第38話「異変」

 朝早く目覚めたアルガス。

 妙な重さに気付いて視線を投げると、相変わらず腹の上で寝ているミィナに辟易とした。


 寝苦しいと思えばこれだ。

 おかげで寝覚めが悪い。


 「まったく……」ぼやきつつも、ポーンと隣のベッドへ放り投げておく。

 ミィナはそれでも起きる気配がないので、放っておき、まずは朝の日課。


「よっ! ほっ! はっ!」


 軽く体操をした後、眠るミィナをそのままにして、朝飯を食堂で貰ってくるとモリモリと先に食べておく。


 ミィナは寝坊助だが、無理に起こすつもりはない。

 子どもが寝ることは良いことだ。


 よく食べ、よく遊び、よく寝る。


 うん。子供には大事なことだと思う。

 死んでしまった親友が、そうやってリズを育てていたのをアルガスも覚えている。 


 相変わらず食堂ではアルガスを持て囃す連中ていっぱいなので、最近はこうして部屋で食べることが多くなった。


 さすがに宿の店主なんかは、アルガスの気持ちを察してか、初日ほど鬱陶しくもなくなったが───客どもはそうはいかない。


 いくらかのなじみ客は、あいさつ程度になったものの、一見の客の絡み方は鬱陶しいことこの上ない。


「ふぁ? ご飯~?」


 そのうち匂いにつられたミィナが、ショボショボと目をこすりながら起きて来たのでアルガスは肉中心の飯とミルクを渡してやる。


 眠い目を擦りながら、モックモックと凄い勢いで食べるミィナ。


 ここの所しっかり食べているおかげか、ミィナの顔色もよくなり、ガリガリの体もふっくらとしてきた。


 いや、まあ───年相応になってきたのだろう。


「それ食ったら、ギルドに行くぞ───そのあとで街を出る」

「ほぇ?? どこ行くの?」


 ミィナはビックリしてパンを取り落とす。


 しかし、慌てて「3秒ルールぅ」とか言って拾おうとするので、チョップにて止めさせた。


「───拾い食いすんなつったろ。地面は汚いんだ、困窮してる時でもない限り止めろ」

「あぅ……ごめんなさい。───でも、どうして街を出るの? こんな急に……」


 ミィナが、あのシーリンに毒されてるから───というわけではない。

 確かにシーリンは教育上よろしくないクソゲアだが、それよりも、なによりも───もちろんリズの所へ向かうためだ。


 その前にシーリンには、ちゃんと話を聞いて裏付けを取っておこう。


「もちろん、リズを迎えにいく」

「え、でも……」


 ミィナもシーリンの話を聞いていたのだろう。

 この街で、「待て」というそれを。


「…………俺の方が早い。わかるだろ?」


 だが、同時にミィナはティーガーⅠを知っている。


 その足で向かえば、すぐにたどり着けると理解できるのだ。


「あぅ。そ、そうかー」


 分かったようなわからないような顔。


「来るだろ? もし、残りたいなら───」

「行く!!」


 間髪いれず答えたミィナ。

 ギュッとアルガスの腕に縋りつく。


 なるほど、疑問はあれど……。彼女には、アルガスから離れるという選択肢はないらしい。


「わかった、わかった。連れていくからさっさと食っちまいな」

「うん!」


 ミィナの頭をポンポンと優しくさする。

 

 それからミィナが食べ終わるのを待って、アルガスは全ての装備を身に着けギルドに向かった。


 シーリンの部屋に寄ったが!彼女の姿はなかった。

 チェックアウトするときに宿の主人に伺ったところ、ギルドに向かったとのことだ。


 目的地は同じだ、ちょうどいい。

 

 街を出るのは規定事項だが、シーリンに詳しい話を聞いておいた方がいいのも事実。


 出来るなら、早いうちがいいだろう。


 シーリンが、ギルドでクエストでも受けて街を出ないうちに捕まえたい。

 まだ宿をとっていたので、今日にもこの街を出るということはなさそうだが、無駄足はゴメンだ。



 カランカラーン♪



 足早にギルドに向かうと、果たしてシーリンはいた。

 難しい顔をして、依頼板に張ってあるクエストと睨めっこをしていた。

 どうやら、クエスト受注前に捕まえることができたようだ。


「よぉ」

「んお? おー、アルガスのオッサンか。おそようー」


 アルガスが重役出勤してきたことを詰るシーリン。

 

「おはようさん。精が出るな?───クエストか?」

「見たらわかるやろ。アンタに手紙届けたんで地元に帰ってもええんやけど、せっかく遠出したんやしな。ちょっと実入りの良さそうなクエストあらへんかなーって」


 そう言って、既に手に持っているクエストをニヒヒといって示した。


 採取系の依頼や、配達系の物らしい。


 時間ばかりかかって、あまり稼ぎのいいものとは思えないが……。

 こいつの場合は魔導スクーターがあるからその限りでもないってことか。


 聞けば、魔石を動力にしているらしいが、燃費がいいので重宝しているらしい。


「そうか。俺は今日、街を出ることにした───そこで、」

「えええ?!」


 シーリンが素っ頓狂な声をあげる。


 あまりにもデカい声なのでギルド中が振り返った。


「……デッケェ声出すなよ」

「ほ、ほほほ、ほんなこと言われても、昨日と話が違うやん!?」


 いや、別に確約してないし……。

 そもシーリンには関係ない話だ。


「───別に、街を出たらいかんというわけではないだろうが……。ともかく、俺はリズの所に向かう。無駄足なら引き返すまでさ」


 そうとも、昨日の結論として、アルガスはリリムダに向かうことにした。


 向こうについて、リズがいなければ入れ違いになったということ。

 それならばそれで、無駄足には違いないが、またベームスに引き返せばいい。

 正直、いつ来るかもわからないのを待つよりは、ずっといいと思う。


「いやいやいや。そら困るで! アンタがここに残ってくれんと、アタシが困るねん!」

「なんでだよ──────昨日から考えてたけど、お前……あ゛?」


 シーリンを問い詰めようとしたアルガスだが、突如体の力が抜けるようにして、膝をついた。


 ドスンと装備が床を擦り!重々しい音を立てる。


 そして、ガラーン!! と、タワーシールドが床を転がった。


「あ、あれ……?」


「アルガスさん?」

「ちょ、ちょちょちょ、オッサンどないしてん?!」


 ミィナとシーリンが慌てて駆け寄る。


 何事かと、ギルド職員や副ギルドマスターのリーグも駆け寄ってきた。


「いや、なんだ……ぐ───」


 喉の奥からこみ上げる嘔吐感。

 遂にそれに耐え切れず、アルガスは吐き戻してしまう。


「ひゃあああ!」


 シーリンが大袈裟なくらいすっ飛んで逃げるが、ミィナは心配そうに寄り添い、アルガスの身体を支える。


 吐しゃ物に塗れることも厭わず、アルガスの背を装備越しに擦ってくれた。

 それでも一向に楽にはならず、徐々に意識を保つことすら辛くなり始めた。


「アルガスさん? アルガスさぁん!」


 泣きそうな顔のミィナの頭を撫でてやろうとするも、段々意識が───。


「ど、どいてください! 今、治療士を───」


 ギルドの奥から、治癒魔法の使い手と鑑定士が駆けよってくる。

 彼らの手当てが始まる前に、アルガスの意識は遠のき始めた。


 くそ……。

 何だこれ──────……俺、死んじまうのか?


 グルグルと意識が混濁していき、死んだ親友の顔と、リズのそれが次々に浮かんでは消えていった。


「くそ………………リ」


 ドサリ、そうしてアルガスの意識がプツンと途切れた。


 周囲の騒がしさだけがずっと耳に残っていた気がするものの、それもフッと消え……あとは真っ暗になった。

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