第21話 綺麗で、可愛くて、素敵ですよ
フランツもリヒトも律儀にギルベルトを見張り続け、ルティアナには近づけないようにしてくれたのは意外だった。
その直前の街での宿屋ではルティアナを一人部屋にすべきかどうかと一悶着あったが、ほぼ滞りなく一行は王都へ着いた。
「……では、わたしは一度着替えにアークライト家に戻ります」
「そうだな。こちらも準備をしたら迎えに行く」
それならいっそ別々に行けばいいじゃないか、とルティアナは言いたいところだったが、城に着くまでが聖女の代わりとしての仕事だ。
「……召喚は今日行うのですか?」
「の、予定だ。もう最終段階まで準備は進められている」
そうですか、と相槌を打ち、ルティアナとマコトはフランツたちと一旦別れた。フランツたちもカーライル公爵家の別邸を借りて正装に着替えるらしい。
旅を共にした馬をひきながら屋敷に顔を出すと、ルティアナの奇行にも慣れた使用人たちが大急ぎで準備を始める。
なかでも古株の侍女はルティアナの髪を見て悲鳴を上げた。
「なん、なん、なんてことを! あんなに美しい髪を! あれだけ綺麗に伸ばすのにどれだけの月日がかかったと思ってるんですか!!」
世界の終わりか、というくらいの嘆きっぷりに、ルティアナは呆れたように笑った。
「切ったのも伸ばしていたのもわたしの髪ね。鬘は準備できているかしら? お父様はどちらに?」
「鬘は無事にできてます。そりゃあもう急いで作らせたんですよ……旦那様は一度城に向かわれたのですが、こちらに戻って来られると」
「そう。じゃあお湯の準備は? あとマコトの正装」
「もちろん準備できております」
手紙で指示していたとおりだ。優秀な使用人たちに満足しながら、ルティアナは旅で荒れた肌を磨きにかかる。浴室ではまた侍女が嘆いていた。
「ああこんなに肌がカサカサになって……! こんなところに擦り傷まで!」
屋敷にいるときと違って肌の手入れに気をつかっているような暇はないのだから、荒れるのも当然である。
多少の擦り傷は正直屋敷で暮らしていても作っていた気がするのだが、彼女たちの記憶からは消え去っているらしい。
「肌がカサカサになったのも擦り傷があるのもわたしの肌ね。あなたたちが嘆く必要はないわよ」
「これが! 嘆かずにいられますか!!」
私たちのお嬢様にいいいい! と余計に火に油を注いでしまったらしい。
「……ステラ、ナタリー、タニア。あなたたちの気持ちは嬉しいけれど、わたしは気にしていないからあまり騒がないでちょうだい」
しっかりと覚えている侍女たちの名前をゆっくりと告げて諭すと、三人は感激のあまりに涙ぐんだ。
「お嬢様……!」
「というかマコトもあなたたちも、たかが髪だの肌だので騒ぎすぎよ」
髪なんて勝手に伸びるし、肌が荒れたところで死ぬわけじゃないというのに。
「そうだそうだ、噂のマコト君がついに王都のこのお屋敷にやってきたんですよタニアさん」
「ちらっと見たけどなかなかでしたよステラさん」
「見た目だけじゃ本当にお嬢様を任せられるか判断はできないわよふたりとも」
マコト、という名前に三人が目をキラリと光らせる。
女三人集まると姦しい、というのはまさしく。おしゃべりな侍女たちの会話に耳を傾けながらも聞き捨てならないことは訂正しておく。
「……言っておくけど、従者としてマコトに不足なんてありませんからね。妙なことはしないでよ」
こんなにぎゃあぎゃあ騒ぎながらもしっかり手は動いているのだから困ったものだ。
「あらやだお嬢様。従者として優秀なのはわかってますよぉ。でなきゃ旦那様が十年もべったりしていて黙っているわけないじゃないですか」
「そうそう、私たちが話しているのは別のことですよ」
――ねぇ? と三人はにやにやと声を合わせる。ルティアナは鏡越しに三人を見て首を傾げた。
「……別のこと?」
「こりゃあマコト君も苦労しますねぇ」
「目に浮かぶようですねぇ」
かわいそうに、とマコトはなぜか憐れませる始末。ルティアナにはますますよくわからなかった。
「ねぇ、なんの話?」
「イエイエー、さぁドレスに着替えましょうねぇ」
蚊帳の外のルティアナに三人は何着かドレスを広げてみせる。かなり華やかな真紅のドレスから、少女らしい淡い色のドレスまで色とりどりだ。
「それを」
ルティアナが指差したドレスに、三人はにんまりと笑う。
「だと思いました!」
ルティアナが選んだのは、エメラルドグリーンのドレスだ。首元には白いレースが飾られ、清楚だが凛々しさのあるドレスだった。
「わかっていたならこんなに広げることなかったんじゃないの?」
「まぁまぁ、念の為ですよ」
ドレスに合わせた白いレースの手袋、髪にはエメラルドグリーンと白のリボンを飾りつけた。
最後の仕上げにと口紅をつけ、ルティアナは鏡に映る自分を見た。青みがかった黒髪。青い瞳。公爵令嬢らしく完璧に着飾った姿には、一分の隙もない。
「さすがだわ、三人とも」
ルティアナは満足げに微笑む。旅ですっかり荒れた髪や肌も元通りとはいかないが綺麗になった。
「それで、マコトは?」
「殿方の準備なんてとっくに終わってますよ」
ちょうどその時にノックの音がする。
マコトです、という声にルティアナはやってくるタイミングまで完璧なのだから本当に優秀な従者だと笑った。
「お嬢様」
マコトには深い緑色の上下を揃えさせた。さすがに手紙ではデザインまでは細かく口出しできなかったが、色だけはこれに、と厳命していたのである。
――文句無しの合格点だ。
「思ったとおり。かっこいいわ、マコト」
ふふ、とルティアナは嬉しそうに微笑んだ。あまり派手になりすぎてもいけないし、かといって地味ではいけない。
「お嬢様は綺麗ですよ」
マコトは微笑み返してルティアナに手を差し出す。エスコートは叩き込んであるので問題ない。
「綺麗なだけかしら?」
「綺麗で、可愛くて、素敵ですよ」
女性を褒めるときは言葉を尽くさないとね、と教え込んでおいただけあって、照れる様子もなくマコトは褒めてくれる。
「旦那様が戻られてますよ」
「そう。そろそろ王子たちも来る頃かしらね」
玄関ホールに行くと、いささか厳しい顔つきでアークライト家の当主である父が立っていた。
「お久しぶりです、お父様」
「……既にいろいろやったようだな、ルティアナ」
渋い顔をしている父に、ルティアナはにっこりと微笑む。
「これからもっと大きなことをやらかしますけど?」
――なんていってもこれから教会に喧嘩を売るのだ。
ちょうどやって来たというフランツたちは外で待っているという。ルティアナを急かさずにいたのはさすがに女性の準備のほうが時間がかかると心得ているからだろうか。
外には用意された馬車の他に、フランツたちが乗ってきたであろう馬車がある。正装に身を包んだ彼らは立派に王子様だし貴族様だ。
「……化けたな」
ルティアナを見たフランツが一言ぽつりと漏らしたのを、ルティアナはもちろん聞き逃さなかった。
「女性をうまく褒められない男性はもてませんわよ?」
「好きでもない女を褒め称えてもつまらんだけだろ」
社交辞令を知らないのかこの男は、とルティアナは呆れながらも追撃はしない。こちらとしても、好きでもない男に褒められたところで嬉しくもないし。
「彼にエスコートを?」
正装姿のマコトを見てリヒトが問うてくる。
「ええ、王子やリヒト様にエスコートをお願いしたら、またいらぬ嫉妬を買いそうですもの」
「賢明な判断ですね」
自分を狙う令嬢が少なくないと認めていることになるが、リヒトだと嫌味に聞こえないから不思議なものだ。
リヒトの銀の髪が映える、濃紺の衣装はさすがのセンスといえる。フランツは瞳に合わせた青の衣装を、ギルベルトは騎士団の正装を着ていた。ゼストは魔術師の正装である藍色のローブを羽織っている。
ドレスはいい、背筋が伸びてしゃんとする。
「では、まいりましょうか」
王城という名の戦場に。
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