第3章:捜索の始まり
第1話:悲しみのアルセーヌ
「ココが
枢機卿:シルクス=イートが法王庁の東棟にて勤務するアルセーヌ=ビュランを中央部の執務室に呼び出し、事の詳細を彼に告げる。シルクス=イート卿が語る一言ひとことがアルセーヌ=ビュランには到底、受け入れられないことばかりであった。
大事な娘であるココ=ビュランだけでなく、もうひとりの娘:ナナ=ビュランの婚約者も行方知らずになってしまったのである。アルセーヌ=ビュランは人前だと言うのに、膝から崩れ落ち、その場で額を床につけ、前傾に伏せる形になり、うおおお! と嗚咽の声をあげてしまうことになる。
嗚咽の声をあげ続けるアルセーヌ=ビュランに対して、シルクス=イート卿は彼の近くで膝を折り、彼の左肩に自分の右手をそっと優しく乗せる。そして、シルクス=イート卿もまた、両のまぶたを閉じて、うっすらと涙を流すのであった。
シルクス=イート卿はこんな結末を望んではいなかった。自分の出来る限りの力を用いて、なるべく良い方向に事が運ぶようにと、配慮しつづけてきた。しかしながら、その配慮は裏目に出る結果となってしまった。アルセーヌ=ビュランの娘の護衛隊が全滅するような事態になるとは誰が予想できただろうか? もし、
「すまぬ、すまぬ……。アルセーヌ……。私の落ち度です……」
シルクス=イート卿には子はいなかった。夫は居る身であるが、彼女は子を成せなかったのである。そのため、自分の派閥に属する
それゆえに、ココ=ビュランもシルクス=イート卿が持ち込んできた縁談話を了承し、ナルト=ゴールドとのお見合いのために商業都市:ヘルメルスに向かったのである。双方ともに配慮しあった結果がこのありさまになるとは誰が予測できたというのであろうか? シルクス=イートは枢機卿と言う立場にありながら、神に恨み言を叩きつけたい気分になりかけていた。
しかし、沈痛な空気に沈む法王庁:中央部の執務室にふんふ~んと鼻歌交じりに現れる存在があった。
「あれ? あれあれ~? 大の男が泣き崩れているのデスヨ~? いったい、何があったのデス?」
それは
彼女はまるで犬を追っ払うかのように、シッシッ! と右手を払う。そんな所作をされた側の巫女はきょとんとした顔つきになるばかりだ。今がどういった事態なのかをまるでわかってない。そんな印象をシルクス=イート卿に与えるのであった。しかし、そんなことはお構いなしに巫女がずけずけとシルクス=イート卿に近づいていき、口を開く。
「新たな神託が降りマシタ。アルセーヌ=ビュランって方に伝えてほしいのデスガ」
「アルセーヌ? いや……、そなたの横で泣き崩れている男がそうであるが……」
アルセーヌ=ビュランはうぐうぐっと未だに嗚咽の声をあげていた。先ほどよりは声量は小さくなっていたが、それでも彼は悲しみの底に沈んでいたのである。
「あら? あらあら? これは探す手間が省けたのデス。アルセーヌさん、神からの伝言を伝えるのデス。
その言葉を聞いたアルセーヌ=ビュランは、はっとした顔つきになり、首だけを曲げて彼女の方に振り向いて、本当ですか! 娘はまだ生きているのですか! とすがるように巫女に問いかける。巫女:ヤスハ=アスミはきつね耳をぴこぴこと動かし、はいっ! と元気良く返事をするのであった。
「詳しい理由までは神は教えてくれなかったのデスガ、向こうとしては、あの2人には利用価値があるみたいで、しばらくは命の危険は無いだろうとのことデスワ。だから、泣き止んでほしいのデスワ?」
巫女がそう言うのであるが、当のアルセーヌ=ビュランとしては、安堵したと同時に、より一層、両の眼から涙が滝のようにあふれ出してしまうのであった。これは困ったとばかりの顔つきになる巫女:ヤスハ=アスミである。巫女は何を思ったのか、その場で膝を折り、身をかがめて、よしよしとばかりにアルセーヌ=ビュランの頭を優しく右手で撫でるのであった。
「ありがとうございます。ありがとう……ございます。ヤスハさまのおかげで救われた気分です……」
「いえいえ。ワタシは巫女としての役目を果たしたまでデス。しかしながら、あの2人が捕らわれたことは、神としても誤算だったみたいデスワ」
巫女のひっかかるような言い方に、うん? と怪訝な表情になるシルクス=イート卿である。彼女は巫女にどういうことか説明を求めたのは当然だったと言えよう。巫女はシルクス=イート卿の方に顔を向け、真剣な顔つきになりながら、コクリと頷く。
「あの2人の存在はあちら側にとって、好都合となるみたいなのデスワ」
「あちら側? それはどういったことなのですか?」
シルクス=イート卿は『あちら側』という表現に違和感を感じるのであった。何がどう『あちら側』なのかが皆目見当がつかないからである。そんな怪訝な表情を浮かべるシルクス=イート卿に対して、巫女は両腕を軽く広げて肩をすくめるのであった。その所作にシルクス=イート卿はイラッ! と心がざわめく。
そもそも、神託の巫女が何を言っているのかわからないことは多々ある。主語と述語が繋がらないならまだしも、話と話の前後すら繋がらないしゃべり方をする巫女が多いのである。先代の巫女はまだマシだったというレベルだったのに対して、当代の巫女であるヤスハ=アスミの話は何が言いたいのかわけがわからないといった感じである。
「あちら側と言えば、察してもらえるのが当然なのデスガ……。まあ、平たく言うと、ひとならざる領域に生きるモノたち。いわゆる『魔族』たちのことを指すのデスワ」
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