6-8.赤ちゃんなら知っている

 ふぅ……


 由香ちゃんに会いたいなぁ……

 自然と思い出されてしまう。

 目の前に広がるこの壮大な大宇宙を一緒に見ながら、シアンを育てた日々や江の島で九死に一生を得た事を一緒に語りあい、笑いあいたい。


 タンムズの事も教えたらびっくりするだろうな……。でも、裸にされて殺されてしまったなんて事、到底説明なんてできない。

 破れた服から覗いていた白い肌はとてもなまめかしく、俺の脳髄に焼き付いてしまっている。タンムズには怒りしかないが、エロにかけるセンスには少し感心した。


 目を瞑るとキスの情景が浮かんできた。

 やわらかい唇と情熱的な舌、思い出すだけで顔が火照ってしまう。


 地球に帰ったらどう接したらいいだろうか?

 まずは正式にお付き合いを申し込んでみるか……。

 

 そう言えば、そもそも由香ちゃんは、俺の彼女候補としてクリスが選んだ女の子だったことを思い出した。


 10万年生きていると相性なども分かるのだろうか?

 と、考えていて思い出した、マインド・カーネルだ!


 俺と由香ちゃんのマインド・カーネル上の位置が異常に近かった。つまり、ずっと前から魂同士は触れ合っていたのだった。


 あー、それでなぜだか好印象だったのか……。

 

 クリスはそれを見て、俺の相手として、由香ちゃんを選んだのだろう。

 

 となると、『愛の秘密』とやらは結局何なのだ?

 ばぁちゃんは『キスの時のふわっとした感じ』だと言ってたけど……。


 そもそも、愛とはマインド・カーネルで生まれるものだから、何かマインド・カーネルにそういう機能があるのかもしれない。しかし、それは一体何なのだろう?


 ……。


 うーん、幾ら考えても分からない。


 こういう時はクリスに聞くに限る。


 オフィスにいた時のように、クリスに声をかける。


「クリスごめん、結局『愛の秘密』って何なの?」


 クリスはこちらをチラッと見て言った。


「…。あれ? もう解けたんじゃないのかな?」

「いや、確かに由香ちゃんとの間に愛は感じたんだけど、それのどこが秘密なのかわからないんだ」

「…。ふむ、私はサーバントでマインド・カーネルにつながってないから、体感したことはないんだが、稀にマインド・カーネル上で魂と魂が共鳴することがある。これを美奈ちゃんは『愛の秘密』って呼んでいるようだ」

「魂が共鳴?」

 共鳴というのは普通、音が響き合ったりする現象の事だが……。


「…。マインド・カーネル上で魂は、いろいろな情報を受け取って喜怒哀楽などの想いを返す。ところが、たまにこの返ってきた想いが相手に伝わって、その相手の魂でさらに強い想いになって返ってくることがある。こうなるとお互いの魂間で、想いが強め合う共鳴現象が起きるんだ」

「共鳴して想いが無限に強まるって事?」

「…。そうだね、お互いの中でどんどん盛り上がっちゃう」


「それだ!」

 俺は思わず指さしてしまった。


 俺は第三岩屋で由香ちゃんと見つめ合った時に、無限に心が高鳴って行くのを感じていた。それが魂の共鳴だったのだ。この人が運命の人であり、この人が居れば後はもう何も要らない、そう確信できた理由が初めて分かった。

 

 俺は初めて愛の秘密を理解できた。この共鳴を引き起こす条件が『愛の秘密』であり、愛する相手を探すというのは『この共鳴条件を満たす人を探せ』という事になるのだろう。

 ただ、誰と共鳴できるのかを探すのは難しそうだ。


「共鳴条件を満たす人……か。共鳴ねぇ……。うーん、そもそも人間って何なんだ? クリスは人間じゃないんだよね?」

「…。そうだね、私はサーバント。ただ粛々と創造主のために働く存在だ。愛なんてわからない。それに対し、人間は愛のために働く存在だ。人は愛のために生き、愛のために死ぬ」

「愛のために生きるのが人間って事?」

「…。自分自身の私利私欲のためだと、人間は力が出せない。頑張って何かを得るより我慢しちゃった方が楽なケースでは、手抜きしてしまうからだ。だからどんどん手抜き体質になる。でも、誰かのためだと絶対手抜きしないので、どんどん進化する。この差は大きくて、結果愛のために動く者だけが残った。それが人間」

「人間が形成されていく中で『愛』がキーとなったんだね」

「…。そう、だから人間はいつも激しく愛を求める。私からしたら羨ましいよ」

 クリスはちょっと寂しそうに微笑む。


「でも、人間に一番大切な『愛』を共有する相手が、最初は誰だかわからないってすごい話だよね。最初から『この人』って教えてくれれば楽なのに」

「…。生まれる時には、みんな知ってるんだが」

「え!? 赤ちゃん時代には分かってるって事!?」

「…。赤ちゃんには雑念がない。マインド・カーネルでの感覚は良く分かってる」

「むむむ、俺の雑念が由香ちゃんを忘れさせたのか……」

 赤ちゃんの頃には触れあっていたはずの由香ちゃん、なぜ、忘れていたのだろうか。

 俺は自分の至らなさに、ちょっとしょんぼりしてしまう。


「…。深層心理との関係の作り方が本質かな」

「確かに瞑想とかした事なかったしな……」

「…。現代人は頭でっかちになってしまって、表層心理の理屈で何でも処理しようとしてしまう。でも、人間の本質は深層心理にある訳だから、もっと日頃から意識した方がいい」

「深層心理に親しんでいたら由香ちゃんの事覚えてたかな?」

「…。明確には覚えてないけど、会えば何となく『この人だ』と分かるはず」

「ふぅん……」

「…。それに愛を育むうえでも深層心理は大切だよ」

「あー、それは何となく分かる気がする。心と心の触れ合いは深層心理だからね」

「…。そうだ」

 クリスはそう言ってうなずいた。


 親に捨てられたトラウマを理由に、人と深い関係を築くことから逃げてきた俺は、青春時代の多くを無駄に失ってしまった。ちょっとブルーになったが、今の俺には由香ちゃんがいるから、結果オーライと言えるかもしれない。


 俺は柔らかかった由香ちゃんの唇を思い出し、にやけ顔を止められなかった。



         ◇



 地球のスクリーニングには、まだ何日もかかるという事なので、俺はジグラートに整備されている、無限とも言えるようなコンテンツ類を楽しんでみた。

 臨場感あふれるVRで堪能できる映画やゲーム、良くわけ分からない音楽や映像、海王星ネプチューンでの身体はほとんど疲れないので、放っておくといくらでも楽しみ続ける事ができる。寝なくてもあまり影響ないみたいだ。

 延々と楽しみ続ける事数日。最初のうちは全てが驚きの連続だったが、段々とパターンが分かるようになってきてしまった。

 そして初めて俺は海王星人ネプチューニアンの悩みを実感する事ができた。

 やはり人間は飽きるのだ。どんなに高度で素晴らしいコンテンツでも飽きてしまうのだ。

 寿命もない海王星人ネプチューニアンは、放っておくと全てに飽き飽きしてしまうのだ。

 だから地球を作っているのだ。


 俺はクリスに言った。

海王星人ネプチューニアンの気持ちがようやくわかったよ。飽きること、それが一番の敵なんだね」

「…。そう、だから多様性こそが海王星人ネプチューニアンの求めるものなのだ」

「で、地球を運営して、いろんな刺激ある体験を探しているんだ」

「…。その通り。ただ……一番の目的はそこではない……それも誠ならそのうち気づくだろう」

「ん? なんだろう?? 気になるな……」

「…。ヒントは宇宙ができてから138億年って事」

 クリスはニヤッと笑った。


 何だろう、宇宙の年齢と地球の運営に何の関係が???

 でも、『気づく』と言われている事を、あまり聞くのも恥ずかしい。

 

「それで、多様性だけど、そう言う意味ではシアンは良い体験になったという事?」

「…。その通りだよ。初めての体験は我々にとっては珠玉の甘露だ。しっかりとアーカイブさせてもらう」

「なるほどなぁ」


 多様性が重要な海王星人ネプチューニアンにとっては深刻な事件すら重要なコンテンツになってしまう。地球人とはもはや発想の根本からして違う事に驚かされる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る