第4話:コッスロー=ネヅ

 始祖神:S.N.O.Jは数多くの神を産んだ。火の神、水の神、風の神、土の神ならずに、台所の神、風呂の神たちをだ。それだけはない。トイレの神などもその中にいる。畑や森林にも神はいる。だが、彼らが直接的にニンゲンたちに働きかけてくることは少ない。


 森で迷った幼子たちの道案内をするために場違いな白い鳩が現れたり、トイレで用を済ませたら、紙が無いといった緊急事態に、申し訳ない程度の大きさの紙を降らせてきたりと、かなり限定的な関与しかしないのである。


 だからこそ、ナナ=ビュランはヨン=ウェンリーがもしも浮気したいと思った時に、それをヤオヨロズ=ゴッドたちが制裁をもってして、止めてくれるのかどうか心配したのである。しかしながら、それは杞憂と言っても良かった。神はニンゲンの男女の婚約時における誓約と制約はとてつもなく厳しい態度で守らせようとする。


 シャトゥ=ツナーは風の噂で、浮気男が彼女との誓約を破り、婚約者以外の女性とねんごろな仲になった時に、その浮気男のち〇こがベキッと縦に折れるという話を聞いたことがある。ち〇こは横方向には意外と簡単に折れるらしい。だが、縦に折れるということは、何かしらヤオヨロズ=ゴッドたちの力が働かない限りはなかなかに起きない事象なのだ。


(ナナは心配性ッスね。あのヨンさんが浮気なんかするはずないッス。ヨンさんがナナを見つめている時の慈愛に溢れたあの顔はなかなかに出来るモノじゃないんッスから)


 男は愛しい女性に限らず、胸が豊満な女性に対してはどうしても鼻の下が伸び切ってしまうものだ。これは生物学的にしょうがないことなのだ。しかしながら、ヨン=ウェンリーはそんな服からこぼれ落ちそうな豊満な胸の女性が眼の前に現れようと、決して、だらしなく鼻の下を伸ばしそうな男には到底考えられないほどのナナ=ビュランに対して真摯にお付き合いをしている男性だ。


(ヨンさんなら、きっと魔乳が眼の前に現れても、毅然とした態度を取るはずッス。そうじゃなきゃ、俺はヨンさんの横っ面をぶん殴りたくなるッス!!)


 シャトゥ=ツナーがわけのわからないことで怒りの炎を燃やしてしまう。そのため、ついつい右手を力強く握り込み、わなわなと震えさせるのであった。ナナ=ビュランはそんなシャトゥ=ツナーを見て


「ん? どうしたの? また右腕が疼いてきちゃったの?」


「そうそう。俺の右腕に封印された邪神が眼を覚まそうとしているッス……。じゃないッス! それは俺の黒歴史だから触れるなと言っているッス!!」


「ハーハハッ! 『俺の右腕が震えてしまう。逃げろ、お前ら! わたしの中の邪神が眼を覚ましてしまう!』は、蒼星伝では鉄板ネタだからな。若い男なら、誰しもが真似をして言ってしまう台詞のひとつだっ!」


 マスク・ド・タイラーがあぐらで胸の前で腕組をしながら、豪快に笑うのであった。今の今まで、3人の話の中に入ってきもせずに、軽く寝息を立てていたくらいだというのに、こういう時だけはめざとく参加してくるものだから、シャトゥ=ツナーは性質たちが悪いッス……としか思う他なかった。


「でも、なんで右腕が疼いちゃうの? あたしはそこからして、意味がわからないんだけど? 左腕とかでも良いんじゃないの?」


「そう冷静にツッコミを入れられても俺にも困るッス。それこそ、蒼星伝の著者であるコッスロー=ネヅに聞いてほしいくらいッス」


 戦国の世センゴク・パラダイスの事情を今の世に知らしめる書物の1冊として、蒼星伝が挙げられることがあるが、あくまでもこれは多大にフィクションを盛り込まれた著者の自伝的なモノと言われており、歴史資料としては信頼性が極めて低いモノだと断じる歴史学者も存在する。だが、他の書物にはない生々しさが売りの蒼星伝であるため、話の信頼性うんぬんは置いておき、参考資料としては役に立つと言っている歴史学者もいるのだ。


 結局のところ、現代から300年以上もの昔の話なのだ、戦国の世センゴク・パラダイスが起きた時代は。それゆえ、眉唾モノの鎧武者モノノフ物語も残されているし、ヒトがヒトを喰うほどの大飢饉が起きたなど、信じられない伝承も残っている。しかし、どれもこれも、今の世となってはそれを直接、自分の眼で確かめることもできない。


 だからこそ、残された書物からあの時代のことを推測していくしかないのだが、100年の長きに渡った戦乱の世だっただけはあり、書物自体が失われていることが多いのである。それゆえ、歴史学者からはあの時代は『黒歴史』とも言われている。数少ない資料の中から、信憑性の低い物でも活用するしかないのである。


「ところで、最近、コッスロー=ネヅって、あなたたち以外の誰かから聞いたことがある気がするんだけど、誰だったかしら……?」


 ナナ=ビュランが眉間にしわを寄せて、誰であったのかを思い出そうとする。何かとてつもない大事なことを自分は忘れているのではないかとさえ思ってしまう。問われた側のシャトゥ=ツナーもマスク・ド・タイラーも、はて? 誰からだ? と訝しむことしか出来なかった。


 大体、シャトゥ=ツナーたち男陣はコッスロー=ネヅが蒼星伝の著者でありながら、自伝であるがゆえに、その著書に実際の登場人物として書かれていることくらいのことしかわからないのだ。


「コッスロー=ネヅは魔王を討ち果たした勇者徒党パーティの一員だったッスよね?」


「そうだみゃー。本人は『黒い湖ブラックレイクの大魔導士』とかいう大層な肩書持ちだったはずだみゃー」


「うむっ。聖剣を抜いた勇者を導き、彼の右腕として、如何なくその魔術の技量を発揮したと書かれているな。しかしながら、魔王を討ち果たした後は、勇者徒党パーティを離脱して、ポメラニア帝国の建国のために尽力した話ばかりだ。誰かから話を聞いたとナナくんはそう言っているが、このコッスロー=ネヅ伝説の一端を聞かされただけではないか?」


 マスク・ド・タイラーが黒いパンツの中から、蒼星伝を取り出して、ぺらぺらとページをめくりながら、そう結論づける。だが、それでも納得できないナナ=ビュランであった。そもそも、蒼星伝なる書物の存在を数時間前に知ったばかりなのだ。それゆえに、蒼星伝の話以外のことで、コッスロー=ネヅなる人物の名前を聞いたと彼女は確信していたのである。


 だが、確信しているが、誰から聞いた話なのかは、ついぞ思い出せないのであった。まるで自分の中から大切な人物の名前が姿形とともにすっぽりと逃げ出してしまったのではないかとさえ思えるほど、記憶にぽっかりと穴が開いてしまっていたのであった。

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