8-5. 大いなる責務

 俺は始祖オリジンに聞いてみる。

「『劣等人種』とかどう思います? 差別、良くないと思うんですが」

 始祖オリジンは肩をすくめて答える。

「差別がいいかどうかなんて、ただの価値観の話です。それ単体では良くも悪くもないですよ」

「えー、そういう物ですか……。私は差別嫌いだなぁ」

「なら、誠さんが差別のない世界にすれば良いかと。そもそも今、差別があるのも創導師グランドリーダーの責任ですよ」

 そう言ってニヤッと笑った。


「はぁっ!?」

 俺は驚いた。言われてみればそうなのだ。ここは俺が作った俺の世界、差別があるなら責任は俺にあるのだ。

 翻って考えると、人類が殺し合っているのも、多くの子供たちが餓死しているのも皆、俺の責任なのだ。なぜならそれらを生み出した社会システムは、俺が生み出してきていたのだから。そして、俺にはそれらを止める十分な力がある。


 今まで他人事のように、『政治家が悪いから』だとか『人類は野蛮だ』とか批判ばかりしてきたが、実はみんな俺の責任だったのだ。

 この広大な世界で息づく1京人(10000000000000000人)の人たちの間で悲劇が起こったとしたらその責任は俺にある。それは何とも気が遠くなる話だった。


「なんてこった……、どうしよう……」

 俺はその重責に思わず眩暈めまいを感じ、天を仰いで頭を抱えた。


 そんな俺を見て始祖オリジンは、俺の背中をポンポンと叩きながら言う。

「まぁ、そんなに焦らなくていいですよ。個別の悲劇を潰してたってキリが無いですし、人類の在り方を変えるって、そんな簡単な話じゃないですから。特に既得権益に関わるとなると……多くの血が流れますよ。時間をかけてじっくりやってみては?」


 確かにそうだ。焦って動いたって逆効果になるかもしれないし、時間かけて丁寧に進めるしかないだろう。

 そもそも人類の野蛮さは進歩・発展のために必要な事なのだ。タンムズではないが、狂気が人類を飛躍的に育ててきたことは事実だ。だから、狂気の無い世界にしてしまったら活気も無くなってしまうだろう。それじゃ本末転倒だ。

 とは言え狂気を放っておいたら悲劇は無くならない。どう狂気をコントロールし、活気を落とさずに悲劇を減らすか、そのシステムが肝になりそうだ。


 ここでふと、シアンの目指していたアーシアン・ユニオンを思い出した。


「あー、シアンは一つの答えを示してくれてたんだな……」

「あなたの娘さんはいい線行ってましたよ」

 始祖オリジンは、そう言ってニッコリと笑う。

 娘と呼ばれると凄い違和感があるが、まあ確かに今では可愛い娘みたいなものかもしれない。

 地球はシアンに任せるのも手だろう。もう少し人間を勉強して、安定してきたら相談してみよう。そして、うまく行ったら他の星にも適用していきたい。


「そうですね、シアンとは上手くやってみますよ」

 俺はシアンが成長したらどんな女の子に育つのか、ちょっと楽しみに思った。ナイスバディの美人に育っちゃったらどうしよう、などと下品な想像をしてイカンイカンと思い直した。

 どこか遠くで鳥の鳴き声が聞こえた気がした。


「でも、サラの地球だとまだ早い……かな?」

 俺はディナ達の暮らしを思い浮かべながら考える。


「そうですね、まだ一人一人にAIつけるようなレベルじゃない」

 やはり発展の状況に合わせたシステムが必要になってきそうだ。そう簡単な話ではない。


 Clackガタッ


 と、その時、停止させられているはずの騎士が急に動き出した。

 騎士はむくりと立ち上がり、剣を構えなおすと、


「茶番は終わりだ。小僧、お前は死んでろ!」


 そう叫びながら駆け寄り、俺に向かって鈍く光る剣を鋭く振り下ろした。


「うわぁぁぁ!」

 俺は意表を突かれて尻餅をつき、何とかかわす。しかし、そんな体勢では次の太刀を避けられない。絶体絶命だ。

 そこにマーティンが渾身の体当たり。

 騎士は思わずよろけて手をつく。剣が床にガンっと当たり、騎士はマーティンを睨む。


 マーティンはすかさずシールドを展開するが、騎士は気にもかけずに、マーティンに目にもとまらぬ速さの突きを放った。


Thudザシュッ


 なんと、剣はシールドを突き破ってマーティンの心臓を貫いた。

 いきなり訪れた惨劇に、俺は呆気あっけにとられる。火星マーズレベルのシールドを突破できる騎士の登場は、全くの想定外である。俺は凍り付いた。

 この騎士は水星人マーキュリーではない。さらに上位の存在が介入してきたという事だろう。


 マーティンは真っ青になり、血を吐き、そして、力なくうなだれた。

 そして騎士はマーティンの身体を横に投げ捨てる。


 始祖オリジンはマーティンに駆け寄り、傷口に手を当てて治療を始める。そして、俺の方に歩きだした騎士の方を向き、強い調子で言った。


土星人サターニアンがなぜこのような狼藉を働く?」


 騎士はそう言われると、ピタッと止まり、いきなり崩れ落ちた。

 そして、その背中からウネウネとした闇が湧き上がってくる。これはタンムズが出現した時に見た奴だ。


 闇はやがて筋骨隆々としたガタイのいい男を形作っていく……。

 出てきた男は、中世ファンタジー風の皮鎧かわよろいを全身に着込み、右手には派手な槍を持っていた。皮鎧の漆黒の皮には金のハトメが光っている。頭髪はアップバングで刈り上げショート、髭は短く切りそろえ、漆黒の瞳には力強い意志がみなぎっていた。


「いかにも、俺は土星人サターニアン、バルディック・ド・サタニウム、土星サターンの王だ」

「王がなぜこのような軽率なふるまいをするのか?」

 始祖オリジンが聞く。


「こんな小僧が創導師グランドリーダーだと!? ふざけるな! この小僧を殺し、俺が創導師グランドリーダーとなってやろう」

 いやらしくニヤッと笑った。


「この世界の創導師グランドリーダーは誠さんだ。誰も変えられない」

「なら、俺が確かめてやる」

 バルディックはそう言って、槍をビュッと振るうと槍先を俺に向けた。槍の刃についた赤い鎌がギラっと嫌な輝きを放つ。


「王よ、あなたは誠さんの『差別のない世界』が気に食わないだけではないかな?」

「もちろん、それもある。ただのアバターの劣等人種と平等? 誰も認めんよ。世界は何百万年も秩序をもってやってきてる。小僧が勝手に変えていい話じゃない」


 始祖オリジンは肩をすくめ、俺の方を向くと、

「誠さん、いきなり試練ですよ。王に創導師グランドリーダーの力を見せてあげて下さい」

 そう言って、ニッコリと笑った。

 

 俺は始祖オリジンの方に手を伸ばして、

「いや、ちょっと待っ……」

 そう言いかけたが、バルディックがさえぎる。

「面白い! 小僧! 見せてもらおうか、創導師グランドリーダーの力とやらを!」

 そして、槍を両手で持つと、鋭い突きを放ってきた。


 俺は急いで火星マーズに跳んだ――――



           ◇



 俺は砂漠の上に立っていた。


 見渡す限り延々と広がる赤い砂の大地……火星マーズ

 ほこりっぽい生ぬるい風が頬に当たる。

 鉄が酸化してできたであろう赤い砂は、いくつもの丘陵を作りながら、降り注ぐ太陽の光を反射して鈍く赤色に輝いていた。


 とんでもない事になってしまった。早くも既得権益の壁が俺に襲いかかってきた。出る杭は打たれる。世界を変えようなどとすれば、全世界からヘイトを集めてしまうという事だろう。悲劇を減らしたい、そんな当たり前の事ですら命を狙われてしまう。世界とはなんと厄介な構造をしてるのか。


 俺は大きく息を吐いて、砂の上で座禅を組むと情報収集を急ぐ。

 すると、仮想現実空間の連なりが分かってきた。


 天王星ウラヌス

  ↓

 土星サターン

  ↓

 火星マーズ

  ↓

 水星マーキュリー

  ↓

 金星ヴィーナス

  ↓

 海王星ネプチューン

  ↓

 地球


 で、あるならば、天王星ウラヌスまで行ければ俺の勝ちである。

 俺は急いで火星マーズのシステムに接続し、土星サターンへのルートを模索した。火星マーズを実現している管理機構にアクセスし、そこのセキュリティ・ホールを突くのだ。

 俺がハックに集中してると、女性の声が聞こえた気がした――――


「……早く……逃げて!」


 一瞬戸惑ったが、嫌な予感がした俺はハックを中断し、100km程上空に飛んでみた。と、次の瞬間、俺は激しい閃光に包まれる。

「ぐわぁぁ!」


 強烈な熱線が俺を貫き、熱湯に落ちたかのような痛みが全身を覆い、手や顔は火ぶくれとなった。

 俺は急いで治療しながら地上を見ると、見た事のないほどの巨大で真っ赤なキノコ雲が上がっている。あのまま地上に居たら即死だった。

 バルディックの奴がエネルギー兵器を使ったに違いない。このまま火星マーズに居たら危険だ。

 俺は急いでハックを再開し、土星サターンへの接続にトライする。

 しかし、焦れば焦る程うまく行かない。深呼吸して、必死に焦る心を押さえながらハックを繰り返す。


 すると、どこからともなく低周波の地鳴りが身体の芯を揺らし始めた。

 顔を上げると、地平線むこうの方から凄い速さでどんどん闇が迫って来る。何だろうと思ってビジョンで拡大すると、闇に覆われた所は巻き上げられた砂の動きがピタッと止まっている。バルディックが火星マーズの凍結処理をかけたようだ。闇に飲まれてしまったら俺は殺されてしまうだろう。


 俺は真っ青になった。火星マーズが凍結されるなら水星マーキュリー以下の星々に逃げても無駄である。もはや土星サターンへ行くしか残されていない。

 俺は超高速で飛びながら土星サターンへのハッキングを繰り返す。



「ぬぉぉぉ!」

 俺は火事場のバカ力で脳みそをフル回転させ、創導師グランドリーダーの力を発揮できる条件を整えながら、ハックツールを駆使していく。


 

 そして、ようやくアクセスが開くかと思われた瞬間、変な質問が提示された。


土星人サターニアンならおなじみ、屈強な戦士と言えば「何サターン」?』

 俺は唖然とした。何だこの『なぞなぞ』みたいなセキュリティは!?

 きっと、バルディックの奴が制約を増やしたのだろう。確かに地球人にこんな質問答えられる訳がない。


「知らねーよ!!」

 俺は思わず悪態をついてしまう。


 創導師グランドリーダーの力というのは、知らない事を教えてくれる力ではない。未知の混沌状態を確定させる力だ。つまり、答えは教えてくれない。


『万事休す……』

 俺は頭を抱えた。


 焦燥の中俺はふと思った、この質問の答えを俺は知らない、知らないという事は未確定状態なのではないだろうか? つまり、俺が決めればそれが過去にさかのぼって適用される……のかも知れない。

 

 俺は迫る闇をチラチラ見ながら考える。何でもいいからキーワードを言う? 本当に?

 何でもいいというのは逆に難しい。俺にとって「サターン」と言えば、あれしかない、子供の頃、友達の家で遊ばせてもらったゲーム機……そう……


『セガサターン!』


Ding-dongキンコーン


 軽快なチャイムが鳴り、俺は意識が飛んだ――――



        ◇



 太陽系第7惑星天王星ウラヌスの水色に広がる壮大な水平線を抱きながら、美しい宮殿が優雅に周回をしていた。その、水晶クリスタルでできた荘厳な宮殿の中で、女王に仕える男たちが激論を交わしている。

 男たちは純白で黒い縁取りのあるローブを纏い、身振り手振りを交え、いきなり現れた創導師グランドリーダーである誠の扱いについて、喧々諤々けんけんがくがくの議論を繰り広げていた。

 奥の数段上の玉座には、銀色のドレスを纏った女皇が居た。彼女は金髪のブロンドに碧眼で白い肌、神懸った美しさを放ちながら、男たちの議論をつまらなそうに聞いていた。


「これは天王星ウラヌス300万年の大いなる伝統に対する挑戦である! 断固拒否すべき!」

 強硬派の屈強な武官は大きな声をあげる。


「拒否って、創導師グランドリーダーに逆らったらどうなるのか分からんのだぞ!」

 公爵である初老の男は声をからしながら言う。


「あの小僧は一回殺されてる。創導師グランドリーダーの力など大したもんじゃない。もう一回殺せばいいだけだ」

「殺すって……どうやって?」

 子爵である若い男が横からおずおずと言う。


「バルディックがる気満々だから奴に任せておけばいい。」

「でも、あの小僧は土星サターン超えて天王星ウラヌスまで来る気だぞ、どうするんだ?」

「管理システムを一旦全部止めてしまえ。そうすれば土星サターンに足止めできる」

「そんな事したら土星サターンに障害が発生した時に危険です!」

 技官である小柄な男が焦って言う。


「小僧が死ぬまでの間だけだ。死んだら復旧させればいい」

「もし、万が一バルディックが負けたらどうするのか?」

土星サターンの王が土星サターンで負ける訳がない」

 武官はいやらしい笑みを浮かべながら言う。


「いやいや、相手は創導師グランドリーダー、侮ってはならん。バルディックが失敗したら矛先は天王星ウラヌスに向くではないか!」

「小僧はまだ人を殺した事も無い。矛先向いたって大したことにはならんよ」

「いやいや、いきなり敵対しなくても……まずは話し合いから……」

 子爵は穏健に進めようとする。


「なぜ天王星ウラヌス300万年の大帝国が地球人の小僧におもねるのか! 小僧など捻り潰せばいいのだ!」

 武官は子爵を一喝した。


「だから、創導師グランドリーダーを侮ってはならんと……」

 公爵はまた同じことを言って議論は振出しに戻る。


 玉座の女性はあくびを噛み殺しながら、議論の趨勢を見守っていた……。

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