第69話コックス視点

 御嬢様は庇ってくださいましたが、役目から逃げる訳には参りません。

 冒険者でも、ちゃんと約定を交わしてパーティを組んだのに、実際に冒険をはじめてからやっぱり嫌だなどとは、口が裂けても言えません。

 そんな事を言う者がいたら、貴重なお金や時間を使って準備した狩りや冒険を、何の成果もなく中止しなければいけなくなります。

 最悪の場合、逃げ出した人間以外全滅する事すらあるのです。

 そんな卑怯者は、冒険者仲間で制裁を加えます。

 激しい拷問を加えた上で、嬲り殺しにするのです。


 だから、私はここに来ました。

 ヒックス子爵家の居城の前に。

 今回も前回と同じ協力者がいます。

 いえ、私が協力者で、彼女が本当の刺客でしょう。

 それとも、私は教育を受けている途中で、彼女は指導者なのかな?


 まあそんな事はどうでもいいです。

 とにかく御嬢様を襲わせたヒックス子爵家に、逆撃を喰らわせるのです。

 ヒックス子爵本人は王都にいるので、家族を殺すだけでいいそうです。

 当主の愚行に巻き込まれるのは本当に可愛そうです。

 ですが、御嬢様にだって何の責任もありません。

 責任があるのは国王陛下と王太子殿下です。

 本当に腹が立ったのなら、御二人を弑逆すればいいのです。

 それなのに御嬢様を狙うなんて、絶対に許せません。


 でも、そうは分かっていても、良心は痛みます。

 密偵達の調べで、とんでもなく残虐な貴族令嬢で、自らの快楽のために領民を死傷させていると分かっています。

 ですがその情報を鵜呑みにするほど、私も馬鹿ではありません。

 私の心を軽くするため、いえ、御嬢様の御心を軽くするために、リリアン殿が創り上げた嘘の可能性もあるのです。

 私も随分とやさぐれた考えをするようになってしまいました。


 オッといけません。

 危険な城内に侵入中です。

 自分の思考に集中していては、咄嗟の対応が遅れてしまいます。

 基本は指導役と魔犴に任せれば何の心配もないのですが、指導役が教えようとする侵入暗殺のポイントは、集中して見て覚えなければなりません。


 やはり彼女は暗殺の指導役でした。

 二度目の仕事に来て明らかになりました。

 確実に殺す事より、私に教えようとしているのが明らかなのです。

 だからこそ、今回の目標なのでしょう。

 指示をしたヒックス子爵本人ではなく、誰でもいいから家族を殺す今回の任務。

 いえ、殺す事に失敗する事すら許されるのかもしれません。

 ヒックス子爵は御嬢様の暗殺に失敗しています。

 警告として殺さなかったと、ヒックス子爵側が考えてもいいのでしょう。


 ですが、絶対に失敗しません。

 確実に殺します。

 絶対に殺します。

 指導役が命じた相手は、躊躇せずに殺します。

 私がビルバイン城を出る時に向けられたリリアン殿とムク達の眼、あの眼は怖すぎますから。

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