第166話 聖女様はいろいろ思うところがあります
一か月ぶりの懐かしい顔に、ココは駆け寄……ろうとして急いでシチューを掻き込み始めた。ココちゃん、順番は間違えない。
「久しぶりだな、ナッツ! 戦地までどうしたんだよ!?」
食べながらココが声をかけると、修道女も再会に涙ぐむ。
「ココ様が戦地でどうされているか心配で、連絡便に同行させてもらって見に来たんですよう」
ココがつまみ食いの処理に手間がかかっているので、ナタリアの方が駆けて来た。ちょうど食べ終えたココが皿を置いたところへ、ナタリアが飛びついてくる。
「聖女様、お元気そうで良かったです」
二人が抱き合うところへ、ウォーレスも寄って来る。
「おまえまで来たのか! 王都の方はどうだ?」
「相変わらずと言えば相変わらずですが、やはり魔王討伐軍の後方支援で大聖堂も王宮もバタバタしていますよ。物流の監督の為にブレマートンの者たちも常駐していたりして、なかなか大騒ぎです」
セシルが発案して教会に実行を委託した国際的な交易網が、構築早々そのまま魔王討伐の為の兵站線に切り替わっている。商人との付き合いが深いブレマートン大聖堂が主導している為、かの地の神官は隊商の統制の為に前線まで姿を見せていた。
「今までこんな方までブレマートンの神官が出入りするなんて考えられなかったものな……時代は進んでいるな」
「まだ緒に就いたところですけどね。うまく回り始めるかどうかは、兎にも角にも魔王を倒せるかどうかにかかっていますよ」
そう。
ココたちが成功しないと、物流網なんかどうでもいい事態になってしまうのだ。
ウォーレスが街を挟んで反対側に広がる広大な森林を眺めた。
あの草原と森を分けるラインから向こうが、王国でさえ認める魔王の支配領域……魔の森だ。
「戦況の方はどんな塩梅ですか?」
「うむ。今までのところ、上出来じゃないかな……ギリギリ紙一重の勝ち方だけど」
ココもナタリアも、街の城壁越しに魔の森の方を眺めた。
「そうですか……これからが正念場ですね」
「まったくだ。セシルに頑張ってもらわないと……今のところ、
「それは、不安しかないですね……」
◆
ココがナタリアたちとの再会を喜んでいる頃、セシルのいる司令部にも訪問客があった。
「遠路はるばる、ご苦労」
接見したセシルの言葉に、腰が曲がりかけた初老の男が頭を深々と下げる。
「もったいないお言葉でございます」
自作の兵器とともに前線までやってきた建築ギルドの顔役、シャムロック老は恐縮しながら顔を上げた。
「すでに納品した物の、戦果はいかがでございましょうか?」
「ああ、大いに役に立っているぞ。特に対空用の機材は画期的だった」
「ありがとうございます。本日納めさせていただく新兵器も、想定通りに使えれば良いのですが」
「大型の魔物に対する決戦兵器……だったか?」
「はい。このシャムロックめの自信作にございます」
繰り返すが、シャムロック氏は建築ギルドの重鎮。
到着した搬入待ちの荷車から幌を剥がしながら、シャムロックはその仕様をセシルに説明する。
「籠城戦で戦う件は道すがら聞いて参りました。最適に設置できるよう、この私が据え付けまで監督させていただきます」
「それは有難いが……それこそ今この瞬間に、魔王軍が姿を見せてもおかしくない情勢だぞ? 商隊と一緒に至急離脱しないと逃げ遅れるかもしれん」
王子に心配され、老人は胸を張った。
「御心配には及びません。私はもとより、己の作った物が万全に動作するかを確認する為に決戦に同行するつもりでございました」
作った物の責任はとる。
腹の据わった様子で言い切られ、王子は職人の心意気を眩しそうに眺めた。
「決して優勢とは言えぬ状況だぞ? 踏みとどまることがどれほど危険か分からない」
「ハッハッハ、魔王軍など恐れるこのシャムロックではございませんぞ!」
偏屈そうな爺さんは、最高のキメ顔で黄色い歯並びを見せた。
「うちの母ちゃんが陣取っている我が家に比べれば、戦場の危険性などいかほどの事がありましょうか! 魔王などしょせん小物でございますよ!」
「……おまえの嫁、なんなの?」
◆
「おお……修道女様だ!」
「本当だ! 本物の修道女様だぞ!」
司令部に出頭する道すがら。
法衣姿の修道女は目立つのか、信心深い兵士たちからナタリアは歓声を浴びていた。
皆の注目を浴びているので、ナタリアも遠慮がちに会釈をする。
「あ、どうもー……」
「おおおおおおおお!」
「修道女様ぁ!」
ワーッと集まってくる兵士がどいつもこいつも国籍問わず、
「こんにちはー……」
「ウッヒョオオオオオオ! 修道女様が俺に手を振られたぞ!」
「バッカ、アレは俺にだ!」
軽く手を振るだけで乱闘騒ぎが起こる始末。
「魔王との戦いに従軍されているだけあって、皆さん敬虔な信徒なのですね」
振り返ったナタリアがそう言うけれど……。
「敬虔な信徒って言うか……」
信徒なら誰でもわかる、修道女より高位の法衣を着ているウォーレスは無視されている。
「女に反応しているだけだよなあ……」
神官とも女とも認識されていない
「修道女様あ、こっち向いてぇ!」
「ありがたや! ナマ修道女様だぞ!?」
どこまで進んで行っても、シスター・ナタリアは大人気。
兵士たちの変なテンションにドン引きしつつも律義に手を振り返しているナタリアの後ろで……。
ぴょんぴょん跳ねても、オーバーアクションで手を振っても、どう見てもココちゃんは兵たちからノーマーク。
「いつぞやのオークどもを思わせるな……この
憮然として叫ぶ聖女様に、横の司祭は諦め顔で肩を竦めてみせる。
「肩書は聖女様の方が断然上なんですけど、彼らからすればシスター・ナタリアは
余計な事を言った司祭の脛を思い切り蹴飛ばし、怒りに震える聖女様はグッと唇を噛んで堪えた。
「くそう、格差社会め……許さん! 魔王討伐が終わったら、絶対に社会の歪みを正してやるんだ!」
「成人男性が
聖女の回し蹴りを受け、司祭は無様に地面に叩きつけられた。
◆
「これまでの遭遇戦と違い、とにかく地の利を生かして迎え撃つことになる。どれほどの軍勢が攻めてくるのか分からないが、殲滅するよりも敵将タイタンを倒すことに全力を傾けたい」
セシルの総括に、将軍たちも頷く。
今までの流れを見れば、魔王軍は軍隊というよりも敵の指揮官に部下が使役されているという形に見える。
ならば真正面から叩き合って必死に敵軍を潰していくよりも、
「しかし問題は……」
「うむ。その敵将が真っ先に出て来るかどうかだな」
前の戦いで尋問した
そんなのが最前列で戦うかどうか……個体の強さは圧倒的らしいが、指揮官としての責務を考えると後方の本陣で配下を動かすだけかもしれない。
ナバロが唸った。
「確実に前に引っ張り出す手が、何かあればいいのですが」
「警戒すれば、まず前線には出て来ませぬな」
困ったことにタイタンを倒せるのは勇者だけだが、
魔王討伐軍がタイタンを倒すためには総力でヤツを半殺しにし、セシルが止めを刺すばかりに調理して王子様を呼ばないとならない。
一方の魔王軍は、誰か一人でもセシルの元に届けば……。
「どんな弱い魔物でも、勇者様より強いと来た」
「それを言うな……魔王軍に訊かれたらどうする」
「もう、さすがに知ってるんじゃないのかぁ?」
現段階で脅威となる大型の魔物を相手にするには、シャムロックの持ち込んだ兵器が大いに使えそうだが……これはあくまで受けに回った場合の話。
魔王軍が総力を挙げて来ると言うなら、敵の軍勢をある程度引っぺがして敵将に手が届く状況を作りたい。
皆が頭を悩ましている所へ、地図を睨んでいたココが手を上げた。
「なんだ、ココ?」
「先日聞いたこの街の仕掛け……アレを強化するために、私が一手加えたいんだけど」
聖女の提案を聞き……居並ぶ者たちは呻き声を上げた。
◆
補給物資と一緒にウォーレスやナタリアが来てから三日後。
朝もやの中を監視していた城壁上の兵が、後ろで待機する当直の戦友に向かって叫んだ。
「来たぞーっ!」
声にかぶさるように彼方から響いてくる振動。
まだ陽の光の弱い中、上空をグレムリンの群れが飛び去る影が見える。
魔の森の外周部から、無数の魔物が姿を現し始めていた。
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