第16話 聖女様は野次馬もお好きです
ココはウォーレスの後ろについて早足で歩きながら、横のナタリアに囁いた。
(おいおいナッツ、これは面白くなってきやがったぜ)
(面白いとか言わないで下さい! それと、今からでも見に行くのを止めましょうよ!?)
(せっかくの
(もうやだぁ……)
問題の起きている現場に近づくと、人垣の向こうで大げさに騒ぎ立てるオッサンと懸命になだめる徴収係の見習司祭が見えた。
ココは心配そうな顔をしつつも、ナタリアにだけ聞こえる声でボソッと呟く。
(あー……ありゃダメだ)
(わかりますか?)
(あれは判ってやってるクチだ。筋違いやおかしな理屈でも、大声で喚きたてれば相手が引くと思ってわざと騒いでる)
困惑しきっている見習司祭の向こうに見える問題の人物は、ブクブクに太った身体をこれ見よがしに豪華な衣服で包んでいる。その成金の見本みたいなオヤジはわざと周りに聞こえるように、大げさな身振り手振りで大声を出していた。
「なんと! ゴートランド大聖堂では金が全てと!? 信仰心には値段が付くと仰るのですかな!?」
「いえ、そのようなことは……」
「違うと!? さっきから金を払えと仰っているのに違うと!? 私が学のない一商人だとからかっておられるのですか!? 栄えあるゴートランド大聖堂の学僧が!」
「いえ、ですから……」
オッサンはもう泣きそうな徴収係に、相手が恥をかくように嫌味な言い回しでねちねち絡んでいる。
(相当にスジが悪いクソオヤジだなあ……)
驚く、呆れる、怒りを覚えるを通り越し、ココでさえ放心してしまった。
(市場じゃたびたび見かける嫌がらせのテクニックだけど……ここ、大陸最大宗教の総本山だぞ? しかも場所をわきまえないとかじゃなくって、そのゴートランド教相手に喧嘩を売ってるって……)
政治にも経済にも大きな影響力を持つ宗教界の権威を相手に、盾突くどころか自分から喧嘩を売るなんて正気と思えない。店がつぶれる瀬戸際だとか言うならまだわかるけど、たかだか半銀貨一枚を踏み倒す為にここまでするか?
いっそ他宗教の刺客が殉教覚悟で捨て身の名誉棄損攻撃に来たのかとも思ったけど、このオッサンからはその手の狂気は感じられない。本当にただ小金をケチっただけのようだ。
近くで見守る商人たちが囁き合うのが、ココの耳に入ってきた。
(おい、アイツ確か……西大通りのベルクマンじゃないか? あの廉売屋の)
(アレがあの“素人泣かせ”のベルクマンか! 最近、商売神シャイロの神殿を出禁になったと聞いたが……これじゃ納得だな。自分は神より偉いと思っているのか?)
聞き耳を立てているココに、反対側からナタリアがそっと袖を引いてきた。
(信仰している神殿を除名されるって、どれだけ酷い人なんでしょうか……?)
(見ての通りだったんだろ? シャイロ神殿て、割とユルいはずなのになあ)
今の僅かな情報で断定はできないけど、どうもあくどい手口で急拡大した商店主らしい。これまでがなんでも思うように上手くいきすぎて、調子に乗るどころか唯我独尊になってしまったと。
(高く伸び過ぎた鼻っ柱を何かで叩き折られないと、コイツは絶対更生しないだろうなあ……)
声の大きい人間に世の中引きずられやすいのは確かだ。彼もその手で今まで正論をねじ伏せて、どこでも強引なやり方で恫喝して押し通って来たんだろう。
だけど上へ上へと上がっていけば、その手法はどこかで絶対天井にぶつかる。羽虫がうるさければ平手で叩きつぶすだけの、“権力”って名前の巨人がいるのだから。
権力を恐れる側から駆使する側へ回るには、相手に取り入り自分もそちらの側へ引き上げてもらわないとならない。その為には的にかける相手をよく見ないとならないけど……ベルクマン氏は残念ながら、大海の潮目を読めない御仁だったようだ。
(ウォーレスが出て来たしなあ……ヤツの傍若無人ぶりもここまでか)
金を惜しむ気持ちは判るけど、ならばなおのこと不可避なコストは出さねばならない。ココだって飢え死にしそうな時は万引きにこだわらず、動けるうちになけなしの(拾った)金でパンを買った。ケチたる者、身の程を知らなければならない。
己を知る謙虚系元窃盗常習犯のココはそう思った。
ココがぼんやりそんなことを考えている間に、ウォーレスが徴収係に代わって矢面に立っていた。
「私どもの活動は皆様からの御支援が頼りです。ですので、信徒の皆様には浄財の喜捨を願っているのでございます。ミサに参列なさるということは、趣旨にご賛同いただいたと私どもでは判断しており……」
一応柔らかい言葉遣いだけど、ウォーレスは原則を曲げず一歩も引く気が無い。当然だ。中堅の信徒たちが周りで見ている。無法者を特別扱いしてタダにしては、教会の体面にかかわる。
だけど正論を理解する相手なら、そもそもこんな場所で騒ぎ立てないわけで。
「はて、そんな決まりがどこに書いてありましたか!? 私は故あってこちらの門を叩いたばかりで、暗黙の了解というヤツは存じ上げませんでな! せっかくビサージュの王都にいるのですから、そこらの三下の教会よりも大聖堂で入信しようかと今日初めて来てみた、ええ、そう言うわけなんですが」
一回言葉を区切ってタメを作った狸オヤジは、どうなる事かと見守る群衆を演技クサく見まわしてからヘラヘラとウォーレスに笑いかけた。
「仮にも全てのゴートランド教会の上に立つ大聖堂で、案内に書いてもない入場料をたかられるとは! いやはや、天下の大聖堂がそれほど身も蓋もないとは思いもしませんでした!」
(言い切ったなあ、おい)
信徒たちの中で司祭に、いや教団に敢えて恥をかかす。その強心臓ぶりにココは感心してしまう。
(ココ様、あの人何なんでしょう……!?)
あんな厚顔無恥な人種を見たことが無いのだろう。箱入り娘のナタリアが怯えてしがみついて来る。そりゃそうだ。女神ライラだろうと商売神シャイロだろうと、どこの宗教だってミサに出れば喜捨を求められるなんて常識だろうに。
(すっげーなー……)
傍観者のココにはそれ以上言えない。ただ、ヤツはもう終わりだろうなあとは思う。
ベルクマン氏とやら、“世間知らずの坊主に衆人環視の中で恥をかかせれば引き下がる”。そう思っているのかもしれないけれど……自分を見る周囲の目の冷たさに気がついていない。
ここはゴートランド教の総本山。古株の信徒なら、彼になぶられているのが教皇の側近だと知っている。
たとえ今踏み倒しに成功しても、すぐに報いは来るだろう。王都の財界のほとんどはゴートランド教の信徒。半銀貨一枚で教団を敵に回した損得勘定のできない商人と、誰が付き合いたいと思うだろうか……。
そう思っていたら。
「おや! そちらにおられるのはもしや聖女様では!」
……。
(……放火魔オヤジめ、こっちに飛び火させやがったぞ)
(だから余計な事をせずに帰りましょうと!?)
思いがけない成り行きに、あのウォーレスが慌てている。今の発言でココも騒ぎを見ていたことに気がついた者も多いみたいで、ウォーレスが登場した時よりも大きなどよめきが巻き起こっている。
(ホント、空気読めないオヤジだなあ)
御指名が入った以上、出ないわけにはいかなくなった。
しがみつくナタリアをさりげなく後ろに押し、ココは一歩前に出た。
「はい、私が聖女のココと申します」
気のせいか、慇懃無礼なベルクマン氏が上機嫌になっているような気がする。コイツ、アレか? 言い返せない相手をいたぶるのが趣味なヤツか? 小娘をなぶれるのがそんなに嬉しいか?
そんな疑問を頭に浮かべながら、ココは上品ににっこり笑って見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます