第175話 聖女様は凱旋します

 うっかりドラゴンに食われて死にかけたココだけど、育ち盛りだけあって身体はけっこうタフだった。

 一日ゆっくり休み、ぐっすり寝たらだいぶ体調が戻ってきた気がする。


「うーん、まだ食欲も本調子じゃないが……それでも麦粥じゃないメシを喰えるのは助かるな」

 さいわい病人じゃないので、消化に悪い物でも問題なく食べられる。

 小さい頃からパンを(盗んで)食べてきたココは、どうにもオートミールと言うヤツが苦手なのだ。

「風邪ひいた時に三食喰わされたけど、あんなものを喰っても力が出ない」

「いや、相当に頑丈だよオマエ。指先一本動かせない状態で収容されて、なんで一晩寝ただけでステーキが喰えるんだ……」

 今日の朝食は特別療養食と言うことで、ミノタウルスの厚切りステーキに蒸し芋一カゴ、果実酒の水割り。葉野菜の酢漬けはお好みで。

「干し肉と噛み千切れないパンハードタッグを水でもそもそ食ったって体調は回復しないぞ?」

「ああ、それはその通りだ。その通りなんだが……」

 名残惜しいが最後の一切れを胃袋に収めたココは、どう言ったものか頭を悩ませている王子を促した。

「それで? 周辺の捜索の結果はどうなんだ?」

「おう、それそれ」

 セシルも表情を改め、身を乗り出した。


 魔王四将の最後の一匹、暗黒龍ライドンを倒した結果。

 周辺の領域を討伐軍総出で探させているが、魔物たちに組織だった動きは見られなくなっている、という報告が上がっていた。

「魔物を使役する存在が無い……魔王がまだ復活していない証拠か」

「そう取れる。だが……」

 ココの分析に頷きかけたセシルが語尾を濁した。飲み込んだ言葉はココも考えていたことだ。

、という点が問題なんだよな」

「そうだ」

 

 魔王四将を倒し、魔王軍を殲滅した事は……魔王の復活を阻止した事とイコールではない。

 今この瞬間にも、どこかで魔王は生まれようとしているかもしれない。

「どのような形で魔王が出現するのか。それが分からないので、付近一帯を捜索している兵たちも困惑している」

 探せと言われても、そこの部分が大事なのに情報がない。

 

「それについては、ちょっと私に心当たりがあるんだ」

 ココは皿の肉汁を一つ残した芋で拭いながら、女神ライラに言われた事を思い出していた。

 ……前に皿を舐めたら「人前でするな!」と怒られたので、ソースはパンか芋で上品に拭き取って食べるようにしている。それができるココちゃん、貴婦人。

「ちょっと兵を貸してくれ。魔王城の崩れていない所を調べたい」



   ◆



「それで、なんでおまえらが付いて来るんだよ」

「なんでも何も、病み上がりのおまえが心配だからじゃないか」

 ココの地底探検隊。

 なんでかセシルやウォーレス、ナバロに聖堂騎士団長が付いてきている。

「どんな危険があるか分かりませんからね。一般兵より、このメンバーの方が安心ですよ」

 ウォーレスに言われ、ココはセシルを指した。

「一人連れている方が不安なのがいるじゃないか」

「お忘れですか? 魔王がもし目の前で復活した場合、聖剣じゃないと倒せないんですよ?」

 持ってくる係セシルは期待されていない。


 先行して警戒と進路探索に当たっていた兵が叫んだ。

「こちらに崩れていない部屋があります!」

 洞窟で部屋と言うのもおかしな言い方だが、そこは確かに“部屋”という感じだった。

 小ぶりな謁見の間にも思える、ただ空いた天井の低い空間。

 その奥まった位置に、岩や木の根で形作られた玉座のような物がある。

武器を構えた兵たちがこわごわ囲む中、ココは無造作に近づいてを手に取った。

「どうだ、ココ?」

 追いついてきたセシルに訊かれても、ココだって現物を見たことが無いので何とも言えないが……。

 市場で食い物の良し悪しを見極めてきたココの目は、これが本物だと言っていた。

「たぶんだけどな……見つけたぞ」



   ◆



 魔王軍殲滅の報は大陸中を駆け巡り、ビネージュ王都に凱旋した討伐軍を民衆は歓呼して出迎えた。

 五百年前の魔王出現の時は「世界が半壊した」とまで言われた犠牲が出たのに、今回は民どころか討伐軍の被害も最小限に抑えられた。大きな明るい話題に人々が熱狂するのも無理はない。


 各国の派遣軍も今夜は王宮での祝賀会に首脳部が参加して、健闘を称え合う予定だ。その後はそれぞれの国へ帰還して、また国ごとに祝勝会を開く事になるだろう。

 それぐらいに喜ばしいのもあるけれど、民衆に功績をアピールするのも統治の上で重要なことなのだ。政治はかくも世知辛い。

 郊外で野営する下っ端の兵士たちは王宮に入りきらないので、祝賀会には参加できないが……今夜は王国からの差し入れで、祝杯をあげるに十分なだけの酒食が振舞われることになっていた。




 そんな中、王宮へ進む本隊と別れてココたちゴートランド組はゴートランド大聖堂へ戻ってきた。あとで王宮で行われる祝賀会には出るけれど、まずは教皇と(名目として)女神様に報告するのが先だ。


「よっと……今帰ったぞ!」

 車寄せを埋め尽くす教皇庁高官たちに仕事帰りの職人みたいな声をかけながら、ココは馬車を飛び降りて次に降りるナタリアを手伝った。

「おお、無事なようで何よりじゃ!」

 皆の一歩前で待っていた教皇ジジイが待ちかねたように進み出た。

 よく見れば修道院長シスター・ベロニカドロテアドロシーアデリアアデルと言った修道院の仲間? も待っている。

 ナタリアを助け降ろしたココは教皇に向き直った。

「どうかなーと思ったけど、何とかなったわ」

「……おぬし、そんな雨どいの詰まりでも直したみたいに……」

 軽く言うココにジジイは唖然としているが、ココは苦労話を自慢げに語るのはあんまり好きじゃないのだ。




「それで聖女よ。先に受け取っていた報告書では分からなかったのじゃが……」

 無事の帰還を喜ぶ会話もそこそこに、教皇が急いで次の話題を切り出した。彼の立場としては、それが一番気になって仕方ないだろう。

「魔王四将を倒したのは分かったのじゃが、結局魔王はどうなったのじゃ? 出現を未然に防いだとも何とも記載が無かったのじゃが」


 軍を戻すからには、当然魔王の復活を防いだうえでの帰還ということになる。

 ところが教皇庁にもたらされた速報には、魔王四将を倒したことは書いてあっても“魔王をどうした”が一言もない。

「ああ、その件だけどな」

 教皇の問いに軽く頷いたココが、ナタリアが抱えている物を受け取ってそのまま教皇に手渡した。

「はい、お土産」

「うむ?」

 教皇に渡されたのは。


 大人でも一抱えするサイズの、巨大な卵。


「なんじゃ、これは!?」

 狭い方でも直径は四十センチほどはあるだろうか。男性として割と大柄の教皇でも、それ以上荷物が持てないぐらいの大きさだ。

 大役を果たして大きく伸びをしているナタリアを見ながら、ココはこともなげに答えた。


「それが魔王」


 聖女の言葉を教皇は黙って噛み締めた。

「……はぁっ!?」

「落とすなよ? 割ったら魔王討伐の全てがおじゃんだからな?」

 慌てて抱え直す教皇に代わり、修道院長が聖女に尋ねた。

「どういうことですか?」

「うん、ドラゴンの腹の中で女神ライラに言われたんだけどな……」



   ◆



 暗黒龍の腹の中で、ココが女神に頼まれたのは“魔王”の確保と養育だった。

『じつのところ、“魔王”などと初めから決められた存在はいないのです』

 そうライラは話した。


 世に「魔王」として知られている存在は、実は土地の実りと自然環境を統べる「大地母神」なのだと言う。

『生まれた時の“大地母神”……“地の精霊王”は中立ニュートラルな存在です。彼、あるいは彼女は……生まれ落ちた後、どう育てられるかで慈悲を与える存在になるか、害悪を振りまく存在になるかが決まります』

「じゃあ、五百年前は……」

『残念ながら、心ある者に育てられませんでした……』

 あまりに負の存在になってしまった五百年前の「魔王」。それは基本地上の事に口を出さない女神にとっても、残念な事であるらしかった。

『そして今回も前回と同様、魔の者によって確保されてしまいました』


 このままでは、また同じことになってしまう。

 だが当時から生き永らえた魔王四将が「夢よもう一度」と構えているのに対して、寿命の短い人間たちが緊張感を持ち続けるには……五百年の時間は長すぎた。

「それで、緩んだ人間側の迎撃態勢を整え直して、いざという時に備えさせるのが……」

『あなたの役目だったというわけです』

 そして……。

『もう一つ。“魔王”の復活を阻止しただけでは意味がありません。産まれたては“無色”の精霊を愛ある温かい環境で育て、世の中が素晴らしいものと思わせる必要があるのです』


 しみじみと女神が吐露する話は、十四歳にして波乱万丈な人生のスペシャリストであるココにはよく理解できる。

 だけど同時に、女神に釘を刺しておかなければならない事も一つある。

「念のために先に言っておくけど。食逃げと腐った食品の見分け方しか教えられない私が育てたら、また“魔王コース”一直線だぞ?」

『育てるのまでココあなたに期待していません。誰か子育てに向いた知り合い、いるでしょ? まっすぐ育ててくれそうな人に託してください』



   ◆



「というわけだ」

 ココが悪影響を与えてはまずいので帰還の旅の間は、お人好しで子育てが得意な(貧乏くじを引きやすい)ナタリアにずっと抱えて来させた。王都まで帰ってくる間に、悪い方向へ影響を受けてはいないと思う。


 女神の話を簡単に説明したココは、でっかい卵を抱えて呆けた顔で聞いている教皇をビシッと指さした。

「ジジイ。おまえ女神の代弁者なんだから、しっかりを愛情持って育てとけ」

「わ、儂が!?」

「愛だの慈悲だのを語るのは得意だろ? それが口先だけじゃないことを、子育てでしっかり証明してみせろ」

「そんな事を言われても、儂は子育てなんかやったことが無いぞ!?」

 教皇は慌てて聖女に抗議したが……その時。


 ピシッ!


「……ん?」

 皆の注目が、ココと教皇の言い争いから教皇の手元に移る。


 軽い破砕音とともに大きな卵にヒビが発生して大きくなっていき……。

 卵の殻が大きく剥がれ、何故か人間の赤ちゃんにしか見えないモノが姿を現した。

「あぶ……?」

 どうみても、普通に赤ちゃん。

 

「生まれた!?」

 周囲が騒然となる中、無垢な瞳で周囲を見回した赤ちゃんは自分を抱えている教皇に目を止め……ニパッと笑った。

「パ……」

「パ?」

「パーパ!」

「パ、パパ!? いや、確かに儂は教皇パパじゃけど!?」

「良かったなジジイ。親として認めてもらえたぞ」

「そうは言われても!?」

「パーパ!」

 政治家相手には海千山千の教皇でも、赤ちゃん相手は勝手が違うらしい。

「ど、どうすればいいんじゃ!? シスター・ベロニカ、何かアドバイスを……!」

 滑稽なほど狼狽した教皇は、たまたま隣にいた修道院長シスター・ベロニカに助けを求めた。

 聞かれた修道院長は慌てず騒がず赤ちゃんに歩み寄り……。

「良い子でちゅね~。私がママよ」

「マーマ!」

「シスター!?」

「うそぉぉぉ!? 院長がまさかの母性本能を刺激されてる!?」


 パニックの教皇と、逆に冷静にとち狂った修道院長。

 上司が突如キャラに無い言動に出たので大騒ぎの修道院勢と、呆気に取られて言葉もない教皇庁の高官たち。


 まさに収拾のつかない混乱になっている車寄せを眺め……。

「さて、私は一張羅に着替えてさっさと王宮に行かないとな。祝賀会の御馳走に間に合わなくなる」

 原因を作ったココは呑気につぶやき、数か月ぶりの自室へと踵を返した。

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