第152話 性女様が討伐軍を救います
“焼肉パーティ”から数日後。
進撃する魔王討伐軍は、ゴブリンなどによるゲリラ戦に悩まされていた。
彼らは知る由もなかったが、魔王四将が一人、幻魔グラーダの指令でゴブリンによる嫌がらせ攻撃が激化し始めていたのだ。
こいつらは僅かな頭数で陰に潜んでいたり、油断している隙に忍び寄ってくる。
そして兵の実損害以上に、いつ襲撃されるか分からない不安でストレスが溜まるのが問題になっている。
警戒も常に厳重にしなくてはならず、おちおち休息もできないとあって将兵の疲労も蓄積される。戦力の低下という面では、そちらの弊害の方が大きいと言ってもいい。
「敵も我々との付き合い方を編み出したということかな」
セシルが渋面で報告を見た。
「敵の手札を考えれば、予想されていたことではありましたが……」
ナバロ初め、幕僚たちも浮かない顔をしている。
「探り探りだとどうしても足が鈍るし、我々の進撃速度が遅いと相手の迎撃態勢がどんどん整ってしまう。このままではせっかく焼肉パーティで上がった士気が、今度は下がりっぱなしになるな」
「かといって、無警戒に突っ走るわけにも来ません」
三万の討伐軍本隊は当然ながら、一団となって移動してはいない。
警戒の為に陣形を整え、小部隊ごとに配置についている。その全てが本陣から見える場所にあるわけではない。
奇襲を受けてからセシルやココが全てに駆けつけるのは無理がある。救援が間に合わないのが度重なれば、厭戦気分も産まれてくる。
今のところは許容できるレベルだけど、このまま損害だけが増え続けては……。
しばらく考えてセシルは、指示を二つ出した。
「取り急ぎ部隊一つ当たりの規模を大きくして、夜に野営する時も密接して陣を張れ。ゴブリンどもの襲撃目標を減らして、単位を大きくしてやりにくくさせる」
「はっ!」
「もう一つ、敵のゴブリンどもを集めて一挙に叩く手段を考えよう。その為には、向こうが引き寄せられるようなエサが必要だが……」
「なにか、良いものがありましょうか? ゴブリンが好きなものと言うと、思いつくのは酒と女……」
そこまでナバロが言ったところで、幕僚団は皆そろってチラっと地図を覗き込んでいる聖女様を見る。
そして、“これじゃムリムリ!”という感じで黙って首を横に振り、王子の発言を待った。
しばらくして、セシルが腹案を出しながら顔を上げた。
「以前、教会の大陸会議の時におもしろいブツがあると話に聞いた。教皇庁へ伝書鳩を飛ばして、急ぎ取り寄せるようにしよう」
「よし、すぐに準備させよう。大至急だってウォーレスに言っとけ」
しっかり一連の流れを見ていたココが幕僚団を殴り倒しながら、代わりに答えた。
「ああ。すぐに便りを出そう」
こうなりそうだと予測ができていた王子様は、その光景を見ても平然と頷いた。
ココはなかなかの地獄耳な上に、けっこう勘がいいのだ。
王子はうっかり聖女に視線をやらなかった自分を心の中で褒めながら、地図に印をつけ始めた。
そんな王子の顔を下からココが覗きこんでくる。
「おまえ、何か言いたそうだな?」
「いいや? 全然」
◆
幹部の指令により、魔王軍のゴブリンたちは十匹から二十匹程度の小勢で夜陰に紛れ、人間軍の陣地攻撃を繰り返していた。
人間に少なからず損害を与えているが、毎日の事では当然人間側も警戒する。いくら“ちょっとだけ暴れてすぐ逃げる”を徹底しても、当然ゴブリン側にも損害は出ていた。
「ギャッ! (お偉いさんは言うだけだから簡単だけどさ)」
「ギャギャッ! (毎日誰かはやられるし、負傷者も多いし、やってらんないよな)」
そんなことを語りながら夜更けに忍んできたゴブリンたちは、人間軍の野営地に見たことが無い物が突っ立っているのを見た。
「ギャッ? (なんだアレ?)」
人間が使いたがる“旗”とはちょっと違う。
地面に突き刺した棒に板が打ち付けられ、そこに何かが貼ってある。どうやら掲示板だ。
付近に哨兵はいない。
ゴブリンたちは近寄ってみた。
「ギャッ! ギャッ! (おいおい!? なんだよコレ!?)」
一瞬で我を忘れたゴブリンたちは、近くでよく見ようと一斉に群がった。
その結果、足元に張られていたロープに引っかかって“掲示板”の周囲に掘られていた落とし穴に一斉に落ちた。
前のヤツが落ちても止まらない。
掲示板だけを見ているため、学習もせずに次から次へと落ちる。
そしてロープに付けられていた鳴子の派手な音を聞いて、兵士たちが飛び出して来た……。
この晩の夜襲で魔王軍は未帰還の部隊が続出し、ゴブリンに大損害が出た。
◆
「成功しました、殿下」
「よし!」
「全く、これだからゴブリンってのは……なあ、ゴブさん」
「ギャッ! (全くだ!)」
作戦が上手くはまって喜ぶ王子たちの中で……一人(と一匹)だけが、面白くなさそうな顔で“秘密兵器”を見上げた。
ゴージャスな巻き毛のグラマー美人が艶やかにウインクし、半脱ぎの法衣をおっぴろげてほとんど裸の超わがままボディを見せつけているフルカラーの姿絵。
いかがわしい絵ではない(らしい)。
ブレマートン大聖堂で一番売れ行きの良い法具「貴男を癒す
伝書鳩で勇者の要請を転送されたブレマートン大聖堂は、大至急で“秘密兵器”を届けに来た。荷車ではなく、軽快な騎兵用の軍馬に直接箱を括りつけて聖堂騎士が騎乗で届けに来る念の入れようだ。ブレマートン“大聖堂”が役に立っていると、よっぽどアピールしたいらしい。
届けられた姿絵は廉価版の“普及用”で額縁などは無く、印刷された紙だけが数百枚収められていた。だから小部隊の野営地一つ一つまでに罠を仕掛けることができた。
その際、届いた噂の肖像画を見て。
廉価版でさえフルカラーなことに、ナバロ初め幕僚たちは驚いた。
鳩が手紙を届けた直後に出発したとしか思えない速度に、ゴートランドの聖堂騎士団長は舌を巻いた。
速過ぎる配送に「よくこんなに用意できたな」と聞いたら「取り急ぎ店頭在庫を掻き集めました」と返され、印刷技術の確かさと商都エバーレーンの豊かさにセシルは驚愕した。
届けに来たブレマートンの聖堂騎士の鎧に「出前迅速! 安心! 確実!」と大きくスローガンが入り、残りが商店の広告で埋まっていることにココはため息しか出てこなかった。
「私がジジイどもに教団一の守銭奴とか言われているの、絶対納得いかねー……」
「まあ、助かったのは確かだけど……ブレマートンはもうちょっと、なんていうか……」
「言いたいことは分かる。けど、今回ばかりはその堕落っぷりに感謝するしかないな」
言いたいことがうまくまとまらなくて口元がモニョモニョしているココに、もう空笑いしか出てこないという顔でセシルが付いていた手紙を見せた。
「
「そんな功績で聖人になれたら、前代未聞どころか空前絶後だな」
「……あながち、ありえなくもないぞ。だって今、実際にこの絵が大戦果を挙げて魔王討伐軍の将兵を助けたわけだからな」
「のおおおお……!」
言われてみれば、その通り。
……会ったこと無いけど。絶対私より聖職者に向いてないだろ、コイツ……。
ココは掲げられている「
そう言いたくなるのは、決して嫉妬じゃない。
たぶん。
きっと。
……そのつもり。
◆
ゴブリン部隊に大打撃の報を受け、幻魔グラーダはしばらく無言で歯ぎしりをしていた。
ゴブリンどもが潰れるのが予想より早い。
ミノタウルスやオークもそうだが、人間どもは種族の性質をうまく利用して効果的に殲滅してきている。
「くそっ、これが勇者と聖女か……!」
持っている能力や現在の強さがどうだの言う前に……。
タチが悪すぎる。
「仮にも聖なる何とかの使徒だろうが、二人とも!? ゴブリンを“
潜入工作をしていた
気が付けばそのネブガルドが、グラーダの顔を横から覗き込んでいる。
「……なんだ!?」
「策が失敗して泣いちゃった?」
「泣いてなぞおらんわ!」
「気持ち、わっかるわー……おまえとはうまい酒が飲めそうだ」
「だから違うというに!?」
「まあいい、勇者の場所は既に判明した」
グラーダは気を取り直した。
ゴブリンを投入したのは嫌がらせの為だけでない。
グラーダがピンポイントで勇者の本陣に攻撃を仕掛けるため、偵察に当たらせていたのだ。
通常ならどこにいるのか細かい偵察なんかしなくても、勇者パーティを襲えばよかったのだが……今回の場合はそのパーティが三万人もいて、付近一帯に分散しているから本命が何処にいるか分からないって……なんだよ、それ……。
「ええい、些細なことは良い!」
とにかく勇者か聖女を消す。それが最優先だ。
グラーダは歩き出しながら、配下に向けて怒鳴った。
「明日にも強襲をかけるぞ! ゴブリンども、配置に付け!」
「ギャッ! (グラーダ様もポスターもらいに行くんですか?)」
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