第36話「引き留める合法ロ───」

 アルガスが直接行った方が早い。


 荒野は過酷な土地だが、踏破は不可能ではない。

 それに軍団を殲滅した後なので、ここしばらくは魔物の氾濫はないだろう。


 さすがに、そろそろポツリポツリと回復しているだろうが、以前ほどの魔物の群れが頻繁に出るようになるには、いましばらく時間がかかるはずだ。


 荒野に魔物が沸くのは、多分───どこかにダンジョンがあって、そこから溢れた魔物が繁殖しているのだろう。

 だが、規模はさほど大きくないのか、荒野を覆いつくすほどの魔物は確認されていない。

 ただし、強力な魔物がでるのは間違いないのだが……。


「ちょ、直接って───ま、マジ?」


 シーリンが、でっかいパイに被り付こうとして硬直している。


「当たり前だ。冗談を言うように見えるか?」

「見えるようで見えないけど……えっと、ちょっと、それは───」


 なぜか、シーリンが困り顔だ。

 ダラダラと汗を流している。


「何か不都合でもあるか?……別に、お前について来いとは言わんぞ」

「い、いやー……その、ほらあれよ!?」


 あれってなんだよ?


 ティーガーで突っ切っていけば、さほど困難な旅路ではないのだ。

 横から、やいのやいのと言われる筋合いはない。


「えっと、ほら、り、リズとかジェイスさんとか、もしかしてこっちに向かってるかもしれないじゃん? 入れ違いになるかも──」


 む……。

 それは確かに……。


 ジェイスがこの街に来るとは思えないが、リズが単独で来る可能性は大いにある。


 少なくとも手紙をしたためるほどには、こちらに来るつもりではいるようだ。


「入れ違いか……ふむ、ありうるな」


 リリムダの街は、荒野の反対側ということもあり、様々なルートが存在する。

 乱暴な荒野を突っ切るルートもあれば、いくつも存在する正規の街道を使うルートもある。


 当然、リズのことだから、荒野を突っ切るような無謀なことはしないだろうが……。

 街道も複数あるので、その途中で合流するというのもちょっと現実的ではない。


「そ、そそそそそそ、そうやろ? だから、待つ方がええで!!」

「むぅ……そうだな」


 アルガスが首肯すると同時に、シーリンがウンウンウンと、高速頷きを連発。


「そ、そうやそうや! そうしようやん! んねッ!!」 

「お、おう……」


 何をこんなに慌ててるんだ?


「ほ、ほら! や、宿代だってシーリンさんが出したるで! んね! そうしよ、そうしよ、早く泊まろうや、な! 早く早く!」

「いや、宿はもう取ってるから大丈夫だが、むしろ…………お前はどうするんだ?」


 長期滞在してるんだから、宿くらいあるに決まってるだろうが……?


「だ、大丈夫、大丈夫! け、経費で落ちるねん! 宿くらい無問題もーまんたい


 経費?

 あー、雇い主……。


 って、

「───雇い主って、ジェイスだよな?……アイツそんなに気前良かったか?」


 すげー渋チンだったはず。

 とくに、アルガスに対しては……。


 リズが雇った可能性もあるが、それにしては人選がイマイチだ。


 少なくとも、俺と揉めそうな奴は選ばないだろうし、リズは何でか知らんが、女性が俺に近づくのを滅茶苦茶嫌がる……。


 まぁ、───シーリンを女性といっていいのか、「なんかゆーたか?!」……すんません。


 リズが雇うなら、もっと実績のある人間を選ぶだろう。


「せ、せやで。ジェイスさんからの依頼! 手紙を届けるだけにしては結構弾んでくれてさー、あはは」


 ……???

 ジェイスが結構弾む?


 しかも、手紙だけのために?




 …………………………あり得るか?




「──ほ、ほな、宿にいこうや! 宿に! そこでリズさんを待とうや! んね?」


 アルガスの腕をとって、グイグイと引っ張るシーリン。


 ない胸があたって、それなりにアピールしているが、…………ないものはない。


 そっち系でつられてもピクリとも来ない。


「わかったから、放せ───とりあえず、宿に戻って方針を考える。あとで、詳しく教えろ」

「う、うん! ロンのモチよ!───あ、お姉さん、それはテイクアウトで、」


 残り物を包んでもらって担ぐシーリン。

 しっかり者なことで……。


「ほらぁ、そうと決まったら行くで───宿はどこや?」

「お、おう……こっちだが───」


 釈然としない思いを抱えつつ、アルガスはシーリンを伴って宿に戻ることにした。


 長期滞在している宿なので、空き部屋具合は知っているので、シーリンが泊まるのは問題ないだろう。


 だが、宿屋の主人に「そう言うことに使わんで欲しいんだけどね……」と釘を刺されたのは、ちょっと困る。


 そーいうこと、ってなんやねん?!

 んなこと、せんわ!!!


 確かに、シーリンはドワーフ基準では美人で、人間基準では可愛いと思うが、……俺は別にそういう趣味はない。


 しかも、年上といえば年上。


 本人は年齢について話していないが、年季の言った工具を見れば結構な歳上だと確信できる。


 いわゆる合法ロ───……。げふん、げふん。


「どうしたんよ?」

 宿の鍵を受け取ったシーリンが、神妙な顔をしているアルガスに言った。


「い、いや、なんでもない……それより詳しい話を───」

「明日でええか? 疲れてんねん」


 そういうとさっさと部屋に引き上げるシーリン。取り付く暇もない。


「お、おい」


 簡単な荷物だけを持ち、彼女は振り返りもしない。

 パッと見、軽装なのは武器などの類いは、例の魔導スクーターとやらに格納しているらしい。


 便利なことで。


 バタン! と扉を閉められてしまえばアルガスにも追いかけようがない。


 まいったな……。


 ちっこいけど、あれでも女性だ……。

 さすがに、無理やり部屋に入るのははばかられる。


「アルガスさん?」

 ミィナは大人しくしていたが、アルガスの難しい顔に不安そうだ。


「なんでもない。風呂に入って飯食って寝ようか」

「う、うん……」


 ミィナが、リズの接していた時間は僅かだが、アルガスとリズの絆を知っているため、そのことについて余計な口出しをしてはいけないと理解しているらしい。


 ムッツリと押し黙ったアルガスに着いていくも、シーリンが入った部屋をチラチラと見ている。


 どうやら、ミィナはシーリンのことが気に入ったらしい。


「シーリンに会いたければ、行ってもいいぞ?」

「ホント?!」


 別にミィナはアルガスの所有物じゃない。

 一々許可を求めなくてもいいのだ。


 やはり、親に売り飛ばされ、奴隷に落ち───ポーターとして買われたことを、この子はまだ引き摺っているらしい。


 そういった意味でも、シーリンと仲良くすることは彼女にとってはプラスになるだろう。


 ミィナと精神年齢が近いシーリンもどうかと思うけどね……。

 人間基準でいえば、おば───!

 げふん、げふん。


「遊んでもいいぞ。ただし───……」

「う、うん! 『知らない奴から物を貰わない。知らない奴に着いていかない。リズに手を出す奴はぶっ殺す♪』だよね?……あ、シーリンさんは、」


 ……最後の『リズに手ぇ出す奴』って、どこで覚えたのよこの子?

 え、俺普段から口にしてたっけ?


「…………シーリンはイイだろう。ただし、勝手に外には出るなよ? 宿の中だけだからな?」

「はーい♪」


 まぁ、シーリンもミィナの相手くらいならしてくれるだろう。

 それに、何かシーリンの態度に引っかかりを覚える。


 たしかにリズの手紙は持ってきたが、それについては色々なことに違和感があり過ぎて、どうにもしっくりこないのだ。


 アルガス自身、リズのことが心配になりすぎて、そのことについて盲目的になり過ぎている気がする。


 客観視できなくなっているのだろう。


「頭を冷やさないとな……」


 一度、冷静になって考えてみる方がいいということか。


 ミィナがシーリンの部屋を入っていくのを見届けながら、アルガスも自室に戻った。


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