エレメンティアード

第99話 リッグルに乗ってみよう

 校内において無許可で攻撃魔法を使った罰で、ロイドたち三人が停学処分になったという話は、瞬く間に校内に広がった。


 しかも実際は風魔法クラスの一年生が選んだリッグルを奪おうとして火魔法で攻撃したという、すぐには信じられないものだ。


 これが風魔法クラスの生徒だけが話したというのなら、嘘だと決めつけられてしまったかもしれない。それほど学園において、風魔法クラスの生徒というのは下に見られてしまっている。


 だがこの件に関しては、王子も在籍している水魔法クラスの生徒たちもその噂を肯定していた。


 なぜか誰一人として詳細を語るものはいなかったが、停学という重い処分に、おそらく噂以上にひどい行為があったのだろうと生徒たちは噂した。


 それを聞いた光魔法クラスと教会に近い家のものたちの動揺は激しい。


 今まで彼らを牽引していた教皇の甥のロイド・クラフトまでが停学処分になってしまったからだ。


 なぜそんなことになってしまったのかと詳細を聞こうにも、そのロイドは停学処分が決まるとすぐに、次期聖女と目されているアンジェ・パーカーと共にエルトリア王国とゴルト王国の間にある宗教国家、教皇の住む聖主座国へと向かってしまった。


 残された教会派の生徒たちは、今までの勢いが嘘だったかのように、肩身の狭い思いをしていた。


 反対にのびのびとしているのは、無事にリッグル選びを終えた風魔法クラスの生徒たちだ。


 初めての騎乗の授業に、お揃いの真新しい乗馬服に身を包んで、そわそわとしながら並んでいる。


 レナリアも自分一人でリッグルに乗るのは初めてなので、ちゃんと乗れるかしらと、緊張しながらラシェが厩舎から連れられてくるのを待っていた。


「さあ、それじゃあいよいよリッグルに騎乗するけど、最初は補助の先生についてもらってね」


 ポール先生の合図で、各クラスの先生が生徒一人に一人ずつつく。


 生徒たちはほとんどが貴族だ。そしてリッグルは、大人しいといえども生き物なので、万が一の事故等が起こらないように、最初の三時間の授業は学園の教師全員が、生徒一人一人に指導することになっている。


 一年生を担任している先生たちはともかく、二年生や三年生を担当している先生たちの姿をこんなに近くで見るのは初めてだ。


 レナリアはどの先生がついてくれるのだろうかとちょっと不安だったが、横に立ったのが特別クラスのマーカスで安心した。


「マーカス先生、よろしくお願いします」


 マーカスは軽く頷くと、ラシェを横目で見た。


「本当にこのリッグルでいいのか? 一、二年時はいいが、三年の空中戦になるときついぞ」


 口調はきつめだが、その内容はレナリアを心配してのことだ。


 レナリアはラシェを撫でながら、「大丈夫です」と断言した。

 ラシェも「クルゥ」と甘えた声を上げて、レナリアに体を寄せる。


「ふむ……。この短時間でそれほど懐いたのか。では問題はないな」


 レナリアとラシェの仲睦まじい様子を見たマーカスは納得して、練習を始めることにした。


「今までにリッグルに乗ったことは?」

「父と一緒でしたら何度かあります」


 レナリアの答えは予想通りだったのだろう。


 貴族の子女が学園に入るまで一度もリッグルにのったことがないというのは考えられない。


 さすがに一人で騎乗することはないだろうが、入学前に何度か乗って、騎乗した時の高さなどに慣れておくのが普通だ。


「では騎乗の仕方も分かっているだろう。まずリッグルの左側に立つ。この首の横あたりだな。左手で手綱を持って、こうして下に軽く引っ張るとリッグルが頭を下げるから、左足をあぶみにかけて乗る。……できるか?」

「はい、できます!」


 元気よく答えたレナリアは、早速ラシェの横に立った。


 頭を下げたラシェに颯爽と騎乗しようとしたが、なかなかうまくいかない。


 左足をあぶみにかけた後に右足で地面を蹴って鞍に乗ろうと思っても、体が浮かず、右足が鞍の向こうに行かないのだ。


「レナリア、ラシェに乗るんじゃないの?」


 授業中は大人しくしていると約束しているはずのフィルが、不思議そうに声をかけてくる。


 全然ラシェに乗れないレナリアに、もしかしてこれは授業ではなくて遊んでいるだけなのでは、と思ったのだ。


(乗るわ。乗るのよ。……でも、足が上がらなくて……)


 レナリアがしゅんとして眉を下げると、フィルは「うーん」と首を傾げた。


「だったら風魔法で、体を浮かせちゃえば?」


 なんでもないことのように言うが、そんな風に魔法を使うというのは聞いたことがない。


 レナリアが目をぱちくりとして驚いていると、フィルは「じゃあボクが手伝ってあげるね!」と輝くような笑顔を浮かべた。


 そしてレナリアが止める間もなく、体がふわりと浮かんでストンと鞍の上に落ちた。


 突然のことに呆然とするレナリアは、同じく驚いている様子のマーカスと目が合い、パニックになる。


(フィ、フィル~~~!)


「ほら、簡単だっただろ? 大丈夫、練習したらレナリアにもできるよ」


 レナリアがちゃんと鞍に乗れて喜んでいると思っているフィルは、満足げに羽をキラキラときらめかせた。



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