第3話:真っ赤に染まる地面

「何をしているッスか! パンツの中につっこんだ手を抜くッス! 事によっては、この赦しの光ルミェ・パードゥンで切り刻んでやるッス!」


 マスク・ド・タイラーが黒いパンツの中に両手をつっこんだことにより、シャトゥ=ツナーの警戒心はマックスとなる。それもそうだろう。さっきから、そのパンツの中から次々と武器を取り出しているのである、眼の前の男は。


 敵か味方かわからないと訝しむシャトゥ=ツナーが激昂するのも致し方ないと言えよう。もしかすると、長剣ロング・ソードあたりを取り出して、いきなりナナ=ビュランを襲うかもしれない。


 しかし、赦しの光ルミェ・パードゥンの切っ先を突き付けられているというのに、マスク・ド・タイラーは気にもしないという表情で


「ちょっと待ってくれ……。戦闘中にパンツの中をもぞもぞしていたら、チンポジがずれてしまってだな? この気持ちの悪さ、シャトゥくんにもわかるだろ?」


 その一言で緊張していた身体から急激に警戒心と一緒に力が抜け落ちていくシャトゥ=ツナーであった。


「ねえ? チンポジって何? あたし、初めて聞く言葉なんだけど……?」


「ナナってか、女性には一生、縁が無いことッス。あーあ……。警戒していたこと自体がアホらしくなったッス……」


 チンポジが何かはここでは説明しない。もし、貴女に素敵な旦那さまや彼氏さんがいるならば、何気なく聞いてみることをお勧めする。


 さて、チンポジも直し終わったのか、マスク・ド・タイラーはパンツから両手を抜き出し、両腕を胸の前で組む。そして、何故、こんなところにキミたちがいるのか質問しだすのであった。しかし、そう問われたほうのナナ=ビュランたちの方が、あなたこそ、なんでこんなところに現れたのかを問い返してしまうのであった。


「ふむ……。2日前にジプシーの一団を魔物モンスターから救ったお礼に、占いをしてもらってだ……。そしたら、貴方の知り合いがバンカ・ヤロー砂漠の入り口付近で、災厄に見舞われると言われてな。妙な胸騒ぎがしたので、向かってみたというわけだ!」


「はあ……。占い? 当たるも八卦、当たらぬも八卦を信じて、あなたはここに現れたってわけ?」


「ハーハハッ! 眉唾モノかもしれんが、信じてみるのも一興だっ! それに当たったではないか?」


 マスク・ド・タイラーにそう言われては、返す言葉も無いナナ=ビュランたちであった。まあ、その占いのおかげで、彼に助けられたのは事実である。そのジプシーの一団に属する占い師に出会ったら、礼を言っておくべきなのかしら? と思うナナ=ビュランであった。だが、彼女がそんなことを思っていると、自分の右隣りに近づいてきたネーコ=オッスゥがマスク・ド・タイラーに向かって、いきなり土下座を敢行したのである。


「戦士殿! 折り入って、頼みたいことがあるんだみゃー! 僕の仲間たちがまだこの怪物の仲間と闘っているはずなんだみゃー!」


「ほう……? 絡繰り人形ポピー・マシンが仲間を引き連れて、キミの仲間を襲っていると? それは本当か? やつらは大勢のニンゲンを一度に相手をするようなことはあまりしないはずなのだが?」


 マスク・ド・タイラーはにわかに信じ難いといった雰囲気を醸し出していた。ネーコ=オッスゥは絡繰り人形ポピー・マシンという聞いたこともない言葉に、それは一体、何なのかを聞きたい気持ちになるが、それよりも、まずは仲間の救出が先決であった。ネーコ=オッスゥは再び、地面に額をこすりつけて、マスク・ド・タイラーに仲間の救出を頼み込むのであった。


 マスク・ド・タイラーはふむっ……とひとつ息をつき、何か思案にくれる雰囲気であったが、ネーコ=オッスゥの頼みを聞き入れるのであった。


 だが、ここでひとつ問題がある。ナナ=ビュランたちが乗っていた荷馬車は横倒れになっており、荷馬車を引いていた馬たちも怪我を負ってしまったのであった。警護隊の仲間たちからは少なくとも1.5キュロミャートルは離れている。今から走っていっても、生存者が残っているのかどうか、疑わしい状況であった。


 それでも、マスク・ド・タイラーたちは走りに走る。ひとりでも多くの者たちを救うべく、行動を開始したのであった。彼らが出来る限りの速度で5分ほど走り続け、ようやく、仲間たちが闘っていた場所へと到着する。


しかし、そこは血と臓腑により、地面は真っ赤に染まっていたのであった……。


「ピエール! モンテス! エリオットー! 生きてたら返事をしてくれみゃー!」


 かの怪物たちは既にどこかに姿を消していた。その地に残されていたのは、誰が誰だか判別不明の遺体だらけであった。腹をその身につけていた鎧ごと食いちぎられたような遺体もある。損傷の無い遺体を探すほうが難しいありさまであった。


 しかし、そんな死屍累々の中に、奇跡的に生き残った者たちがいた。


「た、隊長……。なんで戻ってきたんですか? あいつら、まだ、この周辺をうろついているはずですぜ……」


「ピエールっ! よく生き残っていたんだみゃー!」


 ネーコ=オッスゥが彼の元に走って近づき、身を低くし、彼を両腕で抱きかかえる。彼は傷が痛むのか、苦痛で脂汗を顔中に浮かばせる。しかし、それでもリーダーであるネーコ=オッスゥの顔を見て、安堵の表情に変わるのであった。


「へへっ。自分だけじゃなくて、エリオットも生きているみたいですぜ……。左腕を失くしちゃいるようですが、あいつ、しっかりと止血してやがるぜ……」


「さすが自己保身に長けたエリオットだみゃー。他には生存者はいないのかみゃー?」


 ネーコ=オッスゥはピエールを抱きかかえたまま、顔を左右に振って、確認作業に入る。そこらから聞こえるうめき声で、あと4~5人は生きていそうな雰囲気を感じるのであった。ネーコ=オッスゥはナナ=ビュランたちに、生き残っている者たちの確認と怪我の治療を頼むのであった。


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーはこくりと頷き、すぐに救助活動に移る。生き残っている者たちの中で無傷の者はいなかったが、それでも一命を取り留めたのはピエールを含めて5人いたのであった。


「ごめんなさい……。あたしを護るために、こんなに傷を負わせちゃって……」


 ナナ=ビュランは自責の念にとらわれていた。このひとたちは、自分に雇わなければ、こんな大怪我をしなくて良かったのでは? と。自分が鎮魂歌レクイエムの宝珠と姉たちの捜索を買ってでなければ、こんなことは起きなかったはずだと、大怪我を負ったり、死んでいった者たちを見て、自然と後悔の涙が両目から溢れてくるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る