ザラディン1

 ベームスの街を一望できる小高い丘があった。


 荒野と街の境にほぼ近いそこは、高地「ズコンテ221」と呼ばれている。


 しかし、そんな正式名称を知っているのは街の地図やか市庁舎の堅物職員くらいなもの。


 ほとんどの人は、平地よりホンの15mほど盛り上がったに過ぎない丘などそもそも認識などしていなかった。


 しかし、軍事上においてこの高地は実に重要な地点。


 いわゆる緊要地形という奴で、それを知るものなら一も二もなく、そこを確保しようとするだろう。


 実際、ベームスに侵攻したリリムダ男爵はの軍勢はあっという間に荒野を踏破し、そして、放置されていた緊要地形───高地「・221」を占領してしまった。


 そこに観測点を設け、本陣とすると配下の軍勢にベームスの街をぐるりと包囲させた。


 もっとも、荒野越えは過酷であり包囲したといっても精々各所の門前を押さえるのみで、戦闘部隊は1000に少し満たないくらい。

 残りは荷役に携わる軍夫や奴隷であり、自衛武器程度を持たされ彼らは、本陣よりさらに後方に位置する集積所に集められていた。


 そして、現在の「・221」─────。


 痩せぎすの男が、落ちくぼんだ目をギョロギョロとさせながらベームスの街を見下ろしていた。


「まったく無防備極まりないな。……こんなチンケな街に我が息子は討たれたのか?」

「さようで……。裏付けは取れておりますよ───男爵」


 男爵と呼ばれた痩せぎすの男は鼻を鳴らして、ザラディンの言葉に首肯する。


 そう、この痩せぎすの男こそ、荒野の反対に位置する街を治める貴族。

 リリムダ・ド・シュルカン男爵である。


「分かっている。……まったくどうしようもない、ドラ息子だったが、死んでからも迷惑をかけるとは───」


「なにをおっしゃいます。立派な統治者でしたぞ。それを不当に殺害せしめたのは悪辣非道な戦士アルガスです」


 それに追従するのは、言わずと知れた勇者パーティ「光の戦士たちシャイニングガーズ」の3バカの一人こと、賢者ザラディンだ。


 ふん。と鼻を鳴らした男爵。


「どうでもいい。アルガス何某は当然討つとしても、……狙いはベームスの利権だ。荒野越えルートが確保できた以上、リリムダとベームスの二つの街を押さえることは荒野の利権上、とても有利なのだよ」


「わかっていますとも…………(けっ。なぁにが荒野越えルートだ)」


 面従腹背。

 追従しているわりには、腹の底で小馬鹿にしているらしいザラディン。


 ザラディンは、ジェイスの指示に従い男爵軍の荒野越えを支援した。

 そうでもしなければ、足の遅い軍隊のこと。

 モタモタしている間にアルガスに逃げられてしまうとして、強行軍に踏んだのだ。


 幸いにして、軍団レギオン殲滅から日も浅いこともあり、魔物の数はまだまだ回復していなかったため、荒野越えは道さえ分かっていれば・・・・・・・・・・それほど困難ではなかった。


 そして、リズの案内があったとはいえ、曲がりなりにも事前に踏破したことに加え、高速移動のできるシーリンに依頼して各所に目印の魔石を設置しておいたのだ。


 その魔石由来の魔力を辿ることで、男爵軍を安全かつ迅速に荒野越えせしめたのだ。


 魔石から発せられる僅かな魔力を辿るなど、賢者ザラディンくらいにしか無理だろう。


 バカの一つ覚えの様に、直進だけなら簡単にこなせるシーリンも、荒野の所々に魔石をばら撒くという任務については訝しがっていた。

 それでも、勇者パーティの依頼に疑問を挟むことはなかった。


 まさか、シーリンも自分が二重三重に利用されているなど思いもよらぬことだろう。


 報酬と、パーティ加入を条件に、手紙の複製、メッセンジャー、そして、毒の混入に、男爵軍の道案内───ここまで悪事がそろえば、例えジェイス達の目論見に気付いたとしてももはや、自らの手が真っ黒……。

 誰にも報告できずに、一人で抱え込むことだろう。


 悪事に加担させれば、口封じも出来て一石二鳥。

 しかも、なかなか可愛い子だ。色々お楽しみもありそうだ。


(うくくくくくく……荒野を二度も越えるなんて不快極まりありませんでしたが、のちの報酬を考えれば、悪くないですね)


 そう考えながらザラディンは暗い笑みを浮かべる。


「それにしても無防備だな? あの門の跡地はゴーレムを使用した形跡だろうな。他に3つの門は健在とすれば……。我が息子はあの門を起動させたところで討たれたのだろう」


 ふるふると首をふる男爵。


 息子の死を悲しんでいるというより、ゴーレムを使ってまでして討たれたという不甲斐なさを嘆いているようだ。


「ゴーレムですか? 噂では聞いておりましたが、王国の最終兵器だそうですね」

「うむ。コイツで起動できる───この紋章を持っている間は、ゴーレムは言う事を聞くのでな、領主の最後の防衛兵器だ」


 そう言って懐から王国の紋章を取り出すと、ザラディンの手に託す。


「こ、これは?」

「私は、自分の軍の指揮に専念せねばならない。ゆえに、ゴーレムの使役権を賢者ザラディン。───貴様に託す」


 そういって、もったいぶるようにして、紋章尾ザラディンに渡すと、身を翻して軍の方へと歩みさって言った。


「………………けッ。要するに、門まで言ってゴーレムを起動して来いッつー話だろ? 人を小間使いみたいに扱いやがって……」


 ザラディンはうんざりした顔で反吐をはく。


 そもそも、こんなベームスくんだりまで、再度出向いてくる予定はなかったのだ。


 ジェイスはなんとしてでも策を成功させたいがために、シーリンというガキを利用して男爵軍の道標を設置させた。

 だが、そのためには魔力を追うものが必要になる。

 当然ながら、その跡追い役としてザラディンが抜擢されてしまった。


 ようは、ていのいい「お使い」だ。


 のろまなアルガスのことなど、放っておいても、勝手に男爵軍に捕捉されるだろうに……。

 男爵も男爵で、荒野の利権がどうのとか言っているが、現実が見えていない。


 荒野のルートを開拓しても、早晩───この地には再び魔物が溢れかえる。


 荒野にルートを開拓するなど、どだい無理な話なのだ。


 荒野のどこかにあるというダンジョンを封鎖しなければ、この地は人を拒み続ける不毛の大地なのだ。


「まぁいいでしょう。私は私なりに好きにやらせてもらいますよ──────まずはアルガス! 軍団を降したという力、お手並み拝見といきましょうか。……その毒に犯された身でね───うくくくくくくく!」


 ザラディンはひとしきり笑うと、気配を希薄にする魔法を使って周囲に溶け込み、そうっと男爵軍の陣営を抜け出した……。

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