第23話 ダウンジンガー Ⅱ

「……佐倉さん、超有名作家なのか?」

「……」

 佐倉さんは沈黙する。それが答えとなった。これは明らかに当たっているけど言うか言うまいか悩んでいるようにしか見えない。佐倉さんもそんな空気を察したのか、はあ、とため息をつく。


「いかにも私は作家だけど」

 佐倉さんは言いづらそうに言う。なぜ言いづらいかは佐倉さんの方を刺すようににらみつける神流川を見れば分かるだろう。

「ほう、で一体どんな有名作家だと言うんだ」

 神流川が嚙み付くように言う。佐倉さんは一瞬女子高生に許されざる恐ろしい目つきで男を睨みつける。普通作家だとしても自分の正体をそんなに言いたくはないだろうが、確かにこの流れだと言わざるを得ない。佐倉さんはただの被害者だ。

「水無瀬鏡」


 佐倉さんが無念そうにつぶやくとその場に緊張が走った。水無瀬鏡。伝奇物小説界隈では知らぬ者はいないのではないか。かくいう俺も超能力の研究をしていたときに何作か読んだことがある。地味ではあるが現代日本と接続した世界観で説得力のあるリアリティを持っていた。

 いわゆる異能力バトルものとは異なり、超能力者の葛藤や超能力を持っているが故に起こるトラブルがメインで、俺が自分の能力を隠しているのも彼女の作品の影響である。そんな水無瀬鏡が佐倉……確かにオカルトサークルをはしごしていたらしいが、それは取材のためだったのか……。


「くそ!」

 神流川は水無瀬鏡が自分よりも有名だと認めたのだろう、悔しそうに叫ぶとそのまま走り去っていく。残されたのは不本意な形で身バレしてしまった佐倉さんとやぶをつついてとんでもない蛇を出してしまった男、そしてうろたえる俺と龍凰院であった。

「追わなくていいんですか?」

 龍凰院が俺に言った。

「え?」

 俺は首をかしげる。というか、俺も別に神流川の作家仕事に関してはほぼ何も知らないのでフォローのしようがない。

「先輩、この中だと一番神流川先輩と親しいっぽいじゃないですか」

「それはそうだが……でもどこに行ったか……」

 俺が言い訳を口にすると龍凰院はぽんと胸をたたいた。

「それなら大丈夫です。あそこにダウジング能力者がいます!」

「「え」」

 俺と彼は目を合わせて微妙そうな顔をする。しかし彼はこの気まずい場から立ち去ることを選んだ。

「わ、分かった、案内しよう」

「お、おう」

 正直案内されても困るが行きがかり上、行かない訳にはいかない。それにここで行かないと冷たいやつみたいに思われてしまうかもしれない。


 そんな風に俺が心を決めているとダウジング男は、

「うーん……陰謀めいた組織をまとめる生徒会長は違うし、学園の闇の組織に入って抜けられなくなってる人でもないし、この衝撃波の使い手も違う……は、このスランプから抜け出せない人かもしれない!」

 とぶつぶつ言っていた。どうもこいつのダウジングは見つけたいものを見つけるのではなく、その辺にいる人の気配にいくつか反応して、それを探すことが出来るだけらしい。

「難儀な能力だな」

 俺はつい彼に同情してしまう。難儀な能力の上に彼は能力を使いこなせていない。まあ、俺も使いこなせてはいないが。

「そうだよ、全く。君みたいなもっとすごい能力が欲しかった」

 そうか、こいつは俺の能力がテレキネシスだと信じているのか。まあこいつみたいに自分の能力をオープンにしてるやつは他人もそうだと思うのだろうな。

「まあ、でも、超能力を持ってると色々大変なこともあるから」

 俺は我ながら適当なフォローでごまかすことにする。そんなことをしゃべっているうちに俺たちは校舎を出て裏庭に着く。裏庭と言ってもただのさびれた校舎裏だが。神流川はそこで悲しげに一人たたずんでいた。

「じゃ、俺はここで」

 ダウジングマンは当然のように離脱していく。まあいても仕方ないので当然ではあるが、俺は一人になって困惑する。流れで追いかけてきてしまったが、一体どうやってフォローしたらいいんだ? 俺が神流川の前に出れないでいると。


「くそ……いい子だと思ったのによりにもよって私の宿敵だったなんて……」

「え、宿敵?」

「うわっ!」

 突然の俺の登場に驚いた神流川が悲鳴を上げる。しまった、つい気になって何も考えずに登場してしまった。

「ご、ごめん追いかけてきたらちょうど聞こえて……」

「全く、急に登場されると驚くだろう」

「それで宿敵って?」

 神流川には悪いが俺はフォローの言葉を用意してないので常に会話のイニシアティブをとり続けなければならない。神流川は俺の態度に少しむっとしたようだったが、答えてはくれる。

「実は水無瀬鏡とはデビューのタイミングが同じだったんだ。私もそれなりに自信はあったし、編集の人も期待してくれていた。でも、実際は発売日の話題は水無瀬鏡でもちきりだった。デビューの日が同じで、書いているジャンルも近い。しかも、聞いてみれば年も性別も同じらしい。だから私は意識した。やつこそは越えなければならない宿敵である、と。孔明と会った後の周瑜のように!」

 なんか龍凰院がうつってるぞ。分かるけれども。

「佐倉はいい人だと思っていたし、まあいい人ではあるのだろう。誰にでも明るく分け隔てなく接してくれるし。だが、そんな外面に騙されてあれほど倒すと決めていた水無瀬鏡だと気づかなかった自分が憎い!」

 神流川は慟哭するように言う。なるほど、二人の間には実はそんな因縁があったのか。俺は全く知らなかったが、神流川は小説のネタに困って俺に目をつけたと言っていた。


「そう言えば佐倉さんもオカルト集団を回ってネタにしていたらしいが、神流川はそれで自分も現実のことをネタにしようと俺に目をつけた訳か?」

「……お前、もっと気を遣った言い方は出来ないのか? 現実のことをネタにしようとするのは小説家として普通に考えつくことだろう」

 神流川の拳が俺に向かってきて、目の前で寸止めされる。いや、別に佐倉さんに勝つために佐倉さんの方法を真似るのはいいんじゃないか? 神流川は相当彼女にライバル意識を抱いているようだ。

「まあいい、このまま負けたまま終われるか。私は書く、書くぞ」

「頑張れ……俺は応援することしか出来ないが」

 こうしてダウジング騒動は佐倉さんの身バレと神流川の奮起をもって終了した。ちなみに、この騒動には思わぬ副産物があった。神流川が佐倉さんの正体(?)を知ったことで奇妙な三角関係は終わりを迎えたのだった。

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