第4話:前後不覚のナナ

 エイコー大陸のほとんどの国では、飲酒は16歳からと法律で決められている。しかしながら、やはり、それまでほとんど酒を飲んだ経験がないために自分の限界を知らないことが多い。そのため、若い内はちびちびと飲むのが慣習であった。


 ナナ=ビュランにお酌をしようとしてた警護隊の面々が残念そうな顔つきで自分の席に戻っていく。その寂しそうな後ろ姿を見て、ナナ=ビュランも酒場に来て、まったく酒に口をつけないのはどうなのだろうと思ってしまい、徳利の半分くらいは飲むことを決意する。


「お? 意外といける口なんッスね?」


 ナナ=ビュランに酌をしたのはシャトゥ=ツナーであった。彼はゼラウス国では珍しい焼酎と呼ばれる酒類を彼女に勧めたのである。焼酎はポメラニア帝国:火の国:イズモの銘酒であり、ゼラウス国でも流通している。そして、焼酎は女性に人気の酒であり、これを1日お猪口1杯分飲めば、何歳になってもお肌はツルツル艶々になると信じられていた。


「ふぅ……。噂には聞いていたけど、なんだかほっぺたがもちもちって感じになる……」


 ナナ=ビュランが頬を少し紅潮させながら、お猪口に注がれる焼酎をクピクピと飲んでいる。杯が空くたびにシャトゥ=ツナーが酌をして、彼女の杯を満たすのであった。


「なんッスか? ほっぺたがもちもちって? いやでも、ちょっとナナが色っぽく見えるッスよ?」


 シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランの紅潮していく顔を見ながら、そう感想を漏らすのであった。彼女は姉と同様、どこに出しても恥ずかしくないほどの端正な顔の持ち主であった。その顔がお酒により、可愛らしいという雰囲気から段々と女らしい顔に変わっていっているッスねとシャトゥ=ツナーは思ってしまう。


 お猪口を空にするたびに、ナナ=ビュランは、ふぅ……とか、はぁ……とか吐息を漏らし彼女の眼はとろんと眼尻が下がっていく。段々と色っぽくなっていくナナ=ビュランに対して、シャトゥ=ツナーはごくりと生唾を飲み込み、いかんッス! と心の中で叫びながら、左右に頭を振るのであった。


「お酒はここまでッスね。ほろ酔いくらいがちょうど良いッス」


「えーーー!? もっと飲みたいー。てか、身体が熱いー。ねえ、脱いで良い?」


 ナナ=ビュランの脱ぐとの一言にシャトゥ=ツナーが、へっ!? と素っ頓狂な声をあげてしまう。本当に脱ぎだしてはたまったものじゃないと思ったシャトゥ=ツナーは、これ以上、酒を飲ませてはいけないと判断し、急いでテーブルの上の酒を全て、他のテーブルに運んでしまうのであった。


 はあはあぜえぜえと息を荒くして、自分の元居た席に着席し、ふぅーーーと息をついたのも束の間、シャトゥ=ツナーは眼を大きく見開いて驚きの表情を作ってしまう。それもそうだろう。彼がテーブルの上の酒類を片してした間に、ナナ=ビュランはとっくの間に上着のボタンを全部外してしまっていたのだ。


 その着崩した上着の隙間からは透き通るような白い肌がほんのり紅潮し、さらになけなしの胸の谷間と、可愛らしいへそがちらちらと見え隠れしていたからである。


「ちょっと、待つッス! なんでブラをつけてないんッスか!」


「んー? 今日はつけなくても良いかなって、朝からつけてなかったー。今日は特に蒸し暑くなりそうだったしー」


 ナナ=ビュランの唐突な暴露にシャトゥ=ツナーは驚かされることとなる。そう言えば、今日は普段と違って、やたらとナナの胸が気になって仕方なかったのだが、そういう理由があったことに今更ながら気づいたのである、彼は。


「って、ブラをつけてない日とかあるんッスか? それじゃ困るッスよね!?」


「んー? お姉ちゃんと違って、あたしのは小さいから、気づかれないことが多いかなー? つけるのが面倒くさいとか、とっても蒸し暑い日になりそうな時はつけなかったりするー」


 シャトゥ=ツナーはその話を聞かされて、またもやゴクリと生唾を飲んでしまう。しかし、すぐに冷静になり、頭を左右にブンブンと振る。そして、ナナ=ビュランがこれ以上の痴態を晒さぬようにと、自分が着ている半袖の茶色いジャケットを脱ぎ、彼女の身体の正面を隠すようにそれで覆うのであった。


「ちょっとー! 熱いって言ってるのに、なんでジャケットを被せるのよー! あんた、馬鹿なのー!?」


「馬鹿なのは、お前のほうッス! ほら、周りを見るッス! スケベな男連中がニヤニヤとしているッスよ!」


 シャトゥ=ツナーが右手でナナ=ビュランの身体にジャケットを無理やり押し付けつつ、左腕をブンブンと振り回し、周りでニヤニヤ顔の男連中を指さしていくのであった。ナナ=ビュランは、うーん? と言いながら辺りを見回すと、にやけた顔の男たちは、おっとと言いつつ、顔を背けてナナ=ビュランから視線を外す。ナナ=ビュランは視線を次々と外していく男たちを見て


「何よー。誰もあたしをジロジロ見てないじゃないのー。シャトゥの嘘つきー!」


「それはお前がそいつらの顔を見たからッス! そんなのちょっと考えればわかるッス!」


 シャトゥ=ツナーはこの上無く面倒くさい女だと思うのであった。まさか、徳利に入った焼酎を半分くらいしか飲んでないのに、ここまでナナ=ビュランが前後不覚になるとは考えてもいなかったのであった。


「シャトゥ……。ひとつだけ言わせてほしいんだけど?」


「何ッスか? これ以上に脱ぎたいとか却下ッス」


「そうじゃなくて……。ジャケットを押し付けながら、あたしの胸を鷲掴みするのはやめてほしいんだけど……」


 シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランにそう言われて、うわあああ!? と叫び、彼女の身体から飛び跳ねるように離れる。そして上下左右に頭を振り、自分の頭にどこからともなく、酒が満杯につまった瓶が恐るべき速度で飛んでくるような災厄が訪れないかと、身構えるのであった。


 その慌てる姿を見て、プークスクスと可笑しそうにナナ=ビュランが噴き出してしまう。ちなみに何故、シャトゥ=ツナーがこれほどまでに慌てふためくかと言うと、ナナ=ビュランとヨン=ウェンリーが誓約を交わしていることに起因する。


 婚約時に神の前で誓約を交わした2人は神に守護される立場となる。特にナナ=ビュランはヨン=ウェンリーと『結婚するまで清い仲でいましょ?』と誓い合っている。それを遂行させるために、神が助力してくれるのだ。そして、制約は何もその男女間に限ったことではない。女性に不埒なことをしようとする者には神罰が下されるのだ。その神罰を恐れて、シャトゥ=ツナーは挙動不審者となってしまったのだ。

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