第4話:二振りの直剣

 とりあえず、力仕事は男の出番だろうと思ったナナ=ビュランはさっそく自分の補佐であるシャトゥ=ツナーに金貨袋を渡すことにする。いきなり金貨袋を手渡されたシャトゥ=ツナーも、うおっと! と言いながら、危うく金貨袋を落としそうになり、金貨袋を両腕で抱えるようにしっかりと持つことになる。


(ナナはすごいッスね……。こんな重さの金貨袋をよくもまあ先端部分を握力だけで握っていたッスね……。下手すると、俺っちより握力が数段上なんじゃないッスか……?)


 そんなことを口に出せば、女性からは平手打ちを喰らいそうなことを思ってしまうシャトゥ=ツナーである。大体、金貨1枚10グラミュ。銀貨1枚7グラミュだ。合わせて約4キュログラミュはあろうかという麻袋を両手で絞りあげるように持っていたのだから、女性ながらにたいしたものだと思ってしまうシャトゥ=ツナーである。


 というか、金貨と銀貨を同じ袋に入れること自体、どうなのか? と。あとでわざわざ袋の中身をぶちまけて、金貨と銀貨を分けねばならぬ作業を強いられることになるはずなのに。この辺りが枢機卿ならではの浮世離れなんだろうとシャトゥ=ツナーは思ってしまう。


「どうかしました? 何か私に言いたいことがありまして?」


 自分に非難というよりは呆れたと言った感じの視線を飛ばしてくるシャトゥ=ツナーに対して、何故にそんな目で見るのかと尋ねるシルクス=イート卿であった。問われた側のシャトゥ=ツナーは、しまったと心の中で舌打ちしてしまうのであった。


 さすがに次期法王と目されている人物なだけはあり、自分に対して、誰がどのような感情を持っているかをなんとなく察する能力を有しているのだろうとシャトゥ=ツナーは感じるのであった。ひとの上に立つと言うことは、誰が自分の敵で、誰が自分の味方かを感じ取る『嗅覚』が必要であると言われている。この『嗅覚』が鋭いか鈍いかは、地位の高低が絶対の縦社会である法王庁では死活問題となる。


 先天的でも、後天的でも良いので、この『嗅覚』を磨くことは大切なことだ。だが、ここで大事なことはシャトゥ=ツナーが、自分は次期法王の敵ではないと匂わせることである。


「いや、本当に資金提供だけなんッスねと呆れただけッス。それ以下でもそれ以上でも無いッス」


「ふむ……。シャトゥ殿はなかなかに痛いところを突いてきますね。そうですね……。これはセーフなのかどうか悩んでいることがあります」


 シルクス=イートはそう言った後、再び、パンパンと手を打ち合わせる。するとだ、今度は彼女の左隣に立っていた高司祭ハイ・プリーストが後ろ手に持っていた鞘に納まった状態の二振りの長剣ロング・ソードを自分の身体の前に持ってくるのであった。


 その長剣ロング・ソードの鞘には銀色の紋様が施されていた。見るからにいわく付きの逸品であろうことはナナ=ビュランにも感じ取れたのである。


「彼の左手に持っているのが、闇の告解コンフェッション・テネーヴァ。右手に持っているのが赦しの光ルミェ・パードゥンです。どちらも法王庁に伝わる神具ですわ」


 そう言うシルクス=イート卿の顔には影が差し込み、憂いの表情になっていた。何故に、彼女の表情が曇っているかは、2人には定かでは無いが、相当のいわく付きの逸品であろうと感じられたのである。


「どちらもあなたたち2人の旅路において、おおいにその力を振るってくれるであろうと期待できるほどの神具ですわ……。この二振りの長剣ロング・ソードについて、少し解説させてもらうわ」


 シルクス=イート卿曰く、闇の告解コンフェッション・テネーヴァ赦しの光ルミェ・パードゥンは対の存在であることを。片方は光をも食いちぎり、もう片方は闇をも穿つと言われていると。


 だが、この二振りの長剣ロング・ソードが真の力を発揮する時、この世の全てを切り裂くことが出来ると伝わっていると。しかし、未だに、真の力を引き出した者はいないと言われているそうだ。ゆえに、この長剣ロング・ソードをあなたたち2人に渡したところで、長剣ロング・ソード側が力を発揮することを拒む可能性があるかもしれないと。


「不確かなモノを渡すのは忍びないのですわ……。それでも良いと言うのであれば、あなたたちにこの神具を預けますが……」


「あたしは長旅でも折れない剣が欲しいと思っていたので、渡りに船ですっ! 神具と呼ばれる以上は強度は抜群なんですよねっ!?」


「え、ええ……。刃が欠けたと言う話は聞いたことがありますが、刀身自体が折れたと言う話は伝わっていないですわね……。というより、何故に折れない剣が必要なのです?」


 逆にシルクス=イート卿が質問する形となってしまっていた。手入れが面倒とかそう言った類の話では無さそうだと彼女は感じるのであった。何か、丈夫でなければならない理由がナナ=ビュラン側にあるのだと察するのであった。


 質問された側になってしまったナナ=ビュランは、ここで剣を抜いて良いですか? とシルクス=イート卿に問いかける。彼女の両脇に立つ高司祭ハイ・プリーストたちが眼を剥くが、シルクス=イート卿は彼らを抑えて、彼女に剣を抜いても良いと許可を与える。


 了承を得たナナ=ビュランは腰の左側に佩いた鞘から黒鉄クロガネ製の長剣ロング・ソードを抜き出し、詠唱を開始する。すると、彼女が右手に持つ黒鉄クロガネ製の長剣ロング・ソード火の精霊サラマンダーが集まり、長剣ロング・ソードの刃は真っ赤に染まる。そして、突然、長剣ロング・ソードの刃全体が炎に包まれることとなる。


 その様子をまざまざと見せつけられたシルクス=イート卿は大層驚くことになる。噂でかねがね、ナナ=ビュランがどんな武器にでも魔術で造り上げた炎を纏わせることが出来るとは聞いていたが、眉唾モノの話だと切り捨てていたのである。しかし、実際にそれを見せつけられたからには、自分の認識を改める他、無かったのであった。


「というわけなんです。鎮魂歌レクイエムの宝珠並びに姉の捜索の旅路では、きっと、法王庁を襲ったくだん魔物モンスターたちが行く手を阻むと、あたしは考えているんです。だからこそ、この技術を持ってして、打ち払おうと思っているわけです。けど、この技を使うと、黒鉄クロガネ製の長剣ロング・ソードでも5,6回が限度と言いますか……」

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