第48話「それが、例え負け戦でも───」

 まずいっちゃ、不味いけど……。




『───だが、俺たちは無事だ』


「え?」

「はぁ?」


 アルガスの一言に!ミィナもシーリンもポカンとした顔。

 それくらいに、アルガスの一言が意外だったらしい。


「いや……。そら、無事やろうけど……?」

「アルガスさん?」


 ミィナもシーリンも、アルガスが街の危機に心をかき乱されると信じて疑わない。


『なんだ? 何か変なこといったか? 男爵は街に御執心だ。なら、俺はタイミングを見計らってから変身を解除して───……』


 アルガスは、現実的な判断を下そうとしている───。


 だが、

「は、はぁ? ま、まさか、アンタ自分だけ逃げる言うんちゃうよな?」

 

 いや、そうだけど?


「あ、アルガスさん?……街の人───死んじゃうよ?」


 それがどうした?

 別に、俺が殺すわけじゃあない。


『………………ミィナ。お前───俺が聖人君子に見えるのか?』

 やや突き放すような言い方をあえてするアルガス。

「え、えっと。───で、でも……。私を守ってくれたよ?」


 そりゃあ……目の前で死なれること程、目覚めの悪いものはないしな……。


『あぁ。そうだな───だが、それと街の人間を守ることと、何の関係がある?』


 ビクリッ!


 ミィナが、目に見えて分かるほど体を震わせた。


「で、でも……! でも!!」

『ミィナ……。お前はこの街の連中に、何の義理がある? 思いだしてみろ。安値で買いたたかれ───檻に入れられ、挙げ句にジェイスに売られたんだろ?』


 そうだ。

 ジェイスに使い捨てとして買い取られたとき、ミィナは死にかけていた……。


 ガリガリで垢だらけ。

 目は虚ろで、当時は死臭すらした……。


 そうだ。

 他でもない、この街の連中によって買いたたかれ───さらに、街のギルドの連中によって劣悪な環境に置かれ、そしてジェイスのような悪質な飼い主に買われた。


 それで、何をどうすればこの街の連中を救いたいと思うんだ?


 俺なら、憎みこそすれ、救う───なんて考えもしないぞ。


「お、オッサン! アンタなに言うてるんや?! 街の人は関係な」

『テメェはすっこんでろッ!!』


 人を罠に嵌めておいて、どの口でほざく!

 クソA級が!


「うぐ……」

 シュン───と縮こまるシーリンをガン無視して、アルガスは再びミィナに問う。


『───ミィナ。お前の気持ちは分からなくもない……。俺だって、別に街の連中に死んでほしいわけじゃあない』


 少なくとも、こちらから殺してやるつもりなど毛頭ない。


 もし、簡単に守れるなら守ってやってもいい───だけどな、

『……こっちの命がかかっている。男爵軍は未だ精強だ───それをおしてまで守る義理があるのか? そして、お前がそれを俺に強要できるのか?』


 それにな。

 俺は───、

『……お前が思っているほど、俺は優しくもなければ、博愛主義でもない』


 アルガスには、リズのほかに大切なものなどない。彼女があらゆる優先順位のトップにあるのだ。

 たしかに、奴隷とはいえ───仲間になった少女を見捨てるのが忍びなくて身を挺して守ったが……。

 それも理由あってのこと。


『───ミィナ。俺はな、一度───お前くらいの子を見捨てている……』

「え?」


 そうだ。

 ミィナは知らないのだ。


 ……ミィナより前にも、ジェイスに買われた哀れな少女がいた。


『───その子も、お前と同じポーターだった……』


 哀れで、儚くて──────とても、かわいそうな子だった。


 ジェイスには弄ばれ……。

 食事も満足に貰えず、挙げ句ボロボロになって、最後には魔物に食われて死んだ──。


 …………そんな、哀れな女の子がいた。


 だから、それを二度と見たくなくて、ミィナを守った。

 でも、それはミィナを守ろうとして守ったわけではない。


 あの状況では、アルガスも死ぬしかない運命だった。

 そこに、同じ運命を共有するミィナがいたから守っただけだ。


 もし、軍団レギオンから逃げるだけの余裕があったとして、その時にミィナが軍団の中に取り残されていたら、アルガスはミィナを守るために身を挺したか───?


 そう問われれば、アルガスは迷うことなく「NO」といえる。


 実際にミィナの前にいた、あのポーターの少女は見殺しにした。


 ジェイス達も───……アルガスも、そして、リズもだ。


 皆が、見殺しにした。


 直接的な原因がジェイスだとしても、だ。


 だから、ミィナがアルガスに恩を感じたり、ヒーロー性を感じるのは、そもそもお門違いなのだ。

  

『わかっただろう? 俺は卑怯者だ……。自分とリズが助かるためなら、なんでもする。それはミィナ……お前も対しても言えることだ』


 自分の身を守るため、そして、リズの身を守るためなら、アルガスはミィナだって見捨てることに躊躇はない。


 手の届くうちは守って見せるが、そこから零れたものまで守るのは─────違う。


「───違わないよ」


 ん?


「違わないよ……? アルガスさん、自分に嘘ついてる───」

『何、……だと?』


 ミィナは、やけに確信溢れる声で言う。


「アルガスさん……。本当は助けたいんでしょう? 守ってあげたいんでしょう? だって、」


 ミィナが目をつぶって、全身を使ってアルガスを抱きしめるように、九七式中戦車の車内に抱き着く。


「───だって、アルガスさんは、手に届く範囲なら守るっていったもん」


『…………だから、』


「だから、できるよ?───アルガスさんになら、できるよ?」


 そして、




 ───チハたんなら、できるよ?




『だが、こいつはティーガーじゃない』

「うん。チハたんだお? でも、」


 チハたんだって、





 ─────────戦車だよ?





「チハたん───九七式中戦車だって、………………立派な戦車だよ?」


 ドクン……!


 アルガスの心臓が大きく波打った。


 それはアルガスの中にあるもので、かたくなになった良心と善心がほぐれる音だった……。


 ドクン、ドクン、ドクン!!


 ドックン……!



 そして──────。



 ばんざーーーーーーい!!

 ばんざーーーーーーーーい!!



 圧倒的物量に立ち向かった鉄の悍馬の声が……!

 九七式中戦車の…………鉄の王者の声が!


 あぁ、戦車よ! 戦士たちよ!


 戦後……。

 砲を外され、銃を外され、砲塔を外されても───なお!!


 なお、チハは戦った。

 ───戦後の世界を変えるため。


 荒廃した道を、滅びた街を、戦争の残滓を拭い去るため、「更生戦車」として、なお戦った!!


 まだ戦える!!

 まだ戦う!!


 まだ!!


 まだだ!!


 ───まだ、俺達の戦いは終わっちゃいないッッッ!!


 そう叫ぶ、チハの内なる声が───……!







『そう、だ───な』

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