第119話 司祭は選挙にアタフタします

 ウォーレスが聖女にやきもきしているあいだにも、その隣では教皇とうじしゃを除く教皇庁高官によりリコール選挙の可否が議論されていた。

 “教皇は筆頭大司教なので、同格であって上司ではない”

 これが大司教たちの理屈だが、教皇庁自体は教団全体の統治機関で大聖堂宣教部の上位組織とすんなり認められている。ちょっと不思議なねじれ現象だ。


 そのため、彼らが協議をしているのだが……。

「……これもスカーレット派の計算ですかね」

「何がだ?」

 ウォーレスが舌打ちしそうな顔で呟くのをココが聞きとがめた。

「再選挙になれば教皇庁が選挙を管理します。そして教皇庁は教皇聖下の支配下です」

「それは言われなくてもわかるけど。有利……になるなら、おまえがそんなこと言わないよな」

「そうです」

 ウォーレスの眉間のしわが酷いことになっている。

「応援に入る者と中立を守る者を分けることになるでしょう。選挙が終わるまで、教皇聖下の部下が半分になります」

「あー……」

 まさか選挙管理委員会を、どうでもいいヤツだけで編成するわけにも行かない。教皇がアテにするような人材が何人も抜けてしまう。

「意外とヤツら、賢いな」

「全くですね」

「ホントにゴートランド教団?」

「……どういう意味か、聞くのはやめておきます」




 ウォーレスが最初に言っていた通り、教団の規約にある以上信任投票は実施すると決まった。

 問題は立候補者だが……。

「ワシは止めておこう」

 ブレマートン派のモンターノ大司教は降りた。

 必然的に立候補者は強制参加の信を問われる教皇ケイオス七世と、弾劾者のスカーレット派ヴァルケン大司教となる。


 早々に諦めたのが意外な気がしたので、ココはモンターノに聞いてみた。

「なんでやらないんだ? 利権を増やすチャンスだろ?」

 公の場で、この聞き方は無い。

 聞かれたモンターノは酸っぱい物でも口に入れたみたいな顔をしている。

「無駄なんじゃ」

「ムダ?」

 見ればブレマートン派は全員白けた顔をしている。一発逆転のチャンスとか思っている者が一人もいない。

「教皇選は基本的にゴートランド大聖堂の候補者が勝つんじゃ」

「……出来試合やおちょう?」

 だとすると選挙でカネが動くのか?

 ココちゃん、ちょっとジジイの喧嘩に興味が湧いてきた。


「ブレマートンは(超)世俗派だからトップには成れない。スカーレットは現実に適応できないから嫌われる。結局選択肢はすべてにほどほどなゴートランドになる。ゴートランドが不参加でなければ、毎回その流れじゃな」

 銭闘せんきょせんの結果ではないらしい。

「だから出るだけ馬鹿らしいのじゃ。それがいつまでも呑み込めないスカーレットは、毎回チャレンジして当て馬になっておるが」

 モンターノの簡単な説明でココにも話が飲み込めた。

 ついでにまた賄賂をもらいそびれるみたいなのでガッカリした。

「……どうでもいいけどおまえ、公共の場で割とはっきり毒を吐くんだな?」

「おぬしほどではないわ」

 



 ブレマートン派が乗らないのは分かったが、モンターノの話を聞いてココは一つ違和感を感じた。

(スカーレット派の上層部、なにか企んでいるな)

 どうもアイツら、不利なわりに顔色が良すぎる。


 上級神官を集めて投票するならちょうど今、大陸会議の最中が良い。それを狙ったのなら、スカーレット派は前々から準備を進めていたんだろう。

 ただ、教団の上級神官は三大派閥のどこかに入っているはず。

 その人間で選挙をやっても、結局は派閥の勢力図通りにしかならないのでは……?


 さらに言えば立候補しないブレマートン派を、スカーレット派が切り崩せるとは思えない。陰険ジジイヴァルケンが勝てば締め付けがきつくなるのが分かっていて、スカーレット派に票を入れる筈がない。


 結論を言えば、スカーレット派はまともに選挙をやったら勝てない。

(ヤツら、何を考えているんだ?)

 ココがその先を考えようとした時……向こうが先に答えを明かしてくれた。




「大司教、正気ですかの!?」

 ゴートランドの執事長が叫んだ。穏やかなのが取り柄の老司教にしては珍しい。

 ココが人だかりを覗くと、陰険ジジイヴァルケンが顔に自信を浮かべて頷いていた。

「もちろん。聖職者だけで選挙をやり直しても、結局は数の論理で押しつぶされるだけではないか」

(おっ、さすがに分かってるのか)

 ココはあのジジイにもまともに判断力があるのかと感心した。

「この度の投票はそもそも現教皇の治世の妥当性を問うもの。であるならば、これくらいイレギュラーなことをして現実を見なければ、正確な評価など出てこない!」


 ヴァルケンはなにやら自信満々に演説しているけど……。

 ココは青い顔をしているウォーレスの袖を引いた。

(おいウォーレス。あのジジイ、何を言い出した?)

(……従来のような大陸会議での票決ではゴートランドが多数決で押し切るだけだと)

(それは分かる。で? 何をしろって?)

 ウォーレスは窓の外を見た。

(…………王国の力を借り、王都の市民に教皇の評価を問えと)


 ……市民。


「この街にどれだけの人間がいると思ってるんだよ⁉」

「私に言わないで下さい!」

「よその教徒だっていっぱいいるぞ⁉ 読み書きができない人間が市民の何割ぐらいいるのか、想像もつかないぞ⁉」

「だから私に言わないで下さい! スカーレットみたいな田舎町に籠っている連中は、街の住人なんて顔が覚えられるぐらいしかいないと思っているんですよ!」

 スカーレット派が凄い殺気で睨んでいるが、疲れ切ってて頭のネジが飛んでるウォーレスは気にしない。

「どうせ言い出しっぺは口を出すだけですよ! 実際に準備をする方がどれだけ苦労すると思っているんだ! そのくせ文句だけはグチグチと……! あああああ,もう嫌だーっ! 仕事を増やすバカを殺したい!」

「お、おお……まあウォーレス、落ち着け! な?」

 自分が最初にキレたのに、何故かなだめるほうに回っているココだった。



   ◆



 意外なことに客間から呼ばれたセシル王子は、ヴァルケンのとんでもないアイデアに乗り気だった。

「なるほど。確かに教皇聖下の業績を評価するのに、教会の人間は不適かもしれないな」

「だけどセシル……町の人間にどうやって聞いて廻るよ?」

「うん? 方法はないわけじゃない」

 一番ココが懸念していた点を、セシルは気にしていないようだった。

「我が王都は民政に力を注いでいるからな、商業地区や上流住宅街は住民簿がある。下町は……役人に神官を同行させて、趣旨を説明しながら住民リストを作れば有権者の確定も無理じゃない」

 なんだか王子様、その場でアイデアを次々と思いつきながらウキウキしている。存外にワーカホリックな性格のようだ。


「頭数を調べるのはいいとして、下町や貧民街はほぼ文盲だぞ?」

「投票日にブロックごとに住民を集めて、挙手させて数えればいい」

 王子様はなんだか黒い笑みを浮かべて、一人でくつくつ笑っている。

「これは、王都の皆戸籍化が実現するんじゃないか? ……いままで闇社会に近くて容易に手が出せなかった貧民街も、教会のせいにして住民管理を進められるな。しかも経費は当然、面倒な仕事を振ってきた教会持ちだ! はははっ! いいな、これ!」

 セシルの独り言に、教皇庁の経理関係の職員たちが青くなる。王子様、何やら選挙に不必要な分まで本格的なことをした上に勘定を教団へ回す気だ。

 しかしこちらから無理を言って協力してもらうので、出し惜しみもできない……。


 ココはヴァルケン大司教を振り返った。

「悪魔に取引を持ち掛けちまったな……骨までしゃぶられるぞ、きっと」

「いや、私はそんなつもりで言い出したのでは……⁉」

「神官は金銭感覚が無いから嫌だねえ~」

「おまえも神官だろ、ヘロ何とか」



   ◆



 方針策定会議の最終日は、あまりに予想外の出来事でメチャクチャになってしまった。

 夕陽を見ながら、ココは今日の茶菓子にまだ手を付けていなかったことに気が付いた。それぐらい急転直下のドタバタ劇だった。


 ココは後ろを向いて尋ねた。

「なあウォーレス。結局、議題最後まで進んだっけ?」

 椅子の背もたれに引っかかって放心している教皇秘書は、なんだか脱ぎ捨てた上着に似ている。

「……もう、どうでもいいです……ふふっ、大陸会議が予定通りに収まらないことが確定したんです……準備の、苦労が……」

 そしてボソッと小さな声で。

(あのハゲオヤジ、殺してやる……)

 相当に疲れが溜まっているようだ。


 それにしても。

「セシルからの請求、どうなるのかな。アイツ、こういうところ容赦ないからな……嬉々として青天井の請求書を持ってきそうだ」

 ココの肩に不意に腕が廻された。

 いつの間にか客間に引っ込んだはずのセシルが戻ってきている。

「その上限知らずの請求からバックマージン何パーセント回したら、結婚誓約書にサインしてくれる?」

「私は枕営業はしない身体は売らない主義だ。だが……キックバックしてくれるなら、おまえの欲しい情報を提供する用意はある」

「聖女様!? 機密を漏らしたら背任ですからね!」

「おまえは寝てろ、ウォーレス。これは子供同士の微笑ましい秘密の会話だぞ? 大人が入ってくるな」

「全っ然、微笑ましくないです!」

 

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