第80話 特別扱い
新鮮!?
その言葉を聞いた全員の目が丸くなった。
エルマなど、口を大きく開けて呆然としている。
レナリアは思わず人参を持っていたほうの手を見てから、ポール先生の抱える籠に目を向ける。
その中に入っているのは、どれも同じような形の、同じような人参だ。特に差があるようには見えない。
「そんなに違いがないと思うけど……」
「そっちのほうがいい人参だったのよ!」
「じゃあ今度はアンジェさんが先に人参を選んであげればいいのではないかしら」
聖女の役目を押しつけてしまっている負い目から、なんとなくアンジェに対して強く出れないでいたレナリアだが、さすがにこれはない。
それにリッグルには「ラシェ」という名前までつけたのだ。ラシェがレナリアよりもアンジェを選ぶというのなら仕方がないが、そうでないのなら絶対に譲るわけにはいかない。
「もうお腹がいっぱいで食べられないかもしれないじゃない」
レナリアの提案に、アンジェはフンと鼻を鳴らす。
「では、私がアンジェさんの今持っている人参をあげてみるとか」
それで食べれば、人参のせいではなく、ラシェ自身がレナリアを選んだという証明になる。
いい案だわと小さく両手を合わせたレナリアの隣に、フィルとチャムが並ぶ。
「いい加減、レナリアに突っかかるのをやめればいいのに。腹が立つから。髪の毛を風の刃で短くしちゃおうか」
「じゃあねー、チャムはねー。コゲコゲにするー」
にこにこととんでもない提案をするフィルとチャムを、レナリアは慌てて止めた。
(ダメよ、そんなことをしては)
「なんで?」
「なんでー?」
(だって髪は女の命っていうのよ。とっても大切なものなの)
貴族の娘は未婚の間は髪をおろし、結婚すると結い上げる。
だからあまりにも短い髪をしている女性は、罪人くらいのものだ。
「レナリアがそこまで言うなら仕方ないなぁ」
「シカタないなー」
少し頬を膨らませながらフィルがぱたぱたとレナリアの周りを飛び回る。チャムはそれを真似て、飛び跳ねるようにフィルの後を追う。
「それならいいわよ。はい、どうぞ。どうせ食べないだろうけど」
そう言って差し出されたアンジェの選んだ人参を受け取る。
他のリッグルよりも小柄な白いリッグルの顔は、ちょうどレナリアの目の前にある。長いまつ毛に囲まれた黒い大きな瞳に、レナリアの姿が映っていた。
その周りを飛び回っているフィルとチャムの姿も見える。時折、チャムがレナリアの金色に輝く髪の毛をひと房取って、持ち上げてははらりと落とす様子も映っていた。そしてそれを見たフィルに怒られて逃げ回る様子も。
思わず笑みを漏らしてしまったレナリアは、そんな場合ではないと、咳ばらいをしてから人参をラシェにあげる。
ラシェはすぐにパカッと大きく口を開けて、人参を食べた。
シャリ、シャリという軽快な音が響く。
「どういうこと? あたしがあげた時は食べなかったのに!」
憤慨するアンジェの背に、ポール先生が優しく話しかける。
「さっきも言ったけれど、もうこの子はレナリアさんを主に選んでいるんだよ。アンジェさんにも、もう分かっただろう?」
だがアンジェはきっとポール先生を睨み上げる。
「インチキだわ! だってこんなのおかしいもの!」
ロイドが言うように白いリッグルが聖魔法を好むというなら、レナリアが選ばれるはずはない。
だから何か不正があったのだとアンジェは思った。
不正は許されない。だから自分が正すのだと、アンジェは身勝手な正義感に燃えていた。
アンジェはポール先生の持つ籠を奪って、ラシェの顔の前に出した。
「ほら。人参が好きなんでしょう。食べなさいよ!」
だがラシェは、アンジェと視線も合わせようとせず、プイっと横を向いて食べようとしない。
「なんでよ! このっ――」
それに腹を立てたアンジェは、持っていた籠ごと人参を投げつけた。
「クックルー!」
すると、それまで大人しくしていたラシェが急に高く鳴き、怒ったように白い羽を大きく広げた。
「きゃー!」
悲鳴を上げたアンジェが、後ずさった拍子に足を取られて尻もちをつく。
「アンジェ!」
急いでロイドが駆け寄ってきて、アンジェを助け起こす。
制服のスカートは泥で汚れており、白い靴下も茶色く汚れてしまっている。それに気がついたアンジェは、火がついたように怒りだした。
「あたしの制服が汚れちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」
そして目を吊り上げてラシェを見る。
「こんな凶暴なリッグルは処分すべきだわ!」
「ちょっと待って、アンジェさん。ラシェは何もしてないじゃない」
確かにちょっと大きな声で鳴いたが、ただそれだけだ。直接アンジェに怪我をさせたわけではない。
レナリアが慌てて制止すると、アンジェはハッと何かに気づいたように目を見張り、レナリアを指差した。
「あんたの仕業ね!」
「ええっ?」
突然怒りの矛先を向けられて、レナリアは、それって一体どういうこと、と困惑した。
「レナリアがそんな意地悪するはずないだろ」
「そーそー! レナリアは優しいんだからー」
レナリアの隣ではフィルが不機嫌そうに羽をブブブと鳴らしていて、チャムもプンスカと怒っている。
だがフィルたちの声が聞こえないアンジェは、構わずにレナリアを糾弾する。
その時、フィルはアンジェの横にいるシャインの光が、弱々しくなっているのに気がついた。
実際、シャインは白いリッグルがレナリアの聖魔法に惹かれて懐いているのを知っているから、アンジェのほうに非があるのを十分に理解してそれを恥じている。
だがそれを言うとレナリアがシャインに同情してしまう可能性が高いから、フィルは気がつかない振りをした。
精霊は、フィルに限らず、自分が守護するものに対しての独占欲が強いのだ。
「名前までつけちゃって。本当はもっとずっと前からこのリッグルに目をつけてたんでしょう! 偉い貴族だからってそんなのずるいわ! しかもあたしを襲うように命令するなんて!」
「誤解だわ」
「だったら何でこのリッグルがあたしに懐かないのよ。そんなのおかしいじゃない」
そんな風にキーキー怒っていたら、リッグルじゃなくても敬遠してしまうわ。
レナリアはそんな風に思いながら、助けを求めるようにポール先生を見る。
ポール先生は、レナリアを安心させるように頷いた。そしてアンジェにさとすように話す。
「レナリアさんがここに来たのは、今日が初めてだよ」
「そんなの分からないじゃない!」
「リッグルは大人しいといっても動物だからね。牧場にくるのには許可が必要で、必ず教師の付き添いが必要なんだ。ロイド君も知っているよね?」
「……確かに知っていますけど、シェリダン侯爵家なら例外として認められそうですね」
ロイドは、断定はしない。
だがその可能性もあるのだということを周りに人間に印象づけて、この場の雰囲気をアンジェに有利になるように持っていこうとしていた。
それが分かるポール先生は、深くため息をついた。
「入学してからレナリアさんが実家の権力をかさに着て威張ったことがあるかい? むしろ誰よりも謙虚に学生生活を送っていると思うよ」
「先生が知らないだけかもしれませんよ?」
「それこそ愚問だ。レナリアさんが在籍しているのは僕の風魔法クラスと、マーカスの特別クラスだ。マーカスがそんな特別扱いをしないのは、君もよく知っていると思うけど」
かつて特別クラスに在籍していたロイドも、そして王子であるセシルすら、ただの一生徒として他の子供たちと同じように教えているのだ。レナリアだけを特別扱いなど、するはずがない。
ロイドは返す言葉もなく唇をかみしめて降ろした手を握る。だが気を取り直して、更に反論をしようとした。
そこへ、低い落ち着いた声がかかる。
「これは一体なんの騒ぎだ?」
レナリアが振り向くと、そこにいたのはマーカス先生だった。
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