第1話

 俺は自分の名前が嫌いだった。季節が名前に入っていて、性格と併せてよく揶揄からかわれた。草花が色づいてとても過ごしやすい陽気に包まれる良い季節だという人もいるが、俺にはただただ夏の日差しに照らされすくすく育った草花達が、その季節になると疲れ果てて萎える時期だと思い込んでいた。紅葉が美しいと感じられれば、こんな思い込みは無かっただろうけど。

 どうしたら自分を好きになれるか考えてみた。だが、そう簡単にはありのままの自分を受け入れることは出来ないものだ。そう思い込んでいるうちに、彼は俺のいるクラスに彗星の如く現れた。


「転校生か……」

「誰が来るんだろ……」


 周囲が騒がしくなり始めたと思ったら、教室の戸が開くと同時に静まり返る。


 ――――ぴしゃん。と、戸が閉まる。


「じゃぁ、自己紹介して――」

 教師が彼を教壇の前まで誘導すると、彼は足を止め顔を上げた。

 その時、彼は窓際に座る俺と目が合った。俺は彼の閃光な眼差しに一瞬息を飲んだ。

「――……」

「あ……。先生、俺の席どこですか?」

 思わず声が漏れ出し、彼は自己紹介せずに自由気ままに、クラス中の皆の前で声を上げた。

「おい名前ぐらい名乗れ」

「いいんです。明日から名簿でも見ればいいじゃないですか」

 彼はそう言いながら空いてる座席まですたすたと風を切るように歩いた。堂々とした素振りだ。

 彼が着席した途端、静まり返った空気を塗り替える生徒達がいた。

「先生ー。本人の代わりに名前呼んであげたら?」

「おーそれありだわ」

 俺をいつも揶揄って来る奴らだ。

「はぁ……なんだそりゃ。おい氷峰ひょうみね何か一言ないのか?」

 氷峰と呼ばれた彼は、腕を頭の後ろで組みながら、おもむろにこう言い放った。

「下の名前は駈瑠かける。俺は『』を実行する為に都内へ転校してきた。短い間だけど宜しく」

 彼の隣に座っていた俺は、何故だか彼の態度に惚れてしまった。澄んだ瞳に口角が少し尖り、整った顔。俺は彼の言ったというのが少し気になり、後でまた話し掛けようと思った。


 授業が終わり、昼休みに入った。彼に声をかけるなら今しかないと思った。

 俺は隣で携帯電話をいじっている駈瑠に勇気を出して口を開きかけた途端――

「なぁ、名前なんて言うの?」

 彼は携帯電話から目を離し、俺の方へ振り向き様に声を発した。

 俺は不意を突かれた。とりあえず名を名乗って返事を交わした。

「ふーん。俺は氷峰駈瑠。よろしくな」

「あぁ……うん、よろしく……」

司秋しじゅうってなんか呼びづらいなぁ……」

ひいらぎでいいよ、まだ……うん」

「ん? まだ?」

「う、うん……まだ柊でいいよ」

「あははっ……苗字で呼ばれるのに疑問感じてんのか、お前」

「疑問ていうか……名前で呼ばれるのあまり好きじゃないから、まだ柊でいい」

「司秋って名前が嫌なんだよな……?」

「うん、そう。別に柊もあんまり好きじゃない」

「……それじゃ、また別の名前考えようぜ」

 そう告げた彼の横顔が――眼差しが鋭かった。

 俺は威勢の良い彼の態度に心をくすぐられるような気持ちになった。

 別の名前? 何を言ってるのか最初は理解できなかった。


 自己紹介がお互い済むと、流れで昼食を一緒に食べることにした。

 二人の昼飯は、おにぎりをラップで包んだ物が二つ。それとコンビニのサンドイッチが一つ。

「あ、あのさ……短い間って言ってたけど、すぐ転校する予定なの?」

「んー別に転校とかしないよ」

「それじゃって言ってたのは……何?」

 柊の一言に、駈瑠は顔をしかめる。そして深く息を吸い込むと呟いた。

「それは、もう少し仲良くなってから言うよ……」

「なんだよ……気になるんだけど」


 昼食を終え、午後の授業が終わり下校時刻になった。俺はまた駈瑠に声を掛けて、途中まで帰ろうと誘った。だが、断られてしまった。

 理由は――……。

「その例の件で直接会う約束をしてるんだ、ごめんな」

「……そっか。それじゃ仕方がないよな……。それじゃ、また……明日」

「ああ、また明日。じゃぁな」

 俺は彼の後ろ姿を見送ると、反対の方角へ歩いて行った。また明日、学校で彼に会うことが出来るんだ。何をそんなに焦っているのだろうか。焦る気持ち……。もっと彼とお喋りがしたいのに――。この気持ちが恋というものなのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る