4-3.未来からの神託

 二日ほどして、赤ちゃんも安定したので、由香ちゃんの歓迎会を開く事にした。


 でも、俺も由香ちゃんも血液を提供する関係上、お酒は飲めない。

 ちょっと残念。

 

 せめて食事は美味しい物にしたいので、ふぐ料理屋を選んだ。

 

 小ぶりのお座敷にみんなが揃ったのを確認し、乾杯である。

「Hey Guys! Yuka-chan officially join us! (由香ちゃんが入社する事になりました!)」

「カンパーイ!」「Cheers!」「カンパーイ!」「Cheers!」「Cheers!」「Cheers!」


 俺はジンジャーエールで、由香ちゃんのグラスにカチンと合わせる。


「これからよろしくね、期待してるよ!」

「お役に立てるかドキドキなんです……。でも、頑張ります!」

 いい笑顔だ。


 美奈ちゃんが、ビールのジョッキをぶつけながら言う。

「せんぱーい、もう逃げられませんよ!」

「大丈夫! もう、決めたの!」

 由香ちゃんは力強く言い切る。


「もし、警察にバレたら、『社長にやれと言われたんですぅ』と、言うのよ」

「え!? そんなのいいの?」

「そうよ、『私たちはただの顔採用なんですぅ』って言えばいいのよ」

 美奈ちゃんはニヤッと笑いながら悪い事を言う。


「ちょっと待って、うちは顔採用なんてやってないぞ」

 あんまりなので俺が突っ込む。


「あら? 私たちの美貌にケチ付ける気?」

 美奈ちゃんは鋭い目をして俺をにらむ。


「いや、そのぅ……綺麗な事は認めるけど……」

 美奈ちゃんの鋭い視線に気おされる俺。


「よろしい! で、どっちがタイプなの?」

 そう言って美奈ちゃんは、由香ちゃんの肩を抱き寄せて、並んでこっちを見る。

 慌てて由香ちゃんが、顔を真っ赤にして美奈ちゃんに抗議する。

「いきなり何、聞いてるのよ!?」

「そ、そうだよ。それ公言したらセクハラだよ」

 俺もいきなりの展開に焦って非難する。


「セクハラ、セクハラうるさいわね! 私がいいって言ってるんだから言いなさいよ!」

 美奈ちゃんは、座った目で俺をビシッと指さす。まだそんなに酔ってないはずだが、困った姫様である。

 さて、どう答えたものか……。


 俺は大きく息を吐き、

「俺はね、『愛の秘密』を解いた人がタイプなんだ」

 そう言ってニヤッと笑った。


「何、パクってんのよ~!」

 美奈ちゃんはおしぼりを俺に向かって投げつけてくる。


「うわぁ、危ない! 暴力反対!」

 おしぼりは俺をかすめて壁にベシャっと当たる。

 無理難題押し付けて、悪い姫様だ。


「『愛の秘密』……って何ですか?」

 由香ちゃんがポカンとした顔で聞いてくる。


「それは愛の専門家、美奈ちゃんに聞いて」

 丸投げである。


 美奈ちゃんは俺をギロっと睨むと、由香ちゃんの耳元で何かひそひそと話す。

 すると、由香ちゃんは何か得心がいった様子で、少し赤くなり、優しい笑顔で俺を見つめた。


 由香ちゃんにも分かるようだ……、分からないのは俺だけ? やはり俺には何かが欠けてるのかもしれない。ちょっとブルーになった。

 


 格子戸が開き、店員が入ってくる。

「てっさでございます」

 そう言いながら、ふぐの刺身をテーブルに置いた。

 大きな皿に、薄い刺身が綺麗に並べられて、まるで大きな花の様だ。


「Oh! サシミ!」

 マーカスが感激して叫び声をあげる。


「Sashimi!」「Sashimi!」「Sashimi!」


 お前らうるさいよ。


「こんな立派なてっさ、初めてですぅ」

 由香ちゃんがウットリとしている。


「いただき!」

 美奈ちゃんは一気に5、6枚取っていく。


 プリップリの ふぐをポン酢につけて一気食いである


「う~~~、うま~~~!!!」

 感動で綺麗な顔がクシャクシャになった。


「美奈ちゃんズル~い!」

 由香ちゃんが呆れて非難する。


「そうだぞ! 一度に取っていいのは3枚まで!」

 と、俺が仕切ろうとすると、マーカス達が10枚くらいずつ持っていく。


「あ~、おまえら!!!」


 ダメだ、制止するより取った方がいい。


「由香ちゃんもどんどん取って!」

「はい!」


 クリスはそんな様子を、楽しそうに眺めている。


「クリスも早く取って! 無くなっちゃうよ!」

「…。そうだな、少しいただくか……」


 そして、大皿一杯のてっさは、一瞬でなくなってしまった。


 何なんだお前らは!


「うふふ、楽しい会社ですねぇ」

 由香ちゃんは楽しそうである。

 主役の彼女が楽しければ、まぁいいのかもしれないが……。


 美奈ちゃんが声をかける。

「折角だから、誰か呼んであげようか?」

「え? 呼ぶって?」


「もう亡くなっちゃった人で、話したい人居ない?」

「え!? 死んだ人を呼べるの?」

 目を大きく見開く由香ちゃん。


「そうそう、呼べるのよ~」

 ドヤ顔の美奈ちゃんだが、呼ぶのは君じゃない、クリスじゃないか。


 由香ちゃんは小首をかしげ、人差し指をほほにあてながら、

「うーん、呼べるなら……織田信長かな?」

 と、凄いことを言い出した。


「え――――!? なんで?」

 思わず天を仰ぐ美奈ちゃん。


「なんで、って、興味ない?」

「無いわよ! 女子大生が興味ある様な人じゃないわ!」

「でも、話したいの!」

 由香ちゃんの決意は固そうだ。『歴女』と言うのだろうか、最近話題の歴史オタクの女子。


「じゃぁ……クリス、織田信長呼べる?」

 美奈ちゃんは恐る恐るクリスに聞く。

「…。昔の人は……ちょっと大変ですね。でもお祝いですし、頑張って呼んでみましょう」


 クリスは美奈ちゃんの手を取って、目を瞑る。

 美奈ちゃんがトランス状態に入った――――


 しばらくして、美奈ちゃんが目を開いた。


 美奈ちゃんはゆっくりと部屋の様子を見ると


「なんじゃ、お前らは!」

 太い声を上げて、いきなり怒り出した。


「織田信長……さんですか?」

 由香ちゃんが恐る恐る聞く。


「ワシの眠りを邪魔したのはおぬしか!」

 なんだかすごい怒ってる。


「あ、初めまして、私、宮田由香と申します。ぜひ、お話しをしたくてですね……」

 必死に話しかける由香ちゃんだったが……


「お話しじゃと? 小娘の遊びで気軽に呼ぶでないわ!!!」

「あ、いや、遊びというわけでは……」

「不愉快じゃ! 帰る!」

 そう言って、美奈ちゃんはがっくりとうなだれた。


「あぁ……」

 由香ちゃんは肩を落とし、すっかりしょげてしまった。

 憧れの人が目の前に来たのに、怒られてしまったのはショックだろう。


 相手にも話したい意向が無いと、上手く会話にならないようだ。


「…。相手が悪かったようですね。他の人にしましょうか?」

 クリスが優しく声をかけるが……

「……。」

 由香ちゃんは、返事もできずうなだれたままだ。

 


「ふぐのから揚げでございます」

 店員が次の皿を持ってきた。


 一人5個ずつ盛られたから揚げが配られ、皆、無言で貪り始めた。

 ジューシーでうまみが凝縮されたふぐのから揚げは、会話を忘れてしまうほど美味い。


 由香ちゃんも無言でゆっくり、から揚げを味わう。


 俺も、骨付きのから揚げの肉を剥がしながら考えたが、呼び出す人は結構難しい。ばぁちゃんを呼び出そうかと思った事もあるが、今更何を話したらいいのか分からない。


 何か思いついた由香ちゃんが、顔を上げてクリスに聞く。

「死んだ人じゃなくて、未来の自分と話したり出来ますか?」


 俺は思わず横から言った。

「何言ってんの! 無理に決まって……」


 しかし、クリスは、

「…。できますよ」

 と、事も無げに言った。


「え――――!?」

 俺は驚きを禁じ得なかった。なぜそんな事が出来るのか?

 改めて神様のすさまじい能力に、唖然とさせられた。


「そしたら、死ぬ直前の私を出してください!」

 由香ちゃんが祈る仕草で、目を輝かせて言う。


 死ぬ前の自分と何を話すのだろう?

 全くよく分からない彼女の発想に、俺は困惑していた。


 美奈ちゃんは、

「先輩、すごいチャレンジャーですね! 私だったら無理だわ~」と、言って笑う。


 離れたところで話を聞いていたマーカスも、目を輝かせながらやってきた。

「Oh! クリス スゴイネ! キョウミシンシン!!」


 美奈ちゃんは 

「じゃ、先輩行きますよ~」と、いいながらクリスと手を繋ぐ。


 やがてうなだれて……そして目を開いた――――


「……。うふふ……。この時を……待ってたわ」


 心なしか、しわがれた声で美奈ちゃんは口を開いた。

 そして周りを見渡して、


「あはは、みんな揃ってるわ、そう、そうだったわ~」

 と、とても上機嫌である。

 

 由香ちゃんが聞く、

「あなたは私ですか?」


 美奈ちゃんは、由香ちゃんをじーっと見て、


「そうよ、あなたの時からず――――っと長い、なが――――い戦いを経た後のわ・た・し」

 人差し指を揺らしながら言う。


「私の人生はどうでしたか?」

「ふふっ、最高だったわ~。本当に……。もちろん、あの時はこうしとけば良かったとか、いっぱいあるわよ、でも、今はそういう失敗ひっくるめて、満足してるのよ」

 そう言って幸せそうに目を細めた。


「良かった! 何かアドバイスありますか?」

「アドバイス? うーん、これ、言っちゃっていいのかな……」

「え? 何でも言ってくださいよ!」

 必死な由香ちゃん。確かに未来の自分からのアドバイスは最高に欲しい。


「すごくすごく言いたいんだけど……。私の時も教えてくれなかったからな。まぁ、お楽しみって事で」

 未来の由香ちゃんは、そう言ってニヤッと笑った。


「え――――! ヒント、ヒントだけお願いします!」


 未来の由香ちゃんは少し考え込むと……


「このメンバーの中にヤバい人がいるわ、本当にヤバいの。でも……おっといけない」

「え? クリスの事じゃなくて?」

「ふふふ、ひ・み・つ!」

 そう言って人差し指を口の前で振った。


「え~~っ!」

 由香ちゃんは可愛い顔を歪めながら、不満をあらわにする。


「そうそう、追い込まれたら、クリスの言葉を一字一句しっかりと考えるといいわ」

「そんな事があるの!?」

「最高の瞬間は、最悪の危機の顔をして現れるのよ」

 そう言って未来の由香ちゃんは、本当に嬉しそうに笑った。


「えっ!? えっ!?」

 最高なのか最悪なのかわからない事を言われ、混乱を隠せない由香ちゃん。

 そんな様子をちょっと意地悪な表情で観察して、ニヤッと笑うと彼女は、脇に避けてあったフグのひれ酒のコップを取り、軽くキュッと飲んだ。


「くぅ~~、若い子の体で飲むお酒は美味いわぁ」

 そう言って満足げに笑った。

 そして、一転寂しそうな顔をすると、


「ふふっ、そろそろ行かなきゃ」

 そう言って由香ちゃんを愛おしそうに見つめた。


「え、まって!」

 必死に引き留める由香ちゃんを彼女はじっと見つめ、目を瞑り、そして大きくうなずくと、


「Good luck!」

 そう言ってウインクをした――――


 ガックリとうなだれる美奈ちゃん。

 静けさが広がる。

 

 由香ちゃんは、宙をぼーっと眺めたまま動かなくなった。言われた言葉の意味を、一生懸命反芻しているようだ。

 

「ヤバい人って誰だろう?」

 俺はそう言ってクリスを見た。


「…。おかしいな……。そんな事言うはずないんだが……」

 クリスも不思議がっている。

 

「はい、てっちりです。鍋、ここ置かしてもらいますね~」

 店員がコンロに大きな鍋を置いて、火をつけた。

 

「未来の人から話聞いちゃうと、因果律が狂うから駄目なんじゃないかな?」

 俺はジンジャーエールを飲みながら、クリスに聞いた。

 

「…。確かにちょっとやり過ぎだった。今後は止めようと思う」

 そう言ってクリスは、ジョッキのビールをぐっと空けた。

 一瞬、俺も未来の自分の話を聞いてみたくなったが、因果律をゆがめて悪影響が出るリスクを考えると、止めておいた方が賢明のようだ。

 

 てっちりをつつきながら、未来の由香ちゃんの言った事を思い出す。


 『ヤバい人』って誰だ……?


 日本側はただの一般人だから、エンジニアチームの誰かか?


 でも、『ヤバい』というだけで、悪人という訳でもないのだろう。裏切者が居たとしたら『ヤバい』とは言わないと思うが……。いや、言う可能性は捨てきれない。

 とは言え、由香ちゃんの人生は最高だったわけだから、深層守護者計画も、ポジティブに推移したと考える方が自然……の様にも思うが……、後悔や失敗があるって言ってたから、そうとも言い切れない。

 

 結局、何も分からないじゃないか!

 

 未来の由香ちゃんは、モヤモヤだけを残して去って行った。

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