第48話 聖女様はパジャマパーティーで夜更かしします
誰もが寝静まった夜更け。
月明かりが降り注ぐ中、ココは不意に目が覚め起き上がった。
「んー……」
はじめぼんやりしていたココだけど、目をこすって自分の部屋を眺めるうちに普段とどこかが違うことで目が覚めた。
暗く闇に沈んだ室内の様子がよく見える。いや、窓から入る月光だけに照らされているにしては見え過ぎている。
ココは布団から手を出してみた。身体が燐光のような不思議な淡い光を帯びている。それから後ろを振り返り、自分が大口を開けて熟睡しているのを眺めた。
判っているけど、ついつい舌打ちしてしまう。
「……あのやろう、またかよ」
寝直すわけにもいかないので、ココは起き上がってベッドから床に降りた。ぐっすり寝ている自分を置いて、閉まった扉をそのままつき抜けて廊下に出る。
本当ならこの時間、廊下は先が見通せないぐらいに薄暗い。だが常夜灯以外は火が落とされているはずのそこは、今夜に限っては真っ暗なのに昼間と同じに見える。
やっぱりだ。
「……めんどくさいなぁ」
ココは思わず本音を漏らしてしまう……また今夜も、いつもの呼び出しだ。
足元さえ見えていれば、そこは勝手知ったる
誰にも出会わない。
ここマルグレード女子修道院では見回りもいないのでおかしくはないけれど、おそらく不寝番が居ても同じことだっただろう。霊体だけのココを視認する事は誰にも出来ないに違いない。
いや、そもそも今……時間が進んでいるのかも疑わしい。
初代聖女が建てたと言われる半分廃墟の古い礼拝堂に着くと、ココは建物を迂回して裏へ回り込んだ。
裏口の脇にある打ち捨てられた小さい庭園の跡には、濁って底も見えない小さな池がある。今そこは青白い光に輝き、昼間のような明るさでほとりに座る柔和な笑みを浮かべた女性を照らしていた。
『よく来てくれましたね。聖女ココ』
彼女の声は、耳からではなく直接頭の中に響いた。
慈愛に満ちた笑みをココに向ける女を、強制的に起こされて不機嫌なココはじろりと睨み返す。
「口だけねぎらうぐらいなら、呼び出しなぞかけないで朝までちゃんと寝かせてくれ。一日働いたのに、何が悲しくて睡眠時間を削って報告に来ないとならないんだ」
ココは不満を隠すことなく吐き出すと、許可も取らずにどっかりと女神ライラの前にあぐらをかいた。
ココはいつもと同じように、への字口で女神を睨む。
「あのさ……いつも言ってるだろう? 降臨するなら昼間にしてくれよ。つまらない修行の時間がつぶれるし、私も夜は朝まで寝てられる」
聖女の要望に女神がチャーミングな笑顔で言い返した。
『今日だってあなたは朝まで寝ているのよ? 身体のほうは』
「屁理屈はいいから! 意識が起きてたら徹夜と同じだろ!」
女神は苦情に取り合う気はないようだった。不機嫌なココの様子も面白いのか、コロコロと愉快そうに笑うばかり。
『あー、この口の悪さ! 本当にあなたは面白い。退屈しないわあ』
「そっちは暇そうで羨ましいな! 私はおまえの暇つぶしで雇われたのか? 大げさな神託まで出して、聖女に私を据えた理由が井戸端会議をしたいからか? 頭がどうかしてるぞ」
『天地の森羅万象を司る女神にそういう口の利き方をするあなたも、普通に考えたらどうかしているわよ。まあ、そういうところが面白いのだけど』
笑いが止まらない女神に、態度を揶揄されたココは渋い顔。
「ひれ伏して欲しければ、おまえの信徒から選べばいいのに。聖女に成りたがっている奴はいくらでもいるんだぞ?」
出身に問題のある聖女を未だに疎ましく思っている貴族、特に同年代の令嬢は多いと聞く。“賤民に務まるぐらいなら私の方が……”という陰口も。
ちなみにマルグレードに在籍または卒業した、直接ココを見知っている令嬢たちからは何故かそういう声が上がらないそうだ。ココの人徳かもしれない。
『あら? あなたに嫉妬する皆さんが成りたがっているのは、聖女ではなくて王子の婚約者ではなくて?』
「ホントに、余計な事ばかり知っているな……」
おそらく……じゃなくて間違いなく女神の言うことは正しい。ココを陰で悪く言う、貴族のお嬢様方の本音はそっちだろう。
それが判るだけに二の句が継げず苦り切っているココに、女神ライラは心持ち真面目な顔で語りかけた。
『じつのところ、時々呼び出している聖女なんてあなたと最初のマルタぐらいです』
「そうなのか? 暇なときの話し相手に聖女を任命しているのかと思ってた」
ココの理解もひどい。
『しないというか、できないというか。神託の形ならともかく、私の呼びかけに気がつくのにはそれなりに大きな聖心力が必要ですから』
「ん? それって……?」
まるで歴代の聖女は能力が足りないといっているような……。
『それに、あなたを聖女に指名したのは私がもっとも相応しいと判断したからです。信徒かどうかとか、身分がどうとか、そんなことは私にはどうでもいい些細な事ですから』
女神の言葉を受けて、ますますココが首を傾げた。
「あれ? そういや、ここ最近の三、四十人はみんな貴族や王族だったんだろ? 何か必要があったからじゃないのか?」
『そう言えなくもないのですが』
どことなく微妙な言い回しをする女神。
『それについては、他の方には話さないで欲しいのですが』
「うん? 別にいいけど」
ココの約束を受け、女神は秘密を打ち明ける割には軽い様子で先を続けた。
『彼女たちは、別に使命があったわけではないのです』
「……は?」
『敢えて言えば……居るだけで良かった、とでも申しましょうか。“聖女”という存在を伝説にせず、生きている制度として残すために代を継ぐ必要があったのです』
女神はうっすら微笑むと、ココに掌をかざすようにした。
「本当に必要になった時に神託を下ろしても、誰も信じないのでは困ります。だから聖女の代替わりのたびに私の意思を示し、私も聖女も実在するのだと誇示するのが目的でした。つまり彼女たちの仕事は、就任した時に終わっていたのです』
「何て言うか……そりゃ、口外できないな」
気位の高い高貴な方々が名誉ある地位についたと思ったら、実はいつか来る誰かの為の踏み台でした……本人に言えるわけがない。
『トニオが貴方に言ったのは半分正しいのですよ。聖女を降りた後、生活に困らない人を指名したというのはあります。まあ、それと……代々王侯貴族が指名される高貴な職務とされれば、“聖女”の仕組みが廃れず残るだろうという打算はありました』
「女神の口から“生活”だの“打算”だのなんて言葉が出てくるのも新鮮だな」
話をしながら、ココは今のところで引っかかるものを感じた。
「ところで、トニオって誰?」
『えっ? ……ああ! えーと、今なんでしたっけ?』
女神が意表を突かれたような顔で額を押さえた。何でも知ってる神のくせに記憶を探す必要があるらしい。それともこれも自分を人間臭く見せる演技なのだろうか、とココは不思議に思った。
『えーと、ほら、あなたがジジイと言っている人です。役職に就いて名乗りを変えたんでしたね』
「あー……
たしかにケイオス七世なんて、どこぞの王様みたいな名前を最初から名乗っているわけがない。
「……なんで私と王子の関係とかジジイとの会話を知ってるくせに、ヤツの名前は覚えていないわけ?」
『興味が無かったものですから』
何にも悪気がなさそうに
「それが全知全能の女神さまの言うことか」
思わずツッコんだココの言葉に、どういう神経なのか女神が胸を張る。
『世界のあらゆることを司っているのですよ? 細かいことまでいちいち記憶していられませんよ』
「“あらゆる”って言葉の意味、知ってるか?」
『見えているのと口を出すのは違います』
「……道理で地上にゃ天の恵みが行き渡らないわけだ。犯罪がはびこるのも無理ないや」
『さすが経験豊富な
「言ってくれるじゃないか」
呼び出されたからって真面目に話をする気になれないのは、きっとこのおちゃらけた態度のせいだろうな……。
ココはあっけらかんと笑う女神をジト目で眺め、肩を落とした。
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