8-4. 姫に捧げる死闘

 いきなり、チャペルに『キ――――ン!』という異様な高周波が響いた。

 その異質な不気味さに、会場がどよめく。


 すると、入口の方に10人ほどの騎士と、水色のドレス姿の金髪の女性が現れた。

 女性は編み込んだ髪の上に、キラキラと煌めくプラチナのティアラを付け、巨大なラピスラズリをふんだんにあしらった青いネックレスをして、背筋をピンと伸ばし、あたりをゆっくりと見まわした。

 騎士は水色に銀の縁取りの礼服に身を包み、無表情で女性を護衛するように列をなす。


 とてもお祝いに現れたような雰囲気には見えない。


 一同はザッザッとマーカスの方へ歩いて行く。


 その異様な雰囲気に気おされ、参列者は道を開ける。


 儀仗隊も演奏を止め、静まり返るチャペルにザッザッという騎士たちの足音が不気味に響く。


 マーカスは美奈ちゃんを下ろし、険しい表情で彼らに目を向けた。


 マーカスのそばで騎士たちは、騎士団長らしき人を中心に横に列を作り、最後にカツカツカツとハイヒールを響かせながら女性がマーカスの前に立つ――――


 女性は咎めるような厳しい目つきでマーカスを睨むと、尊大な態度で言った。


「お兄様、金星人ヴィーナシアンと結婚すると言うのは、まことですか?」

 棘のある高い声が、チャペルに響く。


「イリーナ、俺は彼女を愛している。愛する者と結婚する、当たり前の事じゃないか」

「お兄様はこの水星マーキュリー王国の正統な後継者。劣等人種との結婚など、誰も認めませんのよ?」


 美奈ちゃんが、今にも殺しそうな目をして言う。

「劣等ってどういう意味? あなたに比べて、私の何が劣ってるって言うのよ!」


「あなたたちは、うちのコンピューターの中で生まれた、ただのアバター。同列になんて並べられないわ」


 睨み合う二人。

 チャペルいっぱいに緊張が走る――――


 これは根の深そうな差別問題だ。簡単に解決しそうにない。

 しかし、ここは俺の世界、差別を放置などできない。美奈ちゃんが悲しむ姿など見たくないのだ。


 俺は意を決し、

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 と、笑顔で横から声をかける。


「イリーナさん、私は彼らの所属する会社の社長です。『劣等人種』という言われ方は心外ですね。劣等かどうかは勝負で決めませんか?」


「勝負?」

「あなたの騎士たちと私が戦いましょう。私が勝ったら、彼らの結婚を認めてあげてください」

「え? あなたがうちの騎士と戦うの? 本気なの?」

 イリーナは鼻で笑いながらそう言うと、騎士たちの間から笑い声が漏れる。


「あれ? 自信ないんですか?」

 俺はニヤッと笑って挑発する。


 イリーナは一瞬動きを止め、そして鋭い目つきで言った。

「地球人ごときが、我々に勝てるとでも思ってるの?」


 美奈ちゃんは

「誠さん、ダメよ、この人たち相当手練れよ。誠さんじゃ瞬殺よ!」

 と、心配してくれる。


「大丈夫、大丈夫、まぁ見てなって」

 俺はニヤッと笑ってそう言った。


 振り返ると、由香ちゃんが不安そうに俺を見ている。


 俺は足早に由香ちゃんの所へ行くと、軽くハグして言った。

「心配しなくていいよ、あなたの夫を信じてて」



       ◇


 

 俺は、参列者に奥の方へと移動してもらい、スペースを作ると、軽く数回ジャンプして息を整えた。


 勝つだけなら簡単だ。火星マーズに転移してそこから叩けば瞬殺だ。しかし、そんな勝ち方ではダメだ。全力を出させた上で完勝し、イリーナの心を折ってやる。人の恋路を邪魔する馬鹿どもに創導師グランドリーダーが自らお灸を据えてやるのだ。


 俺は両手のこぶしを握り締め、『ハッ!』と気合を入れ、


「はい、どうぞ! 面倒だから全員でかかってきな!」と、叫んだ。


 騎士たちは、なぜ、見るからに弱そうな、こんなショボい地球人と戦わねばならないのか、お互い顔を見合あわせながら困惑していたが、イリーナが、


「一瞬で消し炭にしてやりな!」


 と、発破をかけたので、それぞれ戦闘態勢に入った。


 俺は足を軽く開き、リラックスした姿勢で右手を伸ばし、クイックイッとおいでおいでのジェスチャーで挑発する。


 ちょっとムッとした騎士たちは、イマジナリーで俺の身体に照準を当てようと、次々と俺の身体のデータにアクセスをかけてくる……。


 この世界は仮想現実、言わば3Dゲームのフィールドなので、攻撃には二種類ある。普通に斬って殴って爆弾を使うような物理攻撃と、イマジナリーで相手のデータにアクセスして破壊する論理攻撃だ。戦闘の場合、お互い『物理攻撃無効』などのチート設定で防御するのであまり物理攻撃は通らない。論理攻撃の場合、相手のセキュリティロックをハック出来るかどうかがカギになるので、ハッキングの工夫と演算力が勝負を分ける。


 俺もアクセス権を取られないよう自分の身体にセキュリティロックをかけた。

 すると、俺は美しい虹色に輝く膜に覆われた。近づいて虹の膜を観察してみると、虹色に光るものは、高速に切り替わる無数の微細な16進数の数字の群れだった。どうやら俺のかけたセキュリティロックは水星マーキュリー上では、16進数でヴィジュアライズされるらしい。何ともアートな星である。

 セキュリティロックが完成すると虹色の光はすうっと消えていったが、騎士たちはそれを見るとアクセスを断念し、腰に下げた剣のつかを握った。

 そして、お互いにアイコンタクトを交わすと、3人が数歩前に出て剣をスラっと抜く。長い剣身ブレードには王家の紋章らしきものが彫られ、水色に蛍光を放っている。何らかの特殊効果が付与されているのは明らかだった。

 俺は全身に物理攻撃無効のステータスを付与し、さらに右腕全体の材質を硬い金属、タングステンカーバイドにした。いぶし銀に光る金属の腕は、左手で叩いてみるとカンカンと硬いが、自分で動かすと今まで通り自由に動き、指も不自由なく動くしなやかさを持っていた。さらに、攻撃にも使えるように、腕全体にタラバガニのように多くのトゲトゲを生やしてみた。試しに高電圧をかけてみたら棘の先端からはチリチリとスパークが飛ぶ。いい感じだ。


 俺は少し腰を落として右腕を前に構え、

「セイヤッ!」

 と、気合を入れると、こぶしとげから派手にバリバリッとスパークを放った。


 騎士たちは怪訝けげんそうにそのスパークを見ていたが、次の瞬間すさまじい速度で斬りかかってきた。


 俺は時間の流れを十分の一に落とし、騎士たちの動きをスローモーションで受ける。

 俺は一人目の剣身ブレードを腕の棘で受けると高電圧を流した。

 しかし、効いていないようなので、騎士の物理攻撃無効をキャンセルして再度流す。

 白目をむいて倒れていく騎士。だが、すぐ後ろから次の剣身ブレードが迫っていた。

 慌てて横に避けると、なんと後ろから三人目が剣を振り下ろしてくるではないか。なるほど、さすが騎士、一筋縄ではいかないようだ。

 俺はその剣をくるりと回りながらギリギリで避けると、そのまま腕の棘を後頭部に叩き込んで電圧をかけた。

 残りは一人だと思ったら……いない、気が付くといつの間にか頭上に跳んでいて剣を真っ青に光り輝かせていた。明らかにヤバそうな光だが引くわけにはいかない。俺は拳に最大の電圧をかけると剣をめがけて重いっ切り腕を振った。


Bangバン


 剣とぶつかった瞬間、激しい爆発が起き、騎士は吹き飛ばされる。そして、チャペルの壁にぶつかり、床に落ちて転がっていった。

 みると、俺のこぶしも半分解け落ちている。物理攻撃無効をかけていたはずなのに、どういう理屈だろうか? 恐ろしい剣だ。


 とりあえず、緒戦は圧勝だ。

 俺は腕を治療して、時間の流れを元に戻すと、イリーナを見てニヤリと笑ってやった。


 唖然とするイリーナ。

 バカにしていたただの地球人が騎士相手に圧勝したのだ、心中穏やかではないだろう。


 イリーナは顔を真っ赤にすると、

「地球人相手に何をやってるの! 早くやっておしまい!」

 と、騎士たちに発破をかける。


 しかし、騎士団長は俺の戦い方を見て、ただ者ではないと把握していた。

 団長は眉をひそめて俺を睨むと、イリーナに駆け寄って言った。

「特権レベルの権限を頂きたく……」

 イリーナは少しギョッとすると、俺を睨んだ。そして、しばらく逡巡しゅんじゅんの後に静かにうなずいた。


 団長はイリーナにうやうやしく頭を下げると、胸のバッヂを一つ取り、俺の頭上に投げた。

 バッヂは、


POMポン


 と、俺の真上で破裂し、打ち上げ花火のように、無数の光跡が走って俺の周りに落ちる。光跡は消えることなく、青白くジリジリと微かに揺れながら、まるで巨大な鳥かごの様に俺を取り囲んだ。


 その直後、俺を覆っていたセキュリティプロテクトがパリパリと音を立てて消えた。どうやら、この鳥かごの内側では防御は効かないようだ。ここは特権レベルの攻撃が許可された死のエリア……。いよいよ本気を出さねばならない。


 特権レベルとは、仮想現実空間システムの一番根底のレベルであり、ありとあらゆるデータを、一切の制約なく直接アクセスできる究極の権限だった。下手をしたら水星マーキュリーのシステムが破綻しかねない設定であり、よほどの事がない限り許されない。それだけ、イリーナも本気なのだ。


 鳥かごを見たマーカスが、

「NO! やり過ぎ!」

 と言ってイリーナに食って掛かるが、イリーナは無視を決め込む。王族として、地球人ごときに負ける事など決して許されない、もはや引く事などできないのだ。


 バッヂの破裂の衝撃で、天井に引っかかっていた花びらが一枚、ひらひらと落ちてきた。花びらは鳥かごに触れると、ジッと音を立てて吹き飛ぶ。俺は危険な牢獄に囚われてしまった事を、さすがに心細く思った。


 騎士たちは再度俺をハッキングし始めた。

 俺は透明なおとりを出して自分の前に置く。こうしておくと、普通にイマジナリーで俺を選択しようとすると、この囮にフォーカスが合ってしまうのだ。

 目論見通り、騎士たちは囮に攻撃をし始めた。実はITの世界では攻撃をする瞬間は隙ができる。俺は攻撃をしてきた騎士を逆探知して逆に攻撃をぶち込んだ。いわゆる攻勢防御である。

 「うぅっ!」「ぐわっ!」

 次々と騎士たちからうめき声が上がる。

 ダメージを受けた騎士たちは、何が起こったのか理解できていなかった。


「撃ち方止め!」

 団長が手を上げて攻撃停止を命じた。特権レベルでのハッキングが効かないという異常事態に焦りの色を隠さない。


 俺は肩をすくめ、ニヤッと笑って挑発する。

 団長はそんな俺を忌々いまいましそうに睨むと、叫んだ。


完全消去イニシャライズ!」


 鳥かごは激しい光に包まれ、俺の身体ごと中の空間全てが完全に消去された。消去命令は圧倒的に強力な究極のコマンドだった。


 このコマンドに対抗する方法は無い、俺もあっさりと消去されてしまった。しかし、これは想定済みである。俺の身体は火星マーズ上にバックアップを取っており、消去を検知すると、自動的に俺の身体は鳥かご内にリストアされるように設定しておいたのだ。


Bomボン


 消去された鳥かご内の空気を埋めるように、周りから急激に空気が流れ込む。

 そして、鳥かごの光が落ち着くと……、中には俺がいた。


 唖然とする団長。


 全消去したはずの鳥かご内に俺が残っているというのは理論上ありえない、ありえない事態に動揺が隠せないようだ。


 俺はドヤ顔で団長を見たが……隣に誰かいる……。

 見ると、俺がもう一人いるではないか!


 どうもリストアのプログラムにバグがあって、2回リストアしてしまったようだ。IT業界あるあるである。テストなしでのぶっつけ本番はだから嫌なのだ。

 俺同士、唖然として見つめ合っていると、


完全消去イニシャライズ!」

 団長が再度消去命令を出してしまう。


「うわっ! ちょっと待っ……」「うわっ! ちょっと待っ……」

 叫ぶ間もなく俺たちはまた消された。


 そして……


 気が付くと、俺は四人に増えていた。

「待ってよー」「待ってよー」「待ってよー」「待ってよー」

 鳥かごの中で、四人の俺は全く同じポーズで天をあおぐ。


 団長は真っ青な顔で俺たちを見つめていた。理論上最強の究極の攻撃を行ったら敵が増えたのだ。それも倍々で増えていく、まさに悪夢としか言いようがなかった。


 俺たちは『フン!』と気合を入れ、鳥かごを破壊し、騎士たちに向けて吹き飛ばした。


「グッ!」「グハッ!」


 衝撃を受けた騎士たちはよろめき、また、膝をつき、呻く。


 鳥かごの残骸が、ジジジッと言いながら床で蠢めいている。


 俺たちは得意げに腕を組むと、ドヤ顔で騎士たちを見回した。


 騎士たちはもはや言葉もなかった。


 後は最後をカッコよくめるだけだが……、四人で締めるのはやり過ぎだ。俺たちはアイコンタクトを交わすと輪になった。


「最初はグー! ジャンケンポン!」

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!」

「あいこでしょ!」


 全員俺なのだ。勝負が決まる訳が無い。

 ちょっとウンザリしながらお互いの顔を見合う。

 誰か一人を担当者にして、三人は退場しようと思ったのだが、上手い決め方が思い浮かばない。


 すると、シアンが可愛いドレス姿でよちよちと歩いてきた。


「パパ、はーい!」

 見ると、ティッシュで作ったコヨリを四本、可愛い手に握っている。

「あたりには むすびめ が あるよ~」


 実に優秀である。俺は少しシアンを見直した。


 一人目の俺が引いて、

「一抜け~!」

 と、腕を突き上げて、由香ちゃんの方に行く。


「二抜け~!」「三抜け~!」

 次々と由香ちゃんの方に退場していく。


「パパ、あたりだよ、よかったね」

 残された俺にニッコリと笑うシアンだったが……

 どう考えても「はずれ」だろ、これは……


 由香ちゃんが三人の俺に囲まれて、戸惑いながらもうれしそうに笑うのを見て正直嫉妬した。これは浮気なのではないだろうか?


 しかし、決まってしまった以上仕方ない。いよいよ肝心の締めの見せ場である。演出もしっかりと凝って、圧倒的な勝利でイリーナをギャフンと言わせてやるのだ。


 俺は目を青く光らせ、団長を睨むと、忍者の真似をして両手で印を結ぶ。そして、


「はっ!」

 と、気合を入れると、チャペルの天井近くに黒く大きな魔法陣を描いた。魔法陣の黒い線の周りには真紅の縁取ふちどりを光らせ、禍々しく演出する。

 予想以上のいい出来に俺はニヤッと笑った。


 騎士たちは見たこともない奇怪な魔法陣の出現に恐怖を隠さない。何しろ水星マーキュリーの究極の攻撃が効かなかった相手の技である。ただで済むはずがないと、恐ろしい予感に震えていた。


 もちろん、この魔法陣はただの飾りだ。シアンの真似をして日本のアニメのデータをパクってきただけなのだ。だが、気持ちで負けている状況で見せられるこの手の演出は相当効くだろう。日本アニメにビビってもらおうじゃないか!


 調子に乗って俺はスモークを足元から『ブシュー!』っと焚きながら、ダークな笑みを浮かべて呪文を唱える。

「エロイム・エッサイム! エロイム・エッサイム!」


 すると、抜けた三人の俺たちがヤジを飛ばす。


「しょーもない演出、やめや!」

「恥ずかしわ、ホンマ」

「自分、何やっとんの?」


 俺は無責任な、えせ関西弁に頭にきて、

「お前ら黙ってろよ! じゃ、お前がやれよ!」

 と、キレた。

 そして、始祖オリジンに、

「ちょっとその三人消しといてもらえませんか?」

 と、頼む。


 始祖オリジンは苦笑いしながら三人の所へ行き、何やら話をするとポンポンと消していった。


 Coughコホン


 俺はせきばらいをすると、騎士たちをわざとらしく睥睨へいげいした。

 騎士たちは何が起こってるのかいまいち理解できない様子で、緊張して身構える。

 静まり返るチャペル……


 俺は禍々しい笑みを浮かべ、呪文を再開した……

「エロイム・エッサイム! エ、エロイム……」

 急に可笑しさがこみ上げてきて、


 ブフーッ!


 盛大に吹き出してしまった。


「はっはっはっは!」

 こらえられず腹を抱えて笑ってしまう俺。


 団長は一瞬怪訝けげんそうな顔をしたが、意を決すると最後の攻撃に出た。


Stormストーム!」


 団長の掛け声がかかると、心折れかけていた騎士たちは、意地を見せるべく再度整列する。そして、次の瞬間、一糸乱れぬ連携体制で一気に攻撃を仕掛けてきた。


 両翼の2名が、絡みつく鞭でそれぞれ俺の身体を捕縛する。


「うわっ! ちょっとタイム! タイム!」

 慌てる俺を見て、好機とばかりに騎士たちはイマジナリーを駆使した攻撃を繰り出してくる。空間轢断で俺の居る空間を断裂させ、重力増大メガグラヴィティで強烈な重力を俺にかけ、自動小銃状の銃器で弾丸を乱射し、風の刃ウインドカッターで空気の刃を乱射し、炎の矢フレイムアローで俺を炎上させた。

Bangバン! Clack《ガン》! Pow《バシ》!

 激しい衝撃音とともに、俺は爆炎に包まれ、立ち昇る炎はチャペルの天井を焦がした。


「あぁ――――っ!、誠さーん!!」

 由香ちゃんが泣き叫ぶ、悲痛な声が響く。


 俺を包む炎の熱は参列者の肌を熱く照らし、直視できないレベルに達した。

 そして、団長は


永久封印エターナルフリーズ!」

 と、叫んで激しいダイヤモンドの吹雪を呼び起こす。

 吹雪は俺の周りで激しい渦を巻き、徐々に集まっていくと、最後に激しい光を放って巨大なダイヤモンドの結晶となって俺を封印した。

 俺は物理攻撃無効なので、ダメージは受けていないものの、身動き一つとれなくなった。ダイヤモンドを壊せるか試しに強烈な力をかけてみたが、特殊なスキルをかけているらしくビクともしない。

 透明に煌めく巨大なダイヤモンドの中に、俺は無様に閉じ込められ、間抜けな姿をさらしてしまった。


 騎士たちは喜んでハイタッチをしている。

 この状況はマズい。最後の最後で逆転負けとかありえないんだが。


 俺は必死になって考える。ここからどうやってカッコよく勝利につなげるか……。

 うーん……。

 物理がダメなら化学、と言う事で、試しにダイヤモンドの温度を三千度にあげてみる。すると、ダイヤモンドは白く輝きを放ち、激しく燃え始めた。

 このダイヤモンドは物理耐性はあるようだが、燃やせば燃えるみたいだ。


 騎士たちは驚いて火を消そうとするが、熱すぎて近づく事すらできない。

 そして、団長が焦って水魔法を使ってしまう。

 多量の水が閃光を放つダイヤにかかった瞬間……


Powバン


 水が急速に水蒸気となり、派手な水蒸気爆発を起こした。虚を突かれた騎士たちは吹き飛ばされる。そして、水による急速な温度変化でダイヤモンドにヒビが入った。

 ヒビが入れば後は簡単である。

 俺はダイヤモンドを割って脱出、そしてすかさず、倒れている騎士たちの意識のスイッチを、火星マーズのシステム上からオフにした。


 これで完勝。

 俺は握った拳を突き上げ、無言で観衆にアピールする。


 最後はちょっと危なかったが、見事勝ち切ったのだった。

 俺は顔面蒼白となっているイリーナを見て、ニヤッと笑った。



        ◇



 俺が得意げに振舞っていると、由香ちゃんが、

「誠さん、まだよ!」

 と、叫ぶ。


 何が『まだ』なのか分からなかったが、嫌な予感がして、すぐに時間を止めた。

 すると、後頭部に何か冷たい物が当たる……

 何だろう? と、振り向くとそれは重厚な剣だった。


「うわぁぁ!」

 見ると、鋭い眼光を放つ騎士が、俺の首をまさに跳ね飛ばす直前で止まっていた。どこかの空間に潜み、俺の油断を待って、死角から飛び出してきたようだ。何という手練れ。


 俺が狼狽してるのを見て、マーティンが笑う。

「You got a great wife.(いい奥さんを貰ったね)」


 マーティンは火星人マーシャンだから、この時空間でも動けるのだ。よく見ると始祖オリジンとも、もう仲良くなってる様だ。


「Yes, she's so great.(私にはもったいない位です)」

 俺は心から由香ちゃんに感謝した。


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