第2話:ドリルキック

 マスク・ド・タイラーの身体に張り付いた外套マントの破片の一片一片がまるで意思を持っているかのように彼の肌の上でうごめく。破片たちが手を取り合うかのように重ね合わせ、隣りあわせになりながら、あるモノに変形していく。


 数秒後には彼の両腕には真っ黒い金属製の籠手が出来上がる。そして、両足の足首から太ももを覆うようにこれまた真っ黒い金属製の脚絆きゃはんが出来上がる。さらには、下腹部、みぞおち、胸部、背中へと黒い外套マントの切れ端が集まり出して、意匠が施された真っ黒な全身鎧フルプレート・メイルに変化していくのであった。


 その全身鎧フルプレート・メイルの胸からみぞおち辺りにかけては、獅子の顔がくっきりと浮かび上がっていた。そして、彼が被っていたマスクは顔の前面部を覆った金属製の黒い鉄仮面付き兜に変わる。その鉄仮面付き兜は胸部分に浮き出た獅子のたてがみの一部でもあるかのような形となる。


黒獅子・変態ダークリオン・トランスフォーメーション完成だっ! わたしの真の力を見せてやるっ!!」


 マスク・ド・タイラーはそう叫び、両手に握ったままの黒鉄クロガネ製の大槌に、身体の内側から溢れてくる力の全てを込めていく。今まで、直径3ミャートルもある火球に身体が押されていたのが嘘かのように、マスク・ド・タイラーの後退は無くなり、あろうことか、マスク・ド・タイラーはそこから左足を大きく前に1歩踏み出すのであった。


「ふんぬおらあああ!!」


 気合一閃、マスク・ド・タイラーは大槌を振りぬく。なんと、飲み込まれかけていた火球を前に向かって打ち返したのであった。これにはコニャック=ポティトゥも驚かざるをえない。火球に飲み込まれかけていた男が息を吹き返したばかりでなく、まっすぐに自分に向かって、その巨大な火球を打ち返すなど、あえりえないことだらけであったのだ。


 コニャック=ポティトゥは自分の身体の正面に向かって飛んでくる火球に対処せねばならなくなる。そして彼女が選んだ方法は……。


「クフフッ。もう少しで自分で生み出した火に焼かれるところでしたワ……」


 コニャック=ポティトゥはまず、左腕の大鎌を火球の中心部に突っ込んだのである。そこで一旦、火球は勢いを止めることになる。この火球には芯があった。魔法で生み出したわけではないのだ、この火球は。直径30センチュメートルほどの種火が仕込まれてしたのである。それをコニャック=ポティトゥは左腕の大鎌の先端で貫いたのである。


 だが、そうしたのは火種を割ることで火球自体を消し去るためではない。火種には仕掛がしてあり、その火種が割れれば、爆発を起こすという寸法であった。だからこそ、貫いただけで、それ自体を破壊したわけではない。一時的に止めることを最優先としたのである、コニャック=ポティトゥは。


 次に、コニャック=ポティトゥが取った行動はナナ=ビュランたちをおおいに驚かせることとなる。なんと、コニャック=ポティトゥは右腕の大鎌で、左腕の肘辺りを下からすくうように切断したのである。そして切断と同時に左腕を自分の後ろへと弾き飛ばしたのであった。そして、3ミャートルもある火球は左腕と共に飛んでいき、地面を数度バウンドした後、爆発を起こして、辺り1面を焼け野原と化す。


 左腕を失ったというのに、コニャック=ポティトゥの表情には余裕すら感じられた。眼の前で変態を成し遂げたマスク・ド・タイラーなど恐れるに足らずと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。


「ふんっ! その余裕しゃくしゃくの表情を醜く歪ませてくれようっ、トゥッ!!」


 マスク・ド・タイラーはそう言いながら、その場でジャンプし、地面から高さ5ミャートルのところまで跳ね上がる。そして、空中で身体を縦に半回転、さらには横に4回転させる。次に両足を合わせて、きりもみ状態でコニャック=ポティトゥの顔面にドロップキックをお見舞いさせようとする。


 その時であった。コニャック=ポティトゥは再び、舌なめずりをしたのである。そして、肘辺りから切断された左腕を自分に向かって突っ込んでくるマスク・ド・タイラーに向ける。


 なんと、その左腕の切断面から鋼鉄製の槍が飛び出してくるのであった。その鋼鉄製の槍の先端が、マスク・ド・タイラーの金属製の右足の靴底にぶち当たる。ギャリギャリギャリという金属と金属がぶつかり、摩耗していく音が辺りに響き渡る。ナナ=ビュランのウサ耳にはその不快な音が響き渡る。ナナ=ビュランは思わず、ウサ耳を両手で抑えて、その音が鼓膜を引き裂かないように防御してしまうのであった。


 コニャック=ポティトゥの左腕の切断面から飛び出した槍はまるで鍛え上げられた騎士の馬上槍のようでもあった。槍を左腕から勢いよく飛び出させることで、コニャック=ポティトゥはマスク・ド・タイラーを串刺しにしてしまおとした。しかしながら、器用にもマスク・ド・タイラーはその槍の先端部分で足底を中心に横回転していたのである。


「なんで、串刺しにならないのデスワ!?」


 今まで余裕しゃくしゃくと言った雰囲気を醸し出していたコニャック=ポティトゥの表情は驚愕の色に変わっていた。それもそうだろう。コニャック=ポティトゥのこの左腕に仕込んでいた槍は隠し武器でもあった。戦いの趨勢はどれだけ、自分に引き出しがあるかで決まる部分が多々ある。


 コニャック=ポティトゥのその引き出しの最奥に隠していたのが、左腕に仕込んでいた武器なのだ。それを出したと言うのに、コニャック=ポティトゥの思い描く決着とならなかったのであれば、彼女が憔悴するのも当たり前だったと言えよう。


「ふはははっ! 黒獅子・変態ダークリオン・トランスフォーメーションを使っていない、わたしのドリルキックであれば、貴様の想像通りのことが起きたであろうっ。だが、貴様の失敗は、わたしの真の力を舐めたことだっ!!」


 マスク・ド・タイラーは高笑いをしながら、突きだされた槍の先端でぐるぐると横回転をし続けていた。しかもだ、彼はその回転数を大幅にあげたのである。それにより、コニャック=ポティトゥの左腕は肩の付け根からへし曲がることになる。マスク・ド・タイラーの回転が生み出すエネルギーに耐えきれず、コニャック=ポティトゥの左腕は捻じ曲がり、内部の機構を破壊され尽くされて、もげ落ちることになる……。


「ふざけるのも大概にするのデスワ!!」

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