエホエー。どうしても、この砂の壁サンド・ウォールの中に行かなければならないんかよー?」


「シャール殿が行ってくれなければ、僕たちが困るんだみゃー。男は度胸って言うんだみゃー。案ずるよりも産むがやすし。何事も当たって砕けろなんだみゃー」


 砂クジラのシャールがしぶりにしぶる。それを荷馬車の御者ぎょしゃ台でなだめるネーコ=オッスゥである。そんなネーコ=オッスゥたちの会話に強引に割り込む者が居た。


「どうやらお客さまがやってきたようだ……。やはり、絡繰り人形ポピー・マシンたちは、この砂の壁サンド・ウォールの向こう側には来てもらいたくないようだな?」


 その人物はマスク・ド・タイラーであった。彼は右手のひとさし指を縦にして、自分の口に当てる。静かにしろとの合図だ。ネーコ=オッスゥがごくりと唾を飲み込み、口から出そうになる言葉も同時に飲み込む。するとだ。砂嵐のゴォォォと言う風の音とはまた別に地中からゴゴゴッという、何かが強引に砂をかき分けながら現れ出でようとしている音が聞こえてくるではないか。


 そして、次の瞬間、そこら中に砂で出来た噴水が立ち昇り、そこから、体長1ミャートルはあろうかという巨大な蟻が現れたのであった。その数は10匹以上であり、ナナ=ビュランたちは砂の壁サンド・ウォールを挟んで、すっかり取り囲まれてしまったのである。


 その蟻たちは口からキチチッ、キチチッとまるで金属製のゼンマイを巻き上げるかのような音を出す。明らかにそれは敵対する者たちに対しての警告音のようでもあった。


「ちょっと! すっかり囲まれちゃったわよ!?」


「ちっ! シャールがこんなところでもたもたしているから、危険がピンチな状態に陥ってしまったッス!」


「ホエホエー! きみたち、ひどくないかよー? 俺様のせいにするんじゃないんだよー!」


 シャールがまたしてもナナ=ビュランたちに大声で文句を言い出すのであった。ナナ=ビュランたちはまるで自分に責任がまったく無いかのように騒ぎ立てるシャールにうんざりと言ったところである。しかし、大人組のマスク・ド・タイラーとネーコ=オッスゥは違う。


「さて、ここで体長1ミャートルもある蟻に喰われるか、それとも砂の壁サンド・ウォールに突っ込むか、どっちかのひとつだみゃー」


「うむっ。あいつらは絡繰り人形ポピー・マシンの尖兵たちだな。あいつらが口からキチチッと鳴いているのは仲間を呼び出すためのものだ。わたしたちはともかくとして、図体がデカいシャールくんは真っ先にあいつらに食いちぎられるだろうなっ!」


「そ、そんなだよー! 俺様を護ってくれないのかよー!?」


 砂クジラのシャールが非常に驚いたといった表情でネーコ=オッスゥに抗議をする。だが、御者ぎょしゃ台に座るネーコ=オッスゥは肩をすくめ


「ここで無残に喰われるか、逃げるためにも砂の壁サンド・ウォールに突っ込むか。答えは明白なはずなんだみゃー?」


 ネーコ=オッスゥが悪びれない態度で砂クジラのシャールにそう言い放つ。シャールはぐぬぬと唸り、ついには、はあああと深いため息をつく。


「わかったんだよー! もう、どうなっても知らないんだよー! ホエホエー!!」


 砂クジラのシャールはこのまま巨大な蟻たちに喰われるよりは、砂の壁サンド・ウォールに突入することを選んだのである。死なばもろとも。荷馬車に乗る連中共々、砂嵐に巻き込まれてしまえばいいと自暴自棄のようでもあった。


 砂クジラのシャールはブオオオッ! と口から雄叫びをあげ、さらには背中の鼻の穴から大量の砂を宙に巻き上げる。巻き上げられた砂は砂嵐の中に吸い込まれていく。まるで全てを飲み込んでやろうとばかりの砂の壁サンド・ウォールであった。


 だが、そんなことは構うものかとばかりに砂クジラのシャールは急発進して、頭からその砂嵐の中に突っ込んでいく。


「ホエホエー! 砂漠のキングオブキングスと呼ばれるシャールさまのお通りなんだよー!」


 砂クジラのシャールは口を大きく開き、バクッと砂の壁サンド・ウォールの表面を食べてしまうのであった。まさに『食い破る』と言う表現が正しいかのように、シャールは砂嵐の中を突き進み始めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る