第2話:東奔西走のシルクス卿

「魔族ですと!? あやつらの首魁は300年以上前に始祖神:S.N.O.Jの手により、永遠に滅せられたと聞いています! あやつらが再び、結託したとでも言いたいのですか!」


 シルクス=イート卿が声を荒げて、巫女に喰いかかる。それもそうだろう。戦国の世センゴク・パラダイスと呼ばれた時代がエイコー大陸にあった。その時代を呼び起こしたのが、魔族の首魁である『魔王』と呼ばれた存在であった。しかしながら、始祖神:S.N.O.Jがニンゲンたちと力を合わせ、その魔王を討ち果たし、その魔王の身体を千の欠片へと打ち砕いたのである。


 魔王が倒れた後、段々と戦国の世センゴク・パラダイスは収束に向かい、エイコー大陸の西には、英雄と名高いアキータ=フランダールと言う男が大きな帝国を築き上げたのだ。それがポメラニア帝国の興りであった。そして、エイコー大陸ではニンゲンたちが魔族の司徒である魔物モンスターたちを退け、徐々に版図を広げ、ニンゲンが安全に住める土地が広がっていったのである。


 そして、今から150年前にようやくゼラウス国の基礎となる都市群がバンカ・ヤロー砂漠の東の土地に出来上がったのであった。


 巫女の言葉をそのまま信じれば、魔族が何かを成し遂げるためにココ=ビュランとヨン=ウェンリーを攫ったことになる。にわかには信じがたいことだらけの巫女の言い分であるが、直接的に神の言葉を受け取れる巫女なのだからこそ、頭から拒否できないシルクス=イート卿であった。


「もしやと思うが、鎮魂歌レクイエムの宝珠を奪った賊は魔族と言いたいのですか? ヤスハさまとしては」


「うーーーん。どうなんでショウカ? ワタシもはっきりと神からそう言われたわけでもありまセンノデ。ただ、神は『あちら側』とおっしゃられていましたので、ワタシとしては『魔族』だと推測しているだけにすぎないのデス」


 シルクス=イート卿は、なるほどと納得する。ニンゲンに敵対すると言う意味で『あちら側』と表現しているのであれば、それが『魔族』だと表現を改めている巫女の言いには理解十分だとそう思ってしまうシルクス=イート卿である。神に敵対する魔族が相手であれば、法王庁は神の意思に従い、先鋒として戦わなければならない組織である。


 シルクス=イート卿はこれからどうするかを頭の中で練っていく。まずは自分が法王の座に就くことが先決であろうことは自明の理であった。鎮魂歌レクイエムの宝珠を取り戻す件で、派閥争いしている時期では無いと、法王庁内の敵対勢力を説得すべきであろうと。


 それには巫女であるヤスハ=アスミをおおいに利用すべきであろうと、シルクス=イート卿は考える。


「ヤスハさま。あなたにも動いてもらうことになりますが、構いませんか?」


「あら? あらあら? ワタシに何か出来ることなんてありマシタ?」


 そう言いながらも、巫女はクスクスと可笑しそうに笑っていた。どこまでも喰えぬ半狐半人ハーフ・ダ・コーンだとシルクス=イート卿は思ってしまうが、手伝う気がないなら巻き込むまでと考える彼女であった。


 かくして、シルクス=イート卿は法王庁をまとめるために迅速に動き出す。娘を攫われたアルセーヌ=ビュランを自分の補佐から一旦外して、休養を取ってもらうことにしたのであった。そして、派閥内の他の高司祭ハイ・プリーストを自分の補佐として、招き入れることとなる。


 アルセーヌ=ビュランとしては、立て続けに自分の周りで起きることに疲弊していたことは確かであった。しかしながら、自分でも休養は必要とばかりに自宅療養を決め込むことになる。そして、その日は家に早めに帰ったのである。自宅でココ=ビュランとヨン=ウェンリーの事情について、娘のナナ=ビュランに説明したところ、彼女はその場でへたり込み、大粒の涙を流すことになる。


「お姉ちゃん……。ヨンさま……」


 ナナ=ビュランは顔に両手を当てて、涙を流した。いくら命を取られてはいないとはいえ、今だけの話ではないのか? 向こうの用事が済めば、姉と想い人は殺されてしまうのではないか? とナナ=ビュランは心をざわつかせながら、そう思うのであった。


「パパ、あたし、決めたわっ。鎮魂歌レクイエムの宝珠を取り戻すっ。そして、お姉ちゃんとヨンさまを魔族の手から救い出すっ!」


 ナナ=ビュランは紅玉ルビー色の右眼をことさらに真っ赤に染めて、泣きながらそう父親に宣言するのであった。父親であるアルセーヌ=ビュランはうんうんと頷き、娘の背中側に両腕を回し、彼女を優しく抱くのであった。


(すまない……。お前の父親であるのに、何もしてやれなくて、本当にすまない……)


 アルセーヌ=ビュランはナナ=ビュランを抱きしめながら、両の眼から涙を流していた。これから、ナナは途方もない試練に立ち向かうことになる。それなのに、娘に対して何もしてやれないことに涙したのであった。神のお告げにより、法王庁側からは直接的にナナ=ビュランに人的支援をしてはいけないことになっている。


 法王庁側が彼女に出来ることは金銭的支援のみであった。何故に神はナナ=ビュランに試練を与えたもうたのか? 神の首根っこを捕まえて、知っていること、考えていることの全てを吐き出させたい気分になるアルセーヌ=ビュランであった。しかし、神を尊重し、神を崇拝する法王庁に属するアルセーヌ=ビュランにそんなことが出来ようか? いや、出来きるはずが無い。


 始祖神:S.N.O.Jを最高神として奉る組織の司祭長チーフ・プリーストであるアルセーヌ=ビュランが、神に反旗を翻すことなど、到底無理な話だったのだ。


 それからさらに1週間が過ぎる。ついに、シルクス=イート卿は反対派の意見を押し切り、自分の意見を通すことに成功する。金貨100枚の支援は、商業都市:ヘルメルスの3大商人からではなく、法王庁側が直接、用意する運びとなったのだ。3大商人にはその資金で雇う予定である傭兵団を見繕ってもらうことで決着する。


 さらには、法王庁側からは騎士見習いをひとり、ナナ=ビュランの補佐に当てることが出来るようになった。巫女の神託では、聖堂騎士以上の身分はダメだという話であった。しかし、それなら、騎士見習いもダメだと話を飛躍させていたのだ、シルクス=イート卿と反目しあう勢力は。だが、巫女はそんな神託は受け取っていないと、シルクス=イート卿は巫女自身の口から言わせて、反対派を説得したのであった。


 紆余曲折してやっと決まったのである。そして栄えあるナナ=ビュランの補佐として指名された騎士見習いとは……


「ちょっと! なんで、あんたがあたしの補佐なのよっ!」


「うっさいッス! 俺っちだって、年下を隊長と呼ばなきゃならない事態に胃がキリキリと痛むッスよ!」

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