第150話 聖女様は焼肉パーティーで盛り上がります
ゴブリンの接敵を受け、警戒しながら進んだ魔王討伐軍。
その進路には、生意気な人間を蹴散らそうとオークとミノタウルスの大部隊が既に展開を終えていた。
待ち構えていた魔王軍に対し、人間側もすぐに受けて立つように動き始める。この辺りはさすがに軍隊、冒険者の集まりとは反応速度が違う。
だが、これだけの魔物の大群に囲まれるだなんて経験は、当然兵士にだって無い。
いつ開戦の一声がかかるか分からない一触即発の空気の中、相手陣営から悠然と一匹のオークが進み出てきた。
オーク自体が人間と比べてもかなり大きいが、いかにも指揮官という感じのソレは更に頭一つ大きい。もちろん横幅もだ。
「他のオークより二回りもデカいぞ……あれがオークキングと言うヤツか」
その姿にセシルは思わず呟いた。
実在が疑われていた伝承の魔物がいる。
いくら余裕を演じたくても、さすがに落ち着いてはいられない。
「なあココ、あれはやっぱりオークキングかな? おまえはどう思う?」
王子様が隣にいる聖女に意見を求めて横を見たら……そこにココがいない。
「……あれ?」
首を傾げながら正面に顔を戻したセシルが、自陣の前にノコノコ出て行っているココを見て悲鳴を上げるのは五秒後の事である。
オークキングは地を埋め尽くす人間を見ても、何とも思わないようだった。
悠然と睥睨し、無表情ながら面白そうな口調で言葉を発する。オークも上位種のキングともなると、人語を操るのだ。
『数だけは一人前に揃えたようだな……だが人間ごときでは、な』
余裕綽々のオークキングは、わざとらしく首を回しておどけてみせる。
『やれやれ、おまえらは顔の区別がつかんな……勇者とやら、部下の中に埋まっていないで出て来て見せろ! これだけの数を殺してから一々拾って確かめるのも面倒なのでな! 自分で名乗ってくれるとありがたい。その勇気があれば、だがな!』
ずいぶん見下した物言いだが、このオークにはそれを言えるだけの気迫があった。
討伐軍の隊列の先頭では、運が悪い兵がもう蒼白になって震えている。
向こうがあのように見栄を切っている以上、こちらも同様に舌戦で返すのがこの時代のお約束だ。
こちらの勇者、ビネージュ王国のセシル王子は何と返すのか?
魔物たちから目を離せない中、特に本陣に近い兵士たちは押し黙って“勇者”の切り返しを待つ。
そんなところへ、若い男……ではなく、やや幼い女の声が響いた。
「おまえ、指揮官か?」
『うむ?』
オークキングが視線を下げると、人間の隊列の前に……これはまた、小さいのが一匹出てきていた。
メスのようだが……オークの本能がターゲット認定するか迷ってしまうくらい、まだ育っていない。
『なんだ、こいつ?』
小さいのは怖さがマヒしているのか、群れより一人だけズカズカ前に出てきている。
「私も無駄な血は流したくない。だからおまえに頼みがあるんだ!」
『む? なんなんだ?』
おかしなヤツだ。勇者にも見えないが……。
「うちの軍は三万人。おまえらザックリ数えて二千五百から三千。肉屋のおじちゃんの話だと、肉の部分だけでオークなら三十人から四十人分、ミノタウルスなら五十人分ぐらい取れるらしい」
おかしなことを言い出したメスのガキは、指を折って計算している。
「干し肉に飽きたところへフレッシュなお肉の差し入れは有難いんだけどさ。どう考えてもこの数は食いきれないんだわ。だから」
その人間のメスは真顔で、オークキングに向かって言った。
「もったいないから、半分は二週間後に出直して来てくれない?」
オークキングも長くオークをやって来ていて、無力な平オークの時代から考えてもここまでバカにされたことは無い。
自分ほどの強力な魔物に対して、この態度。
いっそ清々しいほどに挑発をし返してきたメスに関心が湧いた。
……オモチャとして、関心が湧いた。
(心行くまでいたぶってから、殺してやろう)
明確な殺意が芽生えて楽しくなってきたオークキングは舌なめずりをしながらメスに言ってやる。
『グハハハハ、威勢がいいな! せっかくだ、貴様には好きな死に方を選ばせてやろう。撲殺か? 絞殺か? それとも踏みつぶされたいか? 好きなのを選べ!』
野ブタの親分が威勢のいいことを言っている。
(うん、活きの良いのは大事だな)
古いお肉は傷んでたりするからな。
そこでココも、期待を込めて提案してやった。
「なるほど。それでは私はおまえたちに、なりたい料理を選ばせてやろう」
『……あ?』
「トンテキ、冷しゃぶ、角煮、ポークチョップ。私の好物を言わせてもらえれば何と言っても揚げたてのポーク・カツレツだが、君たちのたっての希望なら手間のかかるベーコンに加工するのも前向きに検討させてもらうつもりだ」
『……は!?』
「いやいやもちろん、気を使ってこっちの好みに合わせてくれなくていいぞ? シチューでもポークジンジャーでも、私は最大限君たちの希望を取り入れたいと思っている。南国フルーツのビネガーソース和えでも唐揚げのチリソース掛けでも、好きな料理法をリクエストしてくれたまえ」
一回言葉を切ったココが最後に一言、付け加えた。
「キミたちの最後のお願いだしな」
ココの態度にさすがにポカンとしているオークキングを押しのけて、特に角の立派なミノタウルスが進み出てきた。
『おい、オークよ。いつまで人間なんかにつき合っているつもりだ』
『お、ミノタウルス……』
ミノタウルスは標準でもオークキングに近い巨体を誇っている。
オークは一般の冒険者レベルでは十人がかりで連携攻撃をしなければ討伐が難しいとされているが、ミノタウルスはさらにその上を行く。
騎士団の精鋭が四十人、五十人と斬りかかって十人は返り討ちに合うとされていて、討伐にあたっては強力な矢か魔法攻撃の支援が欠かせない。それが無いと、この数をつぎ込んでも勝てないことがある。
そんな彼らが人間など歯牙にかける筈がない。
舌戦など興味もなく、ミノタウルスの族長はさっさと口だけ達者な人間のメスを片付けようと棍棒を振りかぶった。
『そこのおまえ、死ね』
質実剛健なミノタウルスは、余計な会話もいらない。
ココがいたところへさっさと素早く、威力のある一撃を加え……感触の無さに、戸惑って棍棒を持ち上げた。
あれほど素早く振ったのに、下にメスがいない。
『あれ?』
理由が分からず困惑するミノタウルスは、次の瞬間……向こうずねを強打され、痛みに立っていられなくなって、地面に転がった。
ミノタウルスは早いつもりでも、ココのすばしっこさはオークやミノタウルスの上を行く。奴らは市場でオヤジに追いかけられた経験が足りない。
無様に転がったミノタウルスの頭に足をかけ、ココは“聖なる
ミノタウルスの族長は、何の見せ場もないまま暗黒神に召された。
ココが“聖なる武具”を振り回しながら、呆気に取られて見ている討伐軍の将兵に向けて叫んだ。
「諸君! 私は彼らも無駄にされるのは嫌だろうと、穏健な提案をしたのだが……残念ながら、受け容れてもらえなかった」
足をかけているミノタウルスの頭をコツコツ叩く。
「事ここに至っては我々も覚悟を決め、もりもりお肉を食べるほかない!
今この場には、野菜を食えと小言を言うかみさんもいない!
バランスを考えろという母ちゃんもいない!
ロース、カルビ、タン、ハツ、トントロ! ホルモンだっていいぞ!? チラガーだっていい!
お好きな部位を、お気の済むまま貪り食え!」
魔物たちは見た。
あれほど強力なミノタウルスの族長が、全く手出しもできずに屠られるのを。
兵士たちは見た。
小さなか弱い女の子が、いとも簡単に巨大な魔物を倒すのを。
もちろん、頭ではわかっている。
アレは聖女。人類最強の聖心力の使い手にして、儚げな容姿と裏腹に魔物との戦いに慣れた歴戦のつわもの。
……だが。
どうしても思ってしまうのだ。
オークやミノタウルスなんて、女の子が簡単に絞めてしまえる程度の脅威なのだと……。
勝利のポーズを取るココを見つめ、誰もが無言の世界で……一人、誰かがポツッと言った。
「……なんでえ、たかが肉じゃないか」
平原を埋め尽くす兵士たちが、雄たけびを上げながら魔王軍へ向けて突進する。
今からバーベキューをやるのに、自分だけありつけないなんて考えたくもない。
聖女に言われるまでもなく、戦場の携帯食に飽きて新鮮なお肉を渇望していたところへ……オークとミノタウルス。
市場に出回れば超高級肉。
自分たちの口に入る機会なんて、今日を逃してあるわけがない。
そして今日は、狩ったヤツは好きな部位を好きなだけ食っていい……。
逃げまどうオークに四方八方から兵士が切りつける。
その一撃が効くかどうかなんて考えない。
とにかく集団戦法で数が少ない魔物を押し包み、被害度外視で袋叩きにするのだ。
戦場の様相は一方的な展開になっていた。
「いきなり致命傷を負わせようと思うな! 膝から下を狙え! 一度倒れてしまえばもう移動できない! こっちのものだ!」
セシルの叫びに、騎士も兵士も脛やふくらはぎに剣を叩きつける。
倒れた魔物にはさらに人数が殺到し、棍棒を振り回すミノタウルスも脚部ばかりを狙われて次々に巨体を引き倒されていく。
『バカな!? なんだこの攻撃のしかたは!? 人間ども、騎士の誇りとやらはどうした!?』
剛腕で人間兵を弾き飛ばすオークキングが怒鳴るが……。
その頭にモーゲンスタンを叩きつけた聖堂騎士団長がうそぶいた。
「許せ、オークよ。プライドじゃお腹は一杯にならないのだ」
この日の夕飯は盛り上がった。
「月に一回で良いから、こんなふうに食えるヤツだけ攻めてきてくれないかな……」
口いっぱいにカルビを頬張り……ココは幸せそうにつぶやいた。
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