E.コンビニバイトと常連少女

 いつもこの時間に甘いものを買っていく小学生くらいの女の子。


「また来てるな。例の」

「ええ」


 同期も難なく気づく存在感。彼女はこの店舗内で圧倒的な異質さを放っていると言える。

 なぜならば。

 なぜならば......。

 店にいる間ずっと私の方をちらちら見てくるからだ。


「お前やばいって、あの子の親とか殺してない?」

「そんなわけないじゃないですか!」


 自分の大声にはっとして両手で口を押さえる。が、発生させた音声を喉の中へ再度回収する手段などない。


「じゃあお前が殺られる側だー間違いない」

「えぇーそう来ますか?」

「どっかに依頼された凄腕暗殺者かもしれん......」

「だとしたらだいぶバレバレですね」


 棚と棚の間を上手く移動するような感じで位置を調整しながらこちらを見てくる。全くこんなコンビニバイトにそんな注目を向ける価値があるというのか、私には甚だ疑問だった。

 自慢ですらないが、私には取り柄がない。勉強が特別できるわけでも、努力ができるわけでもない。運動能力も中の下、芸術のセンスも凡人以下だ。高校に入ったはいいが、部活動は中学で懲りていたから、こうしてアルバイトに日々の放課後を費やしているというわけだ。学校に特別仲の良い友達がいるわけでもない。

 お金がある分には困らないのだから、アルバイトは時間をかけた分メリットだけが自分に返ってくる。刺激には欠けているけど合理的な選択だ。


「にしても理由がわからんよな、マジで心当たりないのか?」

「ですね......特別良いことも、悪いこともしてないはずなんですけど」

「ふは、なんだそりゃ」


 無難な生き方しかできない人間なのだ。仕方がない。何かに打ち込むほどの熱意も、何かを裏切るほどの勇気も持ち合わせていない。我ながらつまらないやつだと思う。


「あっやべえ、来るぞ」


 女の子が飲み物を抱えてこちらへ向かってきた。慌ててレジ前に立つ。最近人気の炭酸飲料が1点。年齢確認は必要なし。値段を表示し、受け取って、おつりとレシート。現金でならミスの心配はほぼない。


「?」


 卓上で袋に包まれている商品を見つめたまま、女の子は動く気配がなかった。


「お客さ──」

「お姉さん」

「え、私......ですか?」


 女の子はこくんと頷いた。意を決した彼女はさらに言葉を紡ぐ。


「あのっ、このあとお時間空いてませんか?!」

「あ、新手のナンパ?! あるいは詐欺!?」


 き、汚い。かわいい女の子を使えばまあ騙されるだろみたいな背後の大人の思考ってやつが──


「おいおい、これついてったら海に沈められたりとかそういうんじゃねえの......?」


 同期の耳打ちが最早おもしろネタの範疇を逸脱していく、そこまでやばそうにも見えないけど、普通にこの女の子は怪しかった。


「......だめですか?」


 でも私の無味で透明で、変化のない日々の生活に。無痛の粘ついた時間の流れに。見たことない大穴を穿ってくれそうな、そんな予感に私は襲われていた。



 学校の方の制服に着替え直して、外で待っている女の子のところへ向かった。


「はい、おまたせ」

「よかった......本当に来てくれて」


 どういうことなんだろうか。やっぱり意図が完全に読めないのは少々恐ろしい。「生きて戻れよ」とか白々しい嘘泣きで送り出された身としては。


「ついてきてください」

「えっ......と、どこ行くのかな?」

「お姉さんも知ってる場所です!」


 駆け出した女の子は結構速い。小学生の体力は無尽蔵というが、体育と帰宅以外の運動と無縁の私にはだいぶきつい。


「ここです」

「ここって......」


 高校の通学路の河川敷だった。頭の中で同期のあいつが爆笑しているような気がする。普通にやばい、物陰から黒スーツのプロが出てきて私は捕らえられてしまうかもしれない。あるいは防弾ガラスを装備した真っ黒で無骨な車に連れ込まれるとか──


「お姉さん、私に......」


 身代金を要求されるんだけど誰も払おうとしない未来が見えて泣けてきた。


「猫ちゃんとお喋りする方法を教えてください!」

「は?」


 意味がわからなすぎてガチトーンの返答になってしまった。え、何、猫?


「お姉さんいつもここで猫ちゃんとお話してるじゃな──」

「人違いだと思うナー!!」

「でも......その鞄の『とけるねこ』ストラップ、間違いなくあなただったと思──」

「私がここでにゃーとか言ってる人間に見える!?」

「はい♪」


 しくじった。これは身代金とは別のベクトルでしくじってしまった。確かに、確かに私はここの野良と放課後のちょっとした時間を過ごすのが日課だ。

 でも普通見られてるとは......思わない、でしょう。しかも自分の猫語ばっちり聞かれてる可能性まで否定できなくなってきた。わ、私の無痛の生活......とは!


「お姉さん?」

「そーだよねー......もう逃げ場ないよねこれ。バ先まで知られてるわけだし」


 私はこの女の子から逃げる手段が事実上ないのだ。通学路と帰宅時間を変更し、バイトを即座に辞める以外の方法では。どれも私が何ヶ月もかけて作り上げてきた理想的な生活習慣なのだ。そう簡単に手放せるものではない。


「ひとつだけ約束して」

「なんですか?」

「あのコンビニで猫の話は絶対しちゃダメ、いい?」


 そうだ。こんな小さな女の子に知られるくらいなら全然問題ないはずだ。レジに置いてきた──というか私よりシフト時間が長かった──あいつにバレることだけは避けなければならない。

 すんなり女の子が了承してくれたので、ひとまず私は胸をなで下ろす。


「えと、まずは名前聞かせてほしいな」

「古池みかです」


 歳上とはいえ先に名乗らせてしまった。


「私は──」

「にいづまさんですよね!」


 名札読まれてた。泣いた。


「あとごめん、私も別に猫と、その......会話できるわけじゃないんだ、よね」

「でもにゃーって言ってました」


 泣いた。


「あ、あれはあの......ごっこ遊びみたいなもので」


 何言ってんだ私。

 まあ、逃げられないコツくらいなら......なんとか教えてあげられるかな。


「とにかく、お喋りまではできないの。それはわかってほしいな」


 みかちゃんはちょっと寂しそうだったけど、一応わかってくれたみたいだ。


「なんで猫とお話したかったのかな?」


 ちょっと気になるところではある。その動機次第では別の方法で解決することもできるだろう。

 みかちゃんははっきりこっちを見て


「猫ちゃんとお話してるの楽しそうだなって思ったんです」


 なるほど。まあ、つまらなくはないよね。猫、かわいいし、この子が猫アレルギーでもなければ一緒に猫と触れ合ってるだけで満足するだろう。

 完全にふれあい動物園の飼育担当だ......私。


「とりあえず、今日はもう遅いから一旦帰ろっか」

「わかりました......また来てくれますか?」

「まあ通学路だしね、バイト前......そうだなあ、水曜日の4時くらいに来るよ。次は猫と遊べるといいね」

「やった、嬉しいです」


 みかちゃんはとにかく私と会話してるだけでも凄く楽しそうな感じだった。猫の話も、そのうち言わなくなるかもしれない。

 でも猫じゃらし買ったりしてもいいかもな。

 想定してた刺激ってほどのものじゃないけど、放課後にやるバイト以外のことができたことに私は奇妙な高揚感を覚えているのだった。

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