第9話 第二王子は前世の婚約者にそっくりです

 レナリアが転生したのだから、もしかしたら他にも転生している人がいるかもしれないとは思っていた。


 だから、もしかしたら一緒に学園に入学する第二王子はマリウス王子その人なのではないかとも考えていた。


 レナリアはそっと視線を巡らせる。


 きらめく太陽の光のように明るい金髪は、王家特有のロイヤルブルーに。

 けぶるような紫の瞳は、レナリアと同じタンザナイトの瞳に。


 視線の端に見える第二王子は、身にまとう色こそ違うものの、その顔立ちはマリウス王子にそっくりだった。


 けれど記憶がないなら他人と同じだ。

 たとえ同じ魂を持っていたとしても、前世で好きだったマリウスではない。


 そうは思っても、慕っていたマリウス王子とそっくりな顔を見ると心が揺れる。


 想像すらしていなかったが、もし本当に第二王子がマリウス王子の魂を持っていて、レナリアと同じように前世の記憶を持っていたらどうすればいいのだろうか。


 動揺してスカートの上に置いた手をぎゅっと握りしめる。


 登壇した学園長の話など、少しも頭に入ってこなかった。


 そして学園長の話が終わると、新入生代表として第二王子が壇の上に上がる。


 ゆっくりと会場を見回すタンザナイトの瞳が、一瞬レナリアの上で止まり、すぐに外された。


 レナリアは王子の無関心な様子にホッと胸をなでおろす。

 どうやらレナリアの心配は杞憂だったようだ。

 アンナのしてくれた変装メイクのおかげだろう。


「私は新入生代表として挨拶をさせて頂く、セシル・レイ・エルトリアだ。ここにいるのは皆、女神のお導きにより守護精霊の加護を頂いた者達だが、我々にはこの授けられた加護の力を、私欲のためではなく、正しく使う義務がある。また学園では身分の上下を問わず、共に切磋琢磨して学ぼうではないか。そして――」


 十歳とは思えないほど落ち着いた挨拶に、マリウス王子の面影が重なる。


 マリウス王子も、思慮深く落ち着いた青年だった。

 人間離れした美貌は男女を問わず虜にしたが、それゆえ、周囲の者から一歩引いた態度を取る事が多かった。


 婚約者として初めて対面した時も、マリウス王子はただ穏やかに微笑むだけで、そこには何の感情もなかったように思える。


 それがいつの間にか、義務だけではなく心から接してくれるようになった。


 元々レナリアは、王子と結婚できる年齢になる前に、命を燃やしつくして死んでしまうのだろうと思っていた。


 だから王子に愛されたいとは思わなかった。

 むしろ残して逝くのが分かっているから、愛されたくないとすら思っていた。


 それなのに、いつからかマリウス王子はレナリアの名前を愛おし気に呼ぶようになる。

 アメジストのような綺麗な紫色の瞳が、レナリアを見る時だけ、色を纏うのに気づく。


 教会で育ったレナリアには、言葉に出さないマリウス王子の気持ちなどはっきりとは分からない。

 でも、それだけでも、レナリアの気持ちがマリウス王子に向くのは必然だった。


 レナリアが聖女の役目を終える十六歳の誕生日が近づくと、マリウス王子はもの言いたげにレナリアを見つめる事が多くなった。


「殿下。何か私におっしゃりたい事が御有りですの?」

「今はまだ、口にできない。でも君の誕生日が来たなら、伝えたい言葉があるんだ」

「……お待ちしておりますわ、殿下」


 けれどその約束は果たされなかった。

 レナリアがマリウス王子に思いを寄せる令嬢を救うために、命を使い果たしてしまったからである。


 もしあの時、無事に誕生日を迎えていたなら……。


 レナリアがかつての生に思いを馳せていると、突然、バターンと扉の開く音が聞こえた。


 思わず何事かと思って振り向くと、新入生なのだろうか、ピンクゴールドの髪にピンクトルマリンのような瞳の少女が息を切らせて立っている。


 美しいというよりも可愛らしい顔立ちの少女だ。

 その肩には、白く光る精霊が乗っている。光の守護精霊、シャインだ。


「げっ。シャインだ」


 いつの間にか現れたのか、フィルがレナリアの隣にいる。

 フィルはパタパタと羽を動かし腕を組んで、シャインのほうを睨みつけている。


「あいつ、レナリアの守護精霊になれなかったからヤケになって、そのすぐ次に儀式をした子と契約しちゃったんだよね。でもあの子あんまり魔力がないから、シャインの奴、絶対またレナリアの事を狙ってくるぞ」


 狙ってくるっていっても、守護精霊の交代なんてできないでしょう?


 言葉にしなくても、強く思えばフィルにはレナリアが心の中で呟いた言葉が聞こえる。

 だからレナリアは視線だけをフィルに向けた。


「レナリアの魔力なら、僕以外の精霊とも契約できるよ」

「えっ。そうなの!?」


 思わず声に出してしまってから、慌てて周囲を見回す。

 皆、突然現れた少女に注目していて、レナリアに目を向ける者はいない。

 レナリアは安堵すると、周りと同じように扉の方を見る。


 胸に手を当てて息を整えている少女は、注目を浴びているというのに動揺している様子はなかった。


 一体、この少女は何者だろう。

 光の守護精霊を持っているのだから、聖魔法の使い手。つまり、聖女という事になるが……。


「だからレナリアの後に洗礼を受けた子だってば。えーっと、名前はアンジェだったかな」


 それがレナリアと、当代の聖女となるアンジェ・パーカーとの出会いであった。

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