第82話 マーカスの推論

 マーカスは周囲をぐるりと見回すと、騒動の元であるアンジェとレナリアを見た。その横には白いリッグルがいて、なぜか人参が散らばっている。


 白いリッグルは、足は速いが飛ぶのが苦手なことからエレメンティアードで一緒に戦う相棒としての人気がなく、新入生の誰からも選ばれないことのほうが多い。


 もしかしてそのリッグルを巡ってトラブルが起きているのだろうかと、眼鏡の奥の藍色の目が鋭く光った。


「ポール先生、説明を」


 そう促すと、困ったような表情のポール先生が、さりげなくレナリアとアンジェの間に割って入った。


「実はレナリアさんが選んだリッグルをアンジェさんが欲しいと言い出して……。らちがあかないから、リッグルに選んでもらおうということになったんだけどね」

「なるほど。それでこの人参か」


 マーカスはそう言うと、飼育係に目配せをして、地面に落ちた人参を拾わせる。


「それでこのリッグルもレナリアさんを選んだのだけど、アンジェさんが納得してくれなくて」


 マーカスはなるほど、と頷いて取り合いになっているリッグルを見た。


 ふわふわとした白い羽毛は確かに美しいが、体が小さく、特に変わった個体には見えない。何か他のリッグルにはない特別なものがあるのかとも思ったが、話を聞くとそういうわけでもないようだ。


 白いリッグルは寄り添うようにレナリアに体を寄せていて、明らかに懐いているように見える。


 特別でもない、むしろ能力の劣るただのリッグルをわざわざ奪おうとするアンジェの考えが分からない。


 マーカスは視線をアンジェの後ろにずらした。そこには教皇の甥ということで学園内の教会勢力の生徒たちをまとめているロイド・クラフトがいて、腕組みをしている。自分で気がついていないのか、右手の指先が苛立たし気に組んだ左腕を叩いていた。


 ふむ、と、マーカスは顎に手を当てる。


 そういえば亡くなった伯母にあたる先代の聖女のリッグルも白かったような気がする。


 母とは年が離れていたため数回しか会ったことはないが、聖女と共にいる白いリッグルは、どこか特別で神々しく見えた。


 なるほど。アンジェを聖女らしく見せるための小道具として白いリッグルを望んだか。


 マーカスはロイドの浅はかな思惑を看破すると、じっくりとアンジェを見る。


 ふわふわとしたピンクブロンドにとろけるような桃色の瞳。色白で華奢な手足もあいまって、黙っていれば砂糖菓子のように愛らしい。


 だがその顔に浮かべる表情がいただけない。


 ギリギリとレナリアを睨みつける表情は、外見の愛らしさとのギャップも相まって、醜悪に見える。

 これではとても慈愛の象徴である聖女とは呼べない。


 むしろ、ポール先生の背に庇われておろおろとしているレナリアのほうが、もし聖魔法を使えたならば、その性質を考えると聖女に向いているとも思う。


 王族の血を引きながら、驕ることなく研鑽し、相手が貴族であろうと平民であろうと分け隔てなく接する。


 守護精霊に名前をつけて親密度を上げるという功績をあげながらも、それを鼻にかけることなく周りのものたちの魔力が上がったことを喜ぶ。


 レナリアが発見した守護精霊に名前をつけると魔力が上がるという事実は、現在、魔法学園を中心に研究が進められている。


 マーカスも、自分のウンディーネに名前をつけた。

 すると不思議とウンディーネとの繋がりが深くなった気がした。


 もちろんそれ以前もマーカスとウンディーネの関係は良好だった。だが心のもっと深い場所で目に見えない絆が生まれたような、不思議な感覚を覚えたのだ。


 これはマーカスの推論に過ぎないのだが、精霊に名前をつけることによって、その血統に由来する潜在能力を発揮できるようになるのではないだろうか。


「アンジェ・パーカー。君はなぜこのリッグルにこだわるんだ?」


 アンジェは今まで特別クラスと水魔法クラスを受け持つマーカスとの接点はなかった。

 だからマーカスの持つ、成人した貴族の威圧的な気配に威圧されてしまう。


「だって、聖……あたしには白いリッグルのほうが似合うもの」

「既にこのリッグルはレナリア・シェリダンを選んでいる。他のリッグルを選ぶしかないのでは」


 レナリア以外の風魔法クラスの生徒たちも、既に自分のリッグルを選んでいる。


 一番毛並みの良いリッグルも、既にランスに選ばれている。


 このリッグルは本来、セシル王子のためにと育てられたリッグルだった。だが今年に限り、水魔法クラスよりも風魔法クラスのほうが早く牧場を訪れたため、セシル王子ではなくランスのリッグルとなってしまった。


「でもこの人が卑怯な手を使ってあたしからリッグルを奪ったのよ!」


 アンジェはそう言ってレナリアを指差す。


 あまりにも失礼な態度に、教会は聖女候補に一体どんな教育をしているのだろうかとマーカスは思わず司教を見た。


 白いひげをたくわえた人の良さそうな司教はおろおろするばかりで、アンジェを止める素振りはなく、チラチラとロイドのほうを気にしている。


 どうやらアンジェの教育は、ロイドが主体となって行われているらしい。

 だがロイドとて、まだ学園に通う一生徒にすぎない。アンジェを導くには未熟すぎる。


 これは問題だなと、マーカスはため息をついた。

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