第70話 セシルの見る夢
遠い記憶の中のどこかで、あの魔力に触れたことがあるような気がする。
けれどもそれはいつだろう?
自分の記憶を探ってみても、確証は得られない。
その不思議な感覚は、それからずっと、抜けない小さなトゲのようにセシルの心の奥底に残っていた。
そしてその夜、セシルは不思議な夢を見た。
夢の中のセシルはどうやら騎士団を率いているらしく、大勢で魔物に対峙している。戦っているのは、見たこともないほど強大な力を持つ魔物だ。
セシルは青白く光る剣を持ち、傷つきながらも魔物と戦う。
驚くべきことに、後方から飛んでくる回復魔力は、どれほどに深い傷でも一撃で致命傷とならない限りは治癒することができた。
そこには質素な白い服を着た集団がいて、セシルの目はその中の一人の少女に引きつけられる。
遠いせいか、少女の顔はよく見えない。
なのに、どうしてか目が離せなくなる。
少女から回復魔力を受ける度に傷が癒され、それはとても喜ばしいことのはずなのに、なぜかセシルの胸は痛みを覚える。
やがて魔物を倒すと、セシルの足はすぐに少女の元へと向かう。
青白い顔をした少女は、儚い微笑みを浮かべ倒れそうになる。
それを抱きとめたセシルは、細い体を抱きしめて少女の耳元でささやいた。
「私の聖女……」
そしてゆっくりと少女の顔を見る。
そこには――。
ハッと夢から覚めたセシルは、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
抱きしめた少女のぬくもりが、まだ手の平に残っているようだ。
それほどあの夢は鮮明で、セシルの心を乱れさせる。
「彼女は聖女なのか……?」
セシルの知る聖女といえば、曽祖父の妹にあたる、もう亡くなった先代の聖女だ。
彼女は王家の血筋には珍しく光の精霊の守護を受け、幼い頃から教会で育った。
そして生涯を信仰に捧げ、教会を訪れる全てのものに癒しを与えた。
先代の聖女が与える癒しは気分がよくなるといった程度で、命に係わる病や怪我は、教会の他のものが担当していた。
聖女と呼ばれていても、尊い血を引く、お飾りの存在だ。
聖女自身も陰でそう言われているのを知っていたが、それでもなお、慈愛の心を惜しみなく与えた。
聖女は、聖女としての力はそれほど強いわけではなかったが、それでもその分け隔てのない優しさに、誰からも愛され慕われていた。
幼いセシルは、いや、セシルだけではなく兄のレオナルドも、そんな聖女の優しい魔力が大好きだった。
皺だらけの手で頭をなでられると、それだけで心が暖かくなった。
先代の王が亡くなりセシルたちの父が即位してからというもの、王宮の実権は先代の王の妃であった王太后が握っている。
王太后とともに侍女や護衛として大国からやってきたものたちと縁づいた貴族だけが重用され、エルトリア王国を代々支えてきた貴族たちは遠ざけられてしまった。
そんな中で育つレオナルドとセシルが、王太后の母国こそを至上とする思想に染まらなかったのは、ひとえに先代聖女のおかげである。
聖女は常に「エルトリアの民がどうしたら幸せになるか」を幼い二人の王子に語った。
セシルたちの母である王妃は、元は王太后の侍女だった人の娘だ。
だからセシルたちの体には、半分、大国の血が流れている。
けれどもエルトリアを思う心は、誰にも負けないと自負している。
レオナルドは、気が弱く王太后の言いなりになっている父のような王にはならず、大国の属国のような現状を打破したいと考えているし、セシルはそんな兄の力になりたいと思っている。
「聖女、か……」
ゆっくりと半身を起こしたセシルは気鬱げに呟く。
さらりとしたロイヤルブルーの髪が白皙の頬にかかり、陰を作る。
今の教皇は、先代の聖女のような力の弱い聖女ではなく、もっとカリスマにあふれた聖女を求めているらしい。その聖女を全面に押し出して、教会の権威をもっと高めたいという噂だ。
だからこそ、力のある光の精霊を守護としたアンジェ・パーカーを盛り立てたいと思っているのだろう。
だがセシルにはあの少女が、本当に聖女にふさわしいのかと疑問に思っている。
シャインが精霊としてついているので、光の属性の魔力を持っているのは確かなのだろう。
だが聖女というのは、先代の聖女のように、穢れなき美しい心を持っているもののことを言うのではないだろうか。
先代の聖女は、かつての聖女は自らの命を削って人々を癒したのだと言っていた。
そこまでの自己犠牲は必要ないが、その心根こそが聖女にふさわしいと思う。
そういえば、夢の中のセシルは、少女を「私の聖女」と呼んでいた。
もしかしてあれは……。
夢の中のおぼろげな顔の少女が、なぜかレナリアの姿に重なった。
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