第7話:焼けるオーク

 今まさにナナ=ビュランの頭頂部目がけて大きな棍棒が振り下ろされそうとしていた時、皆の後方で震え上がっていた男が勇気を振り絞り、ナナ=ビュランを救うべく、その身に喝を入れて動き出す。


「ナナ、危ないッス!」


 シャトゥ=ツナーが左手に持っていた盾を放り投げ、腰の左側に佩いた長剣ロング・ソード赦しの光ルミェ・パードゥンを抜き、両手でその柄をしっかり握る。そして、ナナ=ビュランと豚ニンゲン長チーフ・オークの間に割り込み、なんと奴が振り下ろす大きな棍棒を受け止めてしまうのであった。


 自分の渾身の一撃を受け止められて、豚ニンゲン長チーフ・オークは慌てふためいてしまう。伸長2ミャートルはあろうかという自分が上段から振り下ろした棍棒を受け止めきれたニンゲンなど、今まで存在しなかったからだ。いや、受け止めるどころか、眼の前の半猫半人ハーフ・ダ・ニャンが気合一閃、大きくぶっとい棍棒をその細身の長剣ロング・ソードで叩き斬ってしまうのである。


 唯一の武器を失った豚ニンゲン長チーフ・オークは、ぐぬぬぬと唸る。半分になってしまった棍棒を放り投げ、空になった両手でシャトゥ=ツナーに掴みかかる。しかし、シャトゥ=ツナーは素早く身を翻し、掴み攻撃をかわしきる。豚ニンゲン長チーフ・オークはここで過ちを犯す。乱入してきた半猫半人ハーフ・ダ・ニャンに注視してしまったために、半兎半人ハーフ・ダ・ラビットから目線を切ってしまったことだ。


 ナナ=ビュランの右手に構える闇の告解コンフェッション・テネーヴァの刀身が真っ赤に染まる。そして、次の瞬間、刀身から炎が噴き出す。ナナ=ビュランは炎に包まれた闇の告解コンフェッション・テネーヴァを振り回し、右斜め方向から袈裟斬りに豚ニンゲン長チーフ・オークの醜く飛び出ている腹を切り裂いてしまう。


 切り裂かれた腹からは豚ニンゲン長チーフ・オークの血と内臓が飛び出す。それと同時に傷口から炎が噴き出す。自分の腹が真っ赤な炎に包まれ、さらに身体全体に広がろうとしていくことに、両目をギョッと剥いて驚愕してしまう豚ニンゲン長チーフ・オークであった。


 豚ニンゲン長チーフ・オークはその炎を消そうと地面に転がり、傷口を激しく草が生い茂る地面に擦り付ける。しかし、不思議かな? 身体に纏わりついた炎は地面に生えた草に延焼することはなく、自分の身体のみを焼いていくのだ。さらには切り裂かれた腹を地面に擦り付けたために、内臓が余計に飛び出してしまう。しかも、その飛び出した内臓にも炎が伝播していき、豚ニンゲン長チーフ・オークは塗炭の苦しみを味わう。


 豚ニンゲン長チーフ・オークはブギイイイ! と声にならぬ悲鳴を上げながら、全身を炎に喰われていく。傷口から広がっていく炎は腹から胸、胸から首筋へと昇っていき、ついには奴の顔全体を焼いていくのであった。豚ニンゲン長チーフ・オークはブギイイイ! と再び悲鳴をあげる。そして、豚肉を焼いたような匂いがそこら中に充満していく。


「これでトドメッス!」


 シャトゥ=ツナーはいくら自分たちに襲ってきた魔物モンスターと言えども、これ以上の苦痛を味わさせるのは忍びないと思い、地面でのたうち回る豚ニンゲン長チーフ・オークの首に赦しの光ルミェ・パードゥンを叩きつける。ちょっとした丸太のように太い奴の首は喉仏あたりから刃を喰い込まれる。シャトゥ=ツナーは2、3度、刃を叩きつけることで、やっと豚ニンゲン長チーフ・オーク首級くびと胴が離れ離れになる。


 それでもなお、真っ赤な炎は豚ニンゲン長チーフ・オーク首級くびを焼くことをやめなかった。まるでこの世に生まれてきたことが罪であるかのように、炎は奴の罪を焼き尽くしていく……。


 豚ニンゲン長チーフ・オークの顔がただの真っ黒な炭色と化した頃、ようやく、警護隊は残りの豚ニンゲンオークたちを全滅させることに成功する。豚ニンゲンオークは繁殖力が強く、もし出会ったのであれば、なるべく駆逐し終えるようにと国から言われている。そのため、警護隊の面々は最後の一匹にも逃さぬように、包囲を続けて殲滅したのであった。


「ふぅ……。こんなもんかみゃー。豚ニンゲンオークはリーダーを失うとすぐに逃げ出そうとするから厄介だみゃー」


 警護隊のリーダーであるネーコ=オッスゥがまだ息がある豚ニンゲンオークがいないか、倒れている豚ニンゲンオークの首に戦斧バトル・アクスを叩きつけながら、確認作業をしていた。豚ニンゲンオークは死んだふりが上手い。そのため、確実にその命を奪うために、地面に倒れ伏し、動かなくなった豚ニンゲンオークが本当に死んでいるかどうかの確認のために、死体に鞭を打っているのである。


 ナナ=ビュランはその光景を見て、何だか嫌な気分になってしまう。そこまでしなくても良いのではないか? とさえ思ってしまうが、豚ニンゲンオークの習性は、訓練時に散々聞かされているので、そのような無体な行為に及ぶネーコ=オッスゥに何も言えないのであった。


 『豚ニンゲンオークを1匹見たら、30匹いると思え』。そう言われるほど、豚ニンゲンオークの繁殖力は強いのだ。だからこそ、奴らが集落を構えたという情報が入れば、国としても、騎士や傭兵団、さらには魔物モンスター狩人ハンターたちに討伐依頼を発注するのである。


 ヒト型種族と豚ニンゲンオークたちとの戦いは大昔から連綿と続いている。今日、この場で10匹の豚ニンゲンオークをナナ=ビュランたちが殲滅したが、この先もこのような戦いが続いていくことは歴史が証明しているのであった。


 その証拠に、2つ目の村でナナ=ビュランたち一行が宿泊し、次の日に3つ目の村に向かう途中でまたしても、豚ニンゲンオークの一団と出くわすことになる。今度は昨日より2匹増えて、12匹も居たのであった。


「ったく……。なんでこんなに豚ニンゲンオーク豚ニンゲンオーク豚ニンゲンオークなのよっ! こいつらが焼ける匂いで、無性に焼肉が食べたくなっちゃうじゃないのっ!」


「ナナ、すごいッスね……。俺っちは逆に焼肉を見たら、吐き気をもよおしそうッス……」

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