C.これはデートじゃないと思う

「しーちゃんもそう思う?」

「いや......だって、言わないでしょ」


 家で格ゲー大会するのをデートとは言わない。


「家で格ゲー大会するのをデートとは言わない」

「そこに愛があればよいのだよ」

「デートの定義を破壊するな」

「隙あり、一本」

「あ」


 ざくろの下段小パンチが決定打となり、続くコンボに私のキャラはなす術もなく敗北した。無駄に大きなスクリーンに表示されるKOの2文字。ゲームやるなら大きな方がと言って2人で資金を出しあって買ったやつだ。


「よーし、それでは今日のお昼はしーちゃんの担当でよろしくっ!」

「うげー.....近くのハンバーガーで.....」

「今日こそ逃がすかあ! 最近いっつもあてが調理担当じゃんか〜たまにはしーちゃんの手料理が食べたいな?」


 確かにこのところ私は食事の支度を全てざくろに任せてしまっていた。帰りが遅いのはそうなのだけど、休みの日まで全部というのはやはり気がひける。


「──というわけで調理が楽で、洗い物も少なく、それでいて調理した感出るものを作ろうと思う」

「しーちゃん......利己的というか、もうとにかくカコワルイぜ......」


 と、とにかくまずは食材を確保しなくてはならない。


「んー......冷蔵庫何入ってる?」

「細ネギ」

「あとはー?」

「......」

「......それだけ?」

「これだけ」


 思い出してみればざくろの料理はなんか食材がギリギリだったような気がしてきた。にんじん抜きのカレーとか、卵のカバー範囲が微妙なオムライスとか、里芋のない筑前煮とか......!


「もしかして、全然買い物行ってない?」

「そうですね」

「......」

「すまん」

「すまんじゃねえええええ! クロは今週ずっと家いただろ!! 逆になんでそれで食卓を維持できたんだよ?!」

「ち......筑前煮から里芋を抜いたりしてました」

「知ってるよ!!!!」



 私は嫌がるざくろを無理やり連れ出して近場のスーパーへ向かった。

 とにかく楽に済ますならお刺身がベストだ。並べれば成立するので食事としての体裁を維持できる。少なくとも里芋のない筑前煮よりはましなはずだ。いや、だとしても作業量考えると筑前煮に敵うわけはないのだけど。

 シーフードエリアで生き残った者の中からサーモンを発見する。橙っぽい色もかわいいので、彩りを添えるのにちょうどいい。私は血の色感が強いマグロよりもこっちの方が好みだ。


「なににするの?」


 すっかり外の空気に慣れたクロは家と同じペースで話してくれる。一回出てしまえばこんなものだけど、その出るまでがつらい。私は外国人ウケしそうな漢字Tシャツと並んで歩きたくないので、着替えさせるところから全てが始まるのだが、ざくろの質量は私のそれを上回るので、もはや戦場の様相を呈する大抗争になってしまう。

 よって私はもう調理する体力が──ない。

 

「んー......親子丼にしよっかな」

「やったー! あたいあれすきー」


 計画通り。ざくろは味の濃いものに弱い。

 玉ねぎとアボカドをカゴに入れ、今日の昼分の食材は確保した。あとはこの常時スタミナ切れの漫画家が具材をケチらないで済む程度の食材を手に入れておきたい。そもそもスタミナ切れにならないでほしい。課金か、課金しろということか。


「とりあえず卵はいるよね、あと朝用の食パンとかも」

「あちきはお菓子も欲しいですぞ」

「クロはそればっかりだなあ......」


 とか言いつつカゴに入れちゃう私も私だ。


「んふー」

「どうしたの気持ち悪い」

「ひどいなあ、私はただ」

「ただ?」

「新婚さんみたいだなって思っただけ」


 ざくろはこういうことを普通に平気で何も考えずに言う。私の気も知らないで。

 ──私たちは、そうなれないのに。

 私は黙り込んでしまう。ポンと肩に手が置かれた。


「大丈夫、しーちゃんはすぐ調理サボるけど」

「なにがだいじょうぶなの」

「ちゃんとお嫁さんしてるよ、調理サボるけど」


 なんで2回言うかな。



「はい、親子丼オルタネイティブ」

「わーい」


 親:サーモン

 子:いくら


「お、ちゃんと細ネギと玉ねぎを刻むという努力を見せつけてきたね」

「うるさいな、誰かさんが調理してないって何度も言うから」

「あらあら、気にしちゃってた? かわいい」

「ばっ、か、かわいくなんか」


 ないし。

 ダメだ。ざくろは親子丼食べながら物凄い形相でニヤニヤしている。


「かわいいよ。昔からずっと」

「......」


 新手の詐欺か。

 あれか、新しいゴルフクラブを購入するために普段そうでもないのに急に妻の容姿を褒めちぎり始めるという旧体制的夫ムーヴか。何が望みだ。新しいゲーム機か、そうかそうなんだな。


「しーちゃん普段おうちにいないじゃん? いるときに言いたいこと言っておこうと思って」

「......」

「いつ、この生活続けられなくなるかもわからないし」


 そうだ。私たちはなんだかんだやっているようだけど、この状態が崩れないなんて保証はない。

 事故、事件、病気にお金。何があってもおかしくないんだ。

 私たちは食後すぐまた格闘ゲームを始めた。今度は皿洗いを賭けた勝負。


「しーちゃんが投げ技に弱いのは知ってるぜ」

「投げが来るとわかってるなら!」


 結果は私の完全勝利。勝率4割の私にしてはなかなか奮闘したと思う。

 台所でざくろがぶつくさ言いながらどんぶりを洗っているのを見た。さっきの言葉が頭の隅をつつく。

 ざくろがいなくなったら、私はどう生きるのだろう。

 普通に男の人と結婚して......それとも独りで。わからない。ただそのどれも、私にとっておぞましいものであるのは変わらない。

 すごく、独りよがりで、愛にも満たないような私の気持ちでも、この子以外に向けることはできないという確信は明瞭に心の中に存在していた。

 テーブルで皿洗いが終わるのを待って、目の前の席にざくろが座るのを見る。さっき私が淹れたお茶はまだ温かかったみたいで、ざくろはそれを愛しそうな感じの手つきで包むように持った。

 私はテーブルに上半身を突っ伏せるようにして、意を決した。


「クロ」

「なーにー」

「......すき」

「えっ、しーちゃん......なに急に、新手の雨乞い?──ひねもぐ!!」

「......もう知らん」


 私はなんでこう......タイミングが上手く取れないのだろうか。何かしなくちゃいけないときの私は常に踏み出す勇気を欠いていて、それを補うために心の中で思いっきり助走をつけて勢いよく行動に移している。でも、その勢い余ってタイミングの制御を失ってしまうのだ。


「やっぱりかわいいじゃん。たまには素直に伝えようとか思った? 思った?」


 気持ちのやりどころがわからなくなって席を立った私に後ろからざくろがしがみついてきた。


「......別に」

「あーん怒んなくてもー」

「怒ってないし」

「怒ってる人はみんなそう言うんだよ!!」


 こいつに空気を読めとかそういうことを期待する方が間違いだった。結局全部、私は恥ずかしかろうと伝えたいことは口に出して言わなければならないのかもしれない。


「......つれてけ」

「んん?」

「ちゃんとデート、つれてけ。ちゃんと休み、作るから」


 私の顔の周りの血圧はいつもより遥かに高い値を示していたようで、ザクロの返事を聞き取ることはできなかった。

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