第73話 リッグル牧場
パン作りをきっかけとして、ランスもエルマも魔道具のロウソクの炎を消すことができるようになった。
エレメンティアードでは、生徒たちはリッグルという鳥に乗って、的に魔法を当てて点数を競う。
的の中心に近いところに魔法を当てた方が点数が高くなるので、小さな的に向かって魔法を放つ練習というのは、実はエレメンティアードの練習としても有効だ。
また高得点を取るためには、リッグルをうまく操らなくてはならない。
リッグルというのは人が乗れるほどのオレンジ色の大きな鳥で、大人しく人に慣れやすいことから、騎獣として好まれている。
生後一年ほどで成鳥となるが、羽が成長しきる三歳まで空を飛ぶことができないので、一年生と二年生は、エレメンティアードにおいては地上でのみの戦いになる。
そしてレナリアたち一年生は、エレメンティアードで自分のパートナーとなるリッグルを選びに、学園の外れにある牧場へきていた。
エレメンティアードでは最高学年以外は、同じ条件で勝利を競う。
杖は学園の森の中で採取した材料のみで作らなければならないし、埋めこむ魔石の大きさも決まっている。
リッグルも学園で生育している中から選ばなくてはならない。
唯一自由にできるのが魔石に刻む魔法紋だけで、ほとんどの生徒が魔力増幅の魔法紋を刻んでいた。
最高学年だけは個人戦となるので、余裕のある生徒は最高級の杖を用意し、血統の良いリッグルに騎乗して勝負に挑む。
特に今年は王太子であるレオナルドとレナリアの兄のアーサーに一騎打ちになるのが確実で、今から勝負の行方が注目されていた。
「ここがリッグルの牧場です。君たちが選んだリッグルはこの牧場で飼育されますが、会いにきてあげるとよく懐くので、選びっぱなしにはしないようにね」
生徒たちを引率してきたポール先生が、大きな柵の前で立ち止まった。
あいにくの曇り空で、その向こうにうっすらとにじんだ太陽が見える。
牧場を囲む緑もどこか落ち着いた色合いで、その中で草を食む鮮やかなオレンジの鳥たちの姿がはっきりと浮かび上がっていた。
期待に胸をふくらませるレナリアたちに向かって、ポール先生はまだ育ちきってはいない、羽の小さなリッグルたちを指す。
「これから生後一年のリッグルを連れてきてもらいます。幸い、わが風魔法クラスはエレメンティアードに必要な課題をクリアしたのが一番早かったので、最初にリッグルを選ぶことができますよ」
例年であれば、最初に課題をクリアするのは水魔法クラスで、風魔法クラスは一番遅い。
エレメンティアードに向けた一年生の課題は、守護精霊とスムーズに意思の疎通をはかり、的確に魔法を行使するという初歩的なものだ。
そもそも精霊の守護を受けただけでは、互いに意思の疎通はできない。
始めはなんとなく相手の思っていることが伝わる程度で、一緒にいる時間が長くなるにつれて、守護精霊と守護されるものの間でのみ会話ができるようになる。
その期間は人によって異なるが、エレメンティアードに向けた課題をクリアしていくうちに、お互いの親密度を上げて会話ができるようにするというのが学園の狙いだ。
エルトリアは王家が水の精霊であるウンディーネの守護を受けていることからも、ウンディーネとの親和性が高い。
それゆえ、最初に課題をクリアするのは水魔法クラスであるのが常だった。
だが今年は風魔法クラスが、エアリアルに対する名前つけをきっかけに守護精霊との絆を深め、ロウソクの炎を消すという課題を記録に残る早さでクリアした。
この課題については、各クラスで異なっている。
例えば水魔法クラスの課題はコップを水で満たすというものだし、火魔法クラスはランプの火を灯すというものだ。
そう考えると、決まった大きさで風魔法を当てないと消えないロウソクの炎を消すという風魔法クラスの課題は、かなり難しいといえる。
「牧場の中に入る前に、もう一度、注意点をおさらいしましょう。リッグルは基本的に大人しい性質ですが、無理に羽を引っ張ったりすると怒って噛まれたりするので、絶対にしないように。それから後ろに立つと蹴られて怪我をすることがあるので、注意してください」
柵の入り口に立ったポール先生が、生徒たちに注意事項を伝える。
何かあった時のために学園所属の騎士たちや牧場の飼育員たちが見てくれているので安心だが、それでも何年かに一度は、リッグルに乱暴をして怪我をする生徒がいる。
だから今日は不測の事態に備えるため、学園都市にある教会の神父も回復役として待機していた。
白いひげをたくわえた温厚そうな神父で、皺に囲まれた青い目は優しそうに生徒たちを見守っている。
レナリアは前世で自分たちを育ててくれた神父様に少し似ているわと、好感を持った。
「基本的にリッグルは興味を持った相手のところにやってきます。リッグルが頭を下げたら気に入られているということなので、頭を撫でてあげればパートナー成立です」
「先生、もし一羽も来なかったらどうすればいいんですか?」
エルマの質問に、ポール先生は自分の左肩を見る。
その柔らかいまなざしは、どこまでも優しく慈愛に満ちている。
「精霊に頼みましょう。そうすれば自分と相性の良いリッグルを連れてきてくれます」
ポール先生は、なんとパンをこねる練習をした翌日から、エアリアルの姿を薄っすらと捉えることができるようになった。
まだ黄色い
狂喜乱舞したポール先生は、落ち着いてから、何がきっかけだろうかと考えて、前日のパンをこねる授業のおかげだと思い至った。
今までもなぜ精霊の中でエアリアルだけ姿を見ることができないのかという議論は活発に行われていて、一般的にエアリアルの守護を得るものは総じて魔力が低いので見ることができないのだろうと考えられている。
だからポール先生は、パンをこねる体験によって魔力を練るコツをつかむことができて、それにより魔力が向上したのだろうと予想した。さっそく学園長にも報告をすると確かに効果がありそうだということで、これから他のクラスでも実践してみるらしい。
実際にはエアリアル自体の持つ魔力が高すぎて普通の人間には見えないだけで、レナリアのように魔力が高ければ普通にエアリアルの姿を見ることができるし、更にフィルのように強い魔力を持つエアリアルであれば、レナリアだけでなく血のつながった家族たちにも姿を見せ、なおかつ会話をすることができる。
ポール先生にエアリアルの姿がぼんやりであっても見えるようになったのは、レナリアのこねたパンに魔力がこめられてしまっていて、ポール先生の魔力が増えたからだ。
その事実をフィルから聞いたレナリアは真っ青になり、慌てて兄のアーサーに相談をした。
だがもう作ってしまったものは仕方がない。
幸いなことに、その原因となったパンは既にみんなのお腹の中で証拠隠滅されている。
レナリアは、パンだけではなく料理自体を作ってはいけないとアーサーから怒られたが、フィルとチャムの猛反対を受けて、自分たちで楽しむ程度ならば良いということで許された。
そして気がついたら、今度クッキーを作ったらアーサーもお裾分けをすることに決まっていた。
あれ、いつの間にそんな話に?とレナリアは首を傾げたが、アーサーが端正な顔に美麗な微笑みを浮かべて「楽しみだよ」と言うので、レナリアは「頑張っておいしいクッキーを作りますね」と約束してしまった。
その横で、フィルが大きなため息をついたような気がするけれど、それがなぜなのか、レナリアにはよく分からなかった。
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