2巻発売記念番外編 聖女様は悪夢を見ます

第01話 聖女様は夢を見ます

 明晰夢、というものがある。

 とてもくっきりしているリアルな世界なのに、なぜか自分自身で「あ、これは夢だ」と自覚できる……そういう不思議な感覚を持つ夢だ。


 ベッドの上で起き上がったココは、起きてすぐに違和感に気がついた。

「あー、これは……まだ私は寝てるのか?」

 実際に起床したとしか思えない、とてもリアルな室内が広がっているけれど……なぜかココは、今本当の自分は寝ているんだと

「この陽の当たり具合だと、もう昼前だろ。起床時間をだいぶ過ぎているのに、ナッツが起こしに来ないのはどう考えてもおかしい」

 寝ていると理解したのは“なぜか”でもなかった。


「これはどうしたものかな。女神ライラに起こされたわけでも無さそうだし、起床時間まで寝たいけど……夢の中で二度寝ってできるのかな?」

 こんな時でもシビアなココは、夢を掘り下げるよりも身体を休めたい。夢の中で起きていると現実でも消耗すると、女神の呼び出しで散々思い知っているのだ。

「取りあえず、布団をかぶってみるかぁ」

 そう考え、もぞもぞしているところへ。


 いきなり激しいノックの音がして、ココの許可も待たずに扉から修道女たちがなだれ込んできた。

「ココ様、大変です!」

「なんだ、けたたましい夢だな。ナッツ、どうしたんだ」

「大ごと~なんです~!」

「とんでもないことになったんだよう!」

「ナッツだけでなくて、ドロシーとアデルも一緒?」

 三人に枕元で騒がれたのではたまらない。

「なんだよもう……」

 しかたなくココも起きたの……だけど。

「…………」

「ココ様、聞いてます!?」

「ココ様~ぁ?」

「どしたの、ココ様」

「……どうしたも、こうしたも」

 三人に揺さぶられ、呆けていたココは(夢の中だけど)現実に帰って来た。

「おまえら、どうしたんだよソレ!?」

「えっ?」

「大ごとなのは~私たちじゃなくて~世界ですよお~」

「ココ様、パニクってどうしたの」

「世界がどうなったって、以上におかしくはないだろ⁉」

 三人を見たココは今、それどころじゃない。

「なんだ、その格好は!」

「なんだも何も、普通にいつもの法衣ですけど」

「いつもの!?」

 修道女たちダメっ子シスターズはココの驚愕を理解できず、目をぱちくりさせている。不思議そうに自分の身体を見回すナタリアに、こらえきれないココは絶叫した。


「どこの世界に、黒革ひもビキニの法衣があるんだよ⁉」


 下着以下の面積を誇るほとんど裸の“法衣”しか着ていないナタリアが、困ったように小首をかしげた。

「どこの世界って……のシスターの法衣って、昔からこれじゃないですか」

「ブレマートン教団!?」

 ヤバい、名前を聞いただけでもろくでもない。

「ははは、やっぱり夢だな……なんだ、このとんでもない設定は。ダメだ、もう今すぐにかしないと頭がおかしくなりそうだ」

 現実夢の中について行けない。

 から笑いしながらココが毛布をかぶろうとすると、三人が無理やりそれをひっぺがしてココをベッドから引きずり下ろした。

「本当に大変なんです! 魔王が現れたんですよ!」

「それもう倒したろ」

「何を寝ぼけているんですか! 今現れたばかりですよ!」

「夢に寝ぼけるなって言われた!?」

「さあ、王様に呼ばれています!」

 ナタリアが強くココを引っ張る。


「すぐに行きましょう、ココ様! 勇者の出番です!」


 ココが無言で待ったをかけた。

「どうしました⁉」

「いや、待って……………………勇者?」

「え? ええ、勇者様」

「誰が?」

 ナタリアとドロテア、アデリアがお互いの顔を見合わせ、三人そろってビシッとココを指さした。


「ココ様が」


「なんで私!? セシルじゃないのか⁉」

「“せしる”って、誰ですか?」

「セシルがいない世界設定!?」

「訳の分からないことを言ってないで、すぐに行きますよ!」

「待て、本当に心の準備がぁぁぁ!?」


   ◆


「やっぱり夢だな……なんで私の部屋が王宮にあるんだ」

 連行されるのに途中で抵抗しようとしたけれど、廊下に連れ出されてみたらすぐ隣が謁見の間だった。逃げるどころか時間稼ぎの暇もない。

「なあ、ちょっと待てよ。身支度なんにもしてないぞ? せめて寝間着から着替えさせてよ」

「そんな暇はありません! 緊急事態なんです!」

「いや、国王に謁見するのにいくらなんでも寝間着パジャマはマズいだろ!? さすが夢だ、ナッツたちが私よりもファンキーすぎる……」

 

 謁見の間に入ると、すでに国王は玉座に座っていた。

 修道女たちに引きずられてきた“勇者”ココに、待ちかねていた王様がさっそく声をかけてくる。

「おお、勇者よ。待っておったぞ! ……なんじゃ、その顔は」

「なんだも何も」

 思いきり肩透かしを食らったココは、王の質問に憮然とした顔で返した。

 “現実の王様”はほとんど会ったことがないけれど、この“王様”はよく知っている。

「ジジイ、おまえ教皇だろ。何やってるんだ」

「いきなり何を言うか」

 よく知っているけど初対面な、この世界の王が胸を張った。

「ワシは教皇などではない! ビネージュわくわくドリームランド国王、ケイオス七世である!」

「どっかの潰れかけの遊園地みたいな名前だな……」

「潰れかけはよけいじゃ!」

「“遊園地みたい”は良いのか?」

 

 仕切り直した国王ジジイがおごそかに宣言した。

「勇者よ、ついに伝説の魔王が復活した!」

「そうかい」

「ヤツめが勢力を増す前に、何としても倒さねばならぬ!」

「ふーん」

「……なんじゃ勇者、そのやる気のなさは」

「何か月も討伐の旅で神経擦り減らしてきて、やっとのびのびベッドで寝られるというところで……『もう一回』って言われる気持ち、分かるかジジイ」

「そんなのをいちいち気にして政治ができるか」

「それは確かに」

「では直ちに魔王退治に出発せよ!」

「断る」

 ココはきっぱり宣言すると、後ろを向いてスタスタ歩きだした。

「さー、ゆっくり寝よう。今日はもう夕食の時間まで絶対起きないぞ」

「待て、勇者よ! 日給、金貨八枚でどうじゃ!」

「……ずいぶん気前がいいな」

「どうせ無事に帰ってこれないじゃろうから、空手形なんぞいくらでも切ってやるわい」

「そんな事だろうと思った! おまえが自分で行ってこい!」

「ギャーッ!?」

 ココが窓から蹴り落すと国王は絶叫をあげながら、眼下に広がる堀へと落ちて行った。

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