第5話:苦労性のシャトゥ

「なーに、慌てふためいてるのよっ。冗談よ、冗談っ。ジャケットで身体を隠してくれてありがとうね? ちょっと酔いが回っちゃったのが予想外に早かったみたい」


 少しばかりか冷静になってきたのか、ナナ=ビュランがジャケットで身体の正面を隠しながら、もぞもぞと自分の上着のボタンを閉じていく。しかしながら、その手つきはおぼつかないものであり、まだまだ酔っていることは確かであった。その証拠にジャケットをシャトゥ=ツナーに返した時には、彼女のボタンは掛け違いになっていたからである。


 シャトゥ=ツナーは思う。ナナ=ビュランは道中、姉や自分の想い人であるヨン=ウェンリーのことを口に出さないが、それは表に出さないだけで、内面では相当に疲弊しているのだろうと。そのストレスが内臓を弱め、徳利半分の焼酎程度で前後不覚になるほど酔ってしまったのだろうと彼は推測するのであった。


 ナナ=ビュランはテーブルの上にある料理が盛られた皿を少し移動させ、そこにスペースを生み出し、両腕を枕にして、テーブルに頭を乗せ、むにゃむにゃと眠り始めたのであった。シャトゥ=ツナーはそんな彼女の背中にジャケットを乗せて、風邪を引かないように配慮するのであった。


「あれれ? ナナ殿は寝ちゃったんですかみゃー? 気丈に振る舞っていたから、大丈夫かと思っていたけど、やっぱりお姉さんたちのことが気になって、疲れていたんだみゃー?」


 シャトゥ=ツナーにそう声をかけてくるのはネーコ=オッスゥであった。彼はまだまだ飲み足りないのか、木製の麦酒ビールジョッキを右手に持っている。シャトゥ=ツナーはどう答えて良いものかと、一瞬だけ逡巡するが、渋い表情になっていたのをパッと明るい表情に変えて


「ネーコさんは気にしなくても大丈夫ッス。なんたって、隊長には俺っちという優秀な補佐がついているッスから。それよりも、まだまだ飲むなら、隊長の代わりに俺っちが付き合うッスよ?」


「お? 僕と飲み比べする気なのかみゃー? 僕は半虎半人ハーフ・ダ・タイガだから、うわばみだみゃー?」


 シャトゥ=ツナーの笑顔を受けて、気を良くしたのか、ネーコ=オッスゥも朗らかな笑顔になる。そして、シャトゥ=ツナーを自分のテーブルに連れて行き、麦酒ビールの飲み比べを始めるのであった……。


 自己紹介を兼ねての酒宴は夜の10時をすぎる頃に、ようやく終わりを迎える。この頃になると、ナナ=ビュランはすっかり酔いから覚めており、逆にシャトゥ=ツナーがべろんべろんに酔っぱらうことになる。ナナ=ビュランの力では、シャトゥ=ツナーを運べないので、ネーコ=オッスゥが彼に肩を貸して、昨夜泊まったゴールド商会が所有する高級宿屋に移動することになる。


 ふかふかなベッドのマットの上に置かれたシャトゥ=ツナーはグガーグガー! スピースピー! と大きなイビキをしながら眠ることになる。


「彼も相当に疲れていたみたいだみゃー。ここ最近、まともに寝てなかったんじゃないのかみゃー?」


「そうなの? あたしにはしっかり寝ておけって言いながら、自分は何してるのよって話じゃない」


 ナナ=ビュランのその一言を受けて、ネーコ=オッスゥは肩をすくめてしまう。そしてごまかすように、横にナナ殿みたいな美人が寝ていたら、そりゃ男はまともに熟睡できないものだみゃーと告げる。もちろん、これはネーコ=オッスゥなりの気遣いである。


 ネーコ=オッスゥの推測では、シャトゥ=ツナーという人物は自分が陰ながらに努力している姿を誰かに教えたい、知ってほしいという願望を持ち合わせていなさそうだと。男は黙って、護るべき女性のために、身を粉にすることが美徳といわんばかりの振る舞いする人物だという評価であった。


(誰がシャトゥ殿をナナ殿の補佐に任じたかはわからないけど、普段からしっかり2人を見守っている人物に違いないみゃー)


 そう思っていると、つい、へへっと笑みをこぼしてしまうネーコ=オッスゥであった。そのため、ナナ=ビュランに、え? どうしたの? と問われてしまうが、なんでもないみゃーと返して、右手をひらひらさせて、別れの挨拶とし、自分はさっさと2人が寝泊まりする部屋から出て行ってしまうのであった。


 残されたナナ=ビュランは何か釈然としないものがあったが、あまり気にしてもしょうがないわねと、着の身着のままで、ベッドに潜り込み、クークーと可愛い寝息を立てて眠ってしまうのであった。


 翌朝、シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランよりも先に眼を覚ますことになる。彼の記憶はネーコ=オッスゥと飲み比べしていた時点で途切れている。何故、自分が宿屋のベッドの上で爆睡しているのかさっぱりわからない。だが、二日酔いによる頭痛で、自分が飲み潰れたことは確かであろうことは推測できたのであった。


「いててッス……。俺っちとしたこが、ナナをほっぽらかして、熟睡してしまったッス……」


 頭痛が響く頭のこめかみを右手の親指と小指で挟み込むようにして、早く頭痛が去るように念じるシャトゥ=ツナーであった。その構えのまま、ナナ=ビュランが眠るベッドの方角を見る。彼女はベッドの掛け布団を盛大に蹴っ飛ばし、右手でぽりぽりとむき出しのへそを掻いている。


「まったく、女らしさのこれっぽちも無いッスね……。いくら6月だからといっても、朝はまだ少し冷えるッス。ちょっと、布団をかけ直してやるッスかね」


 シャトゥ=ツナーはまるで彼女の父親かのように、彼女の健康を心配する。まだ頭痛はするが、それを我慢して、彼女のベッドに近づく。そして、掛け布団を両手に握って、彼女の身体に掛け直そうとする。


 しかし、シャトゥ=ツナーの心遣いは、眠っているナナ=ビュランに無碍にされてしまう。なんと、彼女は暑いのか、掛け直してもらったばかりの掛け布団を右足で蹴っ飛ばすのであった。まったく……と思いながら、もう一度、シャトゥ=ツナーは彼女の身体に掛け布団を掛け直す。しかしながら、彼女は今度は左足で掛け布団を蹴っ飛ばし、蹴っ飛ばされた掛け布団はベッドからずり落ちていくのであった。


「こ、こいつ……! わざとじゃないッスよね!?」


 実はナナ=ビュランはすでに起きていて、自分に嫌がらせをするためにやっているのではないかという疑念にとらわれるシャトゥ=ツナーであった。しかしながら、さすがに彼女は彼に対してそこまでの嫌がらせをする気は無いことは、十数分後に、完全に覚醒したナナ=ビュランの言葉によって証明されることになる。


「おはよう、シャトゥ。先に起きてたんだ。ねえ、聞いてよ……。夢の中で豚ニンゲンオークに襲われかけてね? んで、何度もあたしの上にのしかかってくるから、あたしの華麗なる連続蹴りで撃退したわけなのよっ。変な夢だったなあ?」

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